八話:新設定は頻出する
--ダンジョン-三階-綺麗な花畑--
花畑といえばやはりピンクや黄色の花々が咲き乱れる場所であるというのが一般常識ではあるのだが、このダンジョンでは例のごとく色々おかしいので、天使の飛んでいるようなほんわかな花畑というわけではなかった。
可愛いというより神秘的。月のない夜であるのにラベンダーに似た白い花が蛍のように、それよりは随分と白く輝いていた。
花畑という名に恥じず地平線まで踝程度の草丈の花に覆い尽くされている階層であるために、足元ばかりが明るく空は暗い。月明かりもないのに星は見えず、花はあるのに虫もいない。
レイは動物が滅んだ後の世界にいるかのような錯覚を覚え、寒々とした何かを感じた。
「あそこですわ!」
先に部屋を出ていたモンスターの中で最も足の速いウィンド(B)と、続いたウィンド(C)が戦闘に入っていた。ナビ・ナビの指す先から怒れるバッファローの唸り声と、ウィンドの甲高い笑い声が聞こえてくる。
もっとも、ウィンドは基本笑っているだけな頭すっからかん系のモンスターであるため、笑い声だけで戦闘の優勢の判別はできない。重量系のバッファローにはウィンド系のモンスターは苦戦するはずなのである。
…と、やはり善戦はしているものの押されているようで、戦場はじわじわとこちらに近づいて来ていた。
「あるじさまよ、もう少しばかり下がって居られよ。」
「え?」
「危ないでの。まあ、万が一の時は妾が守るのじゃが。」
とミーハ・エルビスがそう言った。
「一応じゃ。」
「そういえばミーハー、ミーハーは強いの?」
「ふむ。強いぞ。」
「なら、バッファローを倒してくれればいいのに。」
「…まあ、それもありなのじゃがの。間接的には、あるじさまに害が及ぶ訳であるし…しかし、妾はこんな身分でも所詮は召喚獣なのじゃ。あるじさまに直接危害が及ぶとき以外には積極的に物事に関われぬのじゃよ。」
「何それ?」
「召喚獣はあるじさまのためにあるのであって、ダンジョンのためにあるわけではないのじゃよ。あるじさまがどうしてもと言うならば、妾も戦えるのじゃがのう。無理をすれば消滅してしまうのじゃ。」
「うえ!?」
「変な悲鳴を上げるでないわ。召喚獣の制約の一つにあるのじゃ。」
「また伏線ないところから新設定出てきたけど…」
「あるじさまが確認していないだけであろう。利用規約に書いてあるわい。」
「利用規約って読む人いるの?」
ゲームとかを始める前に表示される、長い長いアレである。そんなものを読んでいては日が暮れてしまうのだ。
いや、既に暮れてはいるけれど。
「(どこにあったんだ?)」
「何を考え込んでおりますの、レイ?スライムも追いつきましたわ!」
うーんと考え込んでいるうちに、どうやら戦闘は佳境に入ったらしい。
敵は十数体いるようだが、こちらはランクで優っているようだ。
モンスター達はわっさわっさとバッファローに攻撃を浴びせる。
「うわあ…」
色とりどりの光線やら触手的な何かやら塩酸っぽい何かやらが飛び交う。
シープはせっせと体当たりをし、ウィンドは狂乱したように笑い狂っている。スライムはポヒュンと何かを飛ばす。ラビットは現れない。
「ラビットって、臆病なんだね。」
「臆病…というより、戦闘系のモンスターではないのじゃよ。生産系のモンスターなのじゃ。」
「生産?ねえ、また新設定」
「考えれば分かることであろう!」
「分からないよ!?」
「愚鈍じゃ…」
「何で!?」
意味もなく罵倒されるレイ。
やはり扱いは相当に雑になっているようだ。
「ダンジョン建設の一つにあったであろう。各階のレベルアップが。」
「だから聞いてな」
「やりましたわ!」
「ナビ!チュートリアルは!?」
「全部教えると思ったら大間違いですわ。」
「理不尽!?」
「何がともあれ、バッファローを倒したようじゃの。」
「やりましたわ。」
「うん…まあ、うん。」
