五話:ダンジョンは崩壊の危機に晒される
ここから三人称視点に切り替わります。
何故かというと、ですます口調が思った以上にめんどくさかったからです。
あと、レイさんのキャラが迷子だからです。
--ダンジョン-最上階-心臓石の間--
ミーハ・エルビスは唖然としている。
ナビ・ナビも唖然としている。
二人が唖然としているのにレイに何ができるわけでもないので、たくさん溜まったDPに無邪気に喜んでみる。
「わーい、DPが溜まった!もう一度創造しよう!」
所持DPは現在1400DPまで回復している。10回引いてもお釣りが来るのである。
「ま、待つのですわ!」
「ん?」
「あのシープ、特殊進化したのですわ!しかもかなりえげつない方向に!」
「えげつない?」
「これは驚いたの!ヤバイぞ!」
「えっ?」
喜ばしくないのだろうか。レイは軽くしょぼんとする。
「DPは使わずにとっておくのじゃぞ!」
「そ、そうだね!大きなバケツを買わなくちゃね!」
「いらぬわ、アホウが!」
「!?」
レイは少々ショックを受けたようだった。
--ダンジョン-一階-ふわふわ草原--
そして駆逐されたシープの群れを前に、カタカタと逆さのバケツが跳ねていた。
さらにはその背後にたくさんのキラキラしたバケツがあった。
「…えっと…どういう状況?」
「天使の羊に進化したようじゃの。」
「ランクS+、支援に特化した、『オーロラの白昼夢』を使う唯一のモンスターですわ。」
「そーだよ!ボクは生まれ変わったんだ!」
「…生まれ変わったのはスライム達の方ですわ…」
「…言わないであげて。」
(一回死んじゃってたしね。)
レイは静かに思ったが口には出さなかった。シープ(S+)はぽんぽん跳ねている。というか、飛んでいる。
嬉しそうな小さなヒツジに、残酷な事実を知らせたくなかったのだ。
「サイズ、すっごく小さくなったよね。」
「サイズを小さくすることによって、防御を犠牲に素早さをあげたのですわ。」
「飛べるようになったようだしのう。」
「えへへー。」
「あるじさまよ、心臓石の欠片から【モンスター図鑑】を開いてみよ。」
「えっ、うん…おっけ。」
ーーーーーーー
ランクS+:エンジェルシープ(草)
所持スキル:治癒神級まで、支援超級まで
特有スキル:『オーロラの白昼夢』
所持オートスキル:『もふもふ天国』『変異体の業』『精神状態異常無効』
特有オートスキル:『草色の枕』『???(レベル最大時解放)』
ーーーーーーー
「治癒超級って?」
「魔術は初級、中級、上級、超級、神級に分けられるのですわ。さらに、攻撃、防御、妨害、支援、治癒にも分けられますの。細かくお聞きになりますの?」
「…あー、なんとなく分かったよ。」
ナビ・ナビが嫌そうな顔をしたので、レイはスッと目をそらした。きっと長くなるんだろうな、と思う。
「ところでもふもふ天国って?」
「見たものをもふもふの虜にしてしまう、恐ろしいオートスキルですわ。」
「…えーっと、誘惑みたいなものなんだよね?」
「草色の枕は?」
「抱いて眠ると寝つきが良くなるのじゃ。」
「あっ、枕。そっか。ハイ。」
(何となく草枕とか連想してたんだけど、まあ、いいよね。そうだよね。割と少ないんだよね、この世界のスキルに洒落た名前って…)
「でも、これはエンジェルシープの最低所持スキルであって、これに加えて個体ごとに自ら得た通常スキルもあるのですわ。
全身がキラキラ日光を受けて輝いているところを見ると、他のスキルは『光合成』のオートスキル、と言ったところですわね。」
「あー、なるほど。」
「えへへー。」
「…」
この小さなふわふわが気づいているのかは定かではないが、この小さなふわふわは、本能的に治癒神級の『不死鳥の叫声』と支援超級『永遠の命』を仲間たちに向かって使った。
『不死鳥の叫声』とは死んだ者を蘇らせるスキル。ただし制約が存在し、蘇った者は徐々にHPが削られて行く。
『永遠の命』はその名の通り、永遠の命を与える。正確には、超強力な自動回復をほぼ永久的に付与するのだった。
当然即死攻撃には耐えられないが、そうなればまたこのコンボを決めればいいだけなのである。小さなふわふわは恐ろしい戦力を手に入れていたのだった。
「でも、まずいのですわ。」
「え?」
「本来なら、100階越えででてくるようなモンスターですもの。ボスとして出現させるにも80階を超えていなければキツいですわ。このままではダンジョンが崩壊してしまいますの。」
「なんだって!?」
レイは悲鳴を上げた。世知辛い世の中である。
「もっとも、ランクS以上のモンスターはダンジョン崩壊では消えませんの。クリエイターかマスターの召喚獣扱いになりますわ。ですから、まあ、強くてニューゲーム状態ですのよ。
まあ、階層を増築するにもDPが足りませんわ…詰みましたわね。」
「ええ!?」
「急いで荷物をまとめるのじゃ。」
「嘘でしょ!?」
どうしてこんなことになったのだろうか。
レイは頭を抱えた。運営は難しい。とても。
「…崩壊しちゃうの?」
ポツリ、と小さなふわふわが呟いた。
「ボクの、せいで?」
ポタリ、と涙が流れ落ちた。カタカタとバケツが揺れた。
「ごめんなさい…」
ダンジョンのモンスターは、その心臓石を守るためにあるのだ。勝手に進化した上ダンジョン崩壊の引き金になったとあれば、お叱りどころの話ではない。
しかしレイはその小さなふわふわを可哀想に思った。そして思いついた。
「…強襲イベント、とかいうシステムってないの?」
--ダンジョン-最上階-心臓石の間--
強襲イベント。
ある条件を揃えると発生する強制イベントのこと。
階層など関係なしに超強力なボスと時間制限ありで強制的に戦闘になる恐ろしいイベントだが、言ってしまえば逃げ切れば勝ちということでもあった。
そこのボスはとんでもない化け物揃いだって全然問題ないのだから、そう思ってレイは聞いてみた。
のだが。
「そんなものありませんわ。」
「ないのかよ!?」
なかった。
世界はご都合主義ではなかった。
「うう…ボクだけ生き残っても…なあ…」
しょんぼりしているエンジェルシープ。可哀想すぎる。
「う、うーん…」
レイは考える。
「どうしてもというなら、モンスター売却という手がありますわ。
このスライム達も少々この階層には収まりそうにもないんですし、売って、DPで10階を建てればいいのですわ。そしてスライム達を10階のボスに据えるのですわ。」
「ねえ、ダンジョンマスターっていう手はないかな?ラスボスみたいな…」
「支援特化のモンスターはマスターにはなれませんわ。」
「じゃのう。」
「うっ、うっ、やだよう、みんなとお別れはしたくないよう…」
「うーん…」
(おかしいな、最初くらいは楽に行けると思ってたのに既に大問題が発生した。)
世の中甘くはないのだ。レイはどちらかといえば天運に見放された系の人なのだ。
女神様の致命的な人選ミスだと思われる。
「…あー、うー。」
「…ランクS+じゃからの。少々もったいないかもしれないのじゃが、マスコット化させてはどうかの?」
「マスコット?」
「戦闘能力を犠牲に、存在をダンジョンに固定化させるのですわ。攻撃能力を奪われ、無害な存在に…なるほど、それならふわふわのままふわふわしておけますわ。」
「はあ。」
シクシク泣いているバケツが哀れなので、レイはそのバケツを取ってふわふわを抱きしめた。というか握りしめた。小さいから。
「えーっと…君から強さみたいなのを奪っちゃうみたいなんだけど…いいかな?」
「うっ、えぐっ…みんなと、一緒に、居られるの…?」
「あー…だよね?」
「いられますわ。」
「じゃの。」
「っ、じゃあ、お願いしますっ!」
かくして、シルフの森ダンジョン、一匹目のマスコットが生まれたのであった。
お祝いに、【とても小さなバケツ(緑)】を買ってあげた。
(え?一匹目?次もあるの?)
…ただいま担当者不在のため回答は控えさせていただきます。