二話:ミーハ・シルフレッド・エルビスは回避する
--シルフの森-ダンジョン前--
「できましたわね!」
「うん…」
ナビ・ナビは元気だったけれど、疲弊しきった身体は鉛のように重い。気を抜けば彼女を殴り殺してしまいそうだった。
「蹴り殺したい…」
「!?」
ああ疲れた。
這うようにして作りたてのダンジョンに入ると、そこは広くて広い原っぱでした。爽やかな風が吹いています。
疲れていた身体も、その空気を吸うと何故だか晴れ晴れした気持ちになりました。
空は黄昏の黄金色にも関わらず真昼のように明るい。今にも落ちてきそうなほど大きな月が白い歯を見せて笑っています。知っている月の十倍はあろうかという大きさです。
「一階層、平原ですわね。」
地平線の向こうまで続く、黄金に輝く草原は風に躍り。何もないところだなあと思いますけれど、それだけに開放感に溢れていました。
「木に作っただけあって、草属性のダンジョンのようですわ。十階重ねれば十一階から属性は変えられるんですのよ。」
「へー。ダンジョンに属性なんてものがあるの?」
「草、火、水、闇、光、無の六種類ですわ。
草であれば草原や森、
火であれば火山内部や砂漠、
水であれば川や海、
闇であれば迷宮や洞窟、
光であれば空や水晶、
無であればそれ以外
という感じのフィールドが出現しますわ。
レイが決められるのはダンジョンの属性と付加施設で、メインフィールドは作り変えられないんですの。」
「へー。」
「最上階のマスタールームだけは手動でカスタムが可能ですの。さっさとマスタールームに行って、モンスターや付加施設を配置するといいのですわ。」
「そうだね。」
素直に頷いておきます。いえ、異論はないですが。
「ナビって物知りだよね。」
「ナビですもの。」
あ、そうだよね。うん。
--シルフの森-ダンジョン-心臓石の間--
「美しいですわね…光属性、水晶のフィールドですわ。」
ダンジョンの最深部にはダンジョンを運営している心臓石というものがあるそうです。なんかそれっぽいモニュメントというのはそれのようで。
正三角錐型の虹色のガラスみたいな水晶で、台座の上にふわふわ浮いています。ドーム型の天井の奥には、キラキラ光が反射して星空のようでした。
「さすがレイですわー。」
「…ありがと?」
いまいち自分の意思がこの場所に絡んでいるのかと言われれば微妙なところなのですが、褒められたからにはお礼を言うべきだろうと思います。
うん、美女に褒められて悪い気はしないしね。
「さすがなのじゃな。」
「ありがと。実はあんまり覚えてないんだ…って、え?」
「え?」
「ふむ、妾も気に入ったのじゃ。のう、あるじさまよ。」
「へ?」
幼女がいました。
推定最後の七五三をもうすぐ迎えるくらいの女の子。
蹴り飛ばしてはいません。三度目の正直です。
「妾はミーハ・シルフレッド・エルビス。第十三代シルフの森守護神…だったのじゃ。」
「え?」
これぞエルフ、というようなゲームなんかに出てくるエルフ。サラサラの金髪で、髪飾りをしてて、緑の服を着てて、耳が尖ってて…胸がありません。
あ、うん、そうだよね、子供だから、だよね。わかってるよ。ノリだよ。ノリ。
「えっと…守護神…サマ?何のご用で…」
「ふむ、あるじさまよ。妾はもう死んでおるのじゃ。今はただの召喚獣よ。落ちぶれたものよのう。まあいいんじゃがの。
…おや、なんの話だったかの。…そうそう。そうであるから、今は妾はあるじさまの従僕であるのじゃ。」
「えっ?」
「エルフは森で死ぬとその身から種を生み出し、魂を植えつけるのじゃ。そして特に力の強い魂を持つ者は守護神となるのじゃよ。
妾はかつて守護神の役目を担っておったが、時が経ち新任の者に任を譲ったのじゃ。あとは木が枯れると同時に妾の魂も天へと昇るはずであったが…あるじさまに会ったのじゃよ。
あるじさまが死にかけの妾の体代わりの木にガンガン魔素を注ぎ込んでくれたからのう。妾は注がれた魔素の持ち主であるあるじさまの召喚獣として、こうして生き返ったというわけじゃ。」
「それは誠に申し訳ありませんでした…」
またも土下座が必要かと項垂れます。二度あることは三度あるということです。さっきはフラグを回避したのに。
「良いのじゃ良いのじゃ。第二の人生を謳歌するからの。礼を言いたいくらいじゃ!」
「おお!」
ミーハ・エルビスにはフラグ回避:エキスパートの称号を与えたいと思います。
「ところでミーハさんは…」
「ミーハでいいのじゃ。楽に話すがよいのじゃ。」
「…えっと、ミーハ。その、どうすればいいのかな?」
「ふむ?」
「召喚獣っていうのが、よく、分からないのだけど…」
ミーハ・エルビスは両腕を胸の前で組んだ。
「召喚獣。従えた魔素的な生命体のことですわ。」
ナビ・ナビが突然喋り出しました。
「多くは魔獣や魔物を指しますの。でも、今回の場合はテイムしたのは魂ですわ。森妖精族などの人は魔素的な生命体ではないのですが、魂は魔素そのものといってもいいくらいのものですものね。
はっ、申し遅れましたわ。ナビ・ナビと言いますの。」
ナビ・ナビはそう言って、同じように腕を組んだ。豊満なバストがギュウッと絞り出される。
「(わたくしの勝ちですわね。)」
「(ぐぬぬ…あるじさまのご寵愛は妾のものじゃ!)」
「…」
何で二人して胸を張ってるんだろうか。不思議でした。