レイは釈然としていないようだったが、バッファローの群れはやっつけられたようだった。モンスター達が誇らしげにその場に待機している。
「えっと…よくやったね?」
レイは一応言ってみる。反応はなかった。
「さっさと配置するのですわ。」
「…はい。」
言いたいことはたくさんあったが、レイは従った。
「あー…今から、配属先を決めようと思います。希望があれば挙手をお願いします。えー、まずは一階…はダメなのか。上から行こう…えっと、10階、スライム達が一緒にいます。ボスの間希望の方ー。」
スライム四匹の手が上がった。
「あー…四匹はちょっと…一、二匹でお願いします。」
そう言うと、四匹は顔を見合わせたあと三匹が手を下ろした。自己主張の少ない生物であった。
そして一匹のスライムはバケツプレゼントの後、チャポンと跳ねながらレイによって10階へと送られた。
「次、九階。きのこの森…毒に耐性ある方でお願いします。…はい、ウィンドさんお二人ということで。」
今度はランクCのウィンド二匹に【妖精のバケツ(緑)】を渡しつつ九階に送る。
「七階、鬱蒼とした森は…あ、スライムさん行かれますか。三人で。はい。」
再び【とても大きなバケツ(緑)】をプレゼントし、送り出す。
「次は六階、深い森…え?違い?分からないんですけど、ちょっと上限が違うので。シープさん行かれます?あ、そうですか。じゃあお願いします。」
【肩掛けバケツ(緑)】をプレゼントし、送り出す。
「えー、五階、緑の館…得体が知れないんですけど…ウィンドさん行ってくださいます?あ、さいですか。お願いします。」
【妖精のバケツ(緑)】を再びプレゼント。
「あと、四階…どうかな?」
「キュウ!」
【穴の空いたバケツ(緑)】を進呈して、ラビットを送り出す。
「キュ、キュキュ、キュキュキュキュキュ!!」
「え?あ、うん?」
「小さいのがたくさん欲しいそうじゃの。」
「バケツ?小さいのならいいけど…」
エンジェルシープとお揃いの【とても小さなバケツ(緑)】を【大きなバケツ(緑)】に入れて渡す。
割とバケツはお安いのだった。
「キュッキュー!」
「いってらっしゃーい。」
ラビットは果樹園へと送り出された。
「…そういえば、八階と三階に配置するの忘れた。」
「いいのじゃ。少しくらい。」
「そうですわね。戻りましょう。もう寝る時間ですわ。」
「え?よく分かるね?」
「ナビの特権ですわ。勘がつけばレイもなんとなく分かるようになりますの。ダンジョン内にも現実の時間で変わるフィールドもあるのですし、まあ、時間が解決してくれる問題ですわ。」
「なるほどね。言われてみれば、ちょっと眠い…気もするよ。そうだね。戻って寝よう。」
そういうわけで、一行は最上階に戻り、就寝することとなった。
--ダンジョン-最上階-心臓石の間--
ここで重大な問題が発生した。
この最上階、心臓石が中心に置かれその周りにダンジョン内を映し出したモニターがたくさんあるのだが、就寝場所とか洗面所とかそういう生活スペースがないのだ。
しかしもちろん、レイはクリエイター。
「最上階をレベルアップさせればいいんだよね?」
「ですわね。」
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階層レベル
1→2
に上昇させますか?
必要:7万5000DP
所持:8万1260DP
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結構な出費だが仕方ない。
レイは階層レベルを上昇させる。
「う、うわあっ!?」
ガタンと床が揺れ、壁が開いた。まるで元からそこに部屋があったかのように。
キラキラと光を振りまきながらドン、と大砲のような音がして光の砂煙が舞った。
「…終わったの?」
「じゃのう。」
「ですわね。」
「じゃあ、入ってもいいよね…」
恐る恐る、レイは部屋に入った。
「…ん?」
そこは、手錠と足枷、首輪が大量に転がった監獄だったのだ。