第九話 応接室内の出来事 その4(終)
付き合い始めた恋人に、さん無しで呼ぶのは結構きついです。そんな話。
※(終)とサブタイトルに入ってますが、作品はまだ続きます。
エミリア姫との交渉が纏まり、明日の朝一にエルキア王国に向かう話になった。
「う、うぅ~ん」
ナーヤさんがお目覚めになろうとしている。
俺は近寄りナーヤさんの顔を覗き込む。
ナーヤさんは寝ぼけ眼で俺の顔を見つめる。
「王子……様?…………エリク様!?」
ナーヤさんが急に飛び起きて、おデコと頭をぶつけてしまう。
「いたぁ~い。ハッ! エリク様。申し訳ありません。私とした事が」
「いや、驚かせた俺も悪いから気にしないで。イテテ」
痛みが生じる場所を擦りながら、ナーヤさんが恥ずかしそうに照れている。
「エリク様、そのぅ、先程の言葉、聞こえてしまいましたか?」
「ん? 何が?」
「わ、分からなければいいのです。気にしないで下さい」
ナーヤさんの落ち着きを取り戻して差し上げなければ、また気絶しちゃうかも知れないので、俺は聞いていない事にした。
今この部屋に居るのは、ナーヤさんとイザベラさん、そして俺を含む三人だけだ。
ルルス、パラチ、エミリア姫は、五階の一室を五人で食事が出来る様に改装している。
残りのメイドさん達は、晩御飯の準備の真っ最中だ。
「ナーヤさんも目覚めたので、パラチ達の部屋に向かいますね」
「エリク様、少し待ってください。ほら、今なら人も減ってチャンスよ。ナーヤ。告白してしまいなさい」
「えっ! えぇぇぇ――――――! ちょっと、まだ、その、心の準備が!」
何を隠そう、ナーヤさんが寝ている間『自称恋愛ハンターのイザベラさん』から、ナーヤさんの事で相談され、好きか嫌いか問いただされた。
俺は左手を頭の後ろに置き、照れ臭く好きと答えた。
イザベラさんは「ウフフ」と顎に手を当て、俺に作戦を伝えた。
作戦は単純だ。
この部屋を三人だけにし、告白しやすい様、設定する。
次に、部屋から出ていく俺を引き留め、イザベラさんが今しか告白するチャンスが無いと、ナーヤさんを焚き付ける。
最後に、ナーヤさんが告白に戸惑っていたら、こちらから告白すると言う至ってシンプルな手段だ。
ナーヤさんの様子から見ても、俺の告白を断る事は無いだろう。
まさに計算し尽くされた作戦だ。
流石、自ら『恋愛ハンター』と自負する事はある。
けど、相思相愛だからこそ成功するんだけどね。
「ナーヤさん、単刀直入に言います」
「はひぃ!」
「結婚を前提に、俺とお付き合いして頂けませんか? 友達からで良いので、イエスで有れば手を握って下さい。よろしくお願いします」
俺は深々とお辞儀し、右手を差し出した。
この様子はTVで見た事あるなぁー、自分がやる事になるとは夢にも思わなかったけど。
それにしても、ナーヤさんが俺の手をなかなか握ってくれない。
まさか! 余りの展開の速さに頭が爆発して、また気絶してしまったのか?
俺はナーヤさんの方をチロリと頭を少し上げて様子を伺った。
ナーヤさんは辛うじて気絶を免れていたが、顏は耳まで真っ赤に染めており、限界寸前の状態になってる。
仕方ない、ナーヤさんは固まって動けなそうだから、少し強引な方法にシフトしよう。
イザベラさんも心の中で応援してくれてるはずだ。
ここで男義を見せなければ男が廃る。
俺は、お辞儀の姿勢を正し、ナーヤさんに二歩、歩み寄る。
ナーヤさんとの距離は、目と鼻の距離だ。
「ナーヤさん、今から五秒後に貴方の左手を握ります。握らせて貰えたなら、お付き合いOKと受け取ります。嫌でしたら、手を後ろに回してください。それでは、数えますね」
俺は有無も言わさず数を数え始めた。
1、2、3。4の数字を言いかけた時に、ナーヤさんから変化が見られた。
俺が右手でナーヤさんの左手を握ろうとして、徐々に右手を伸ばして行ったのだが、数え終る前にナーヤさんが両手を右手を掴んで来たのだ。
突然の行動に驚く俺。
えっ、こういう場合どうなるの? 承諾したって、受け取っていいんだよね? それに気のせいだろうか? ナーヤさんが少し壊れ気味に見える。
「あの~、ナーヤさん、俺の右手を掴んで両手で上下にブンブンするのやめてほしいのですが……」
「すすす、すいません。嬉しさの余り、つい……」
ナーヤさん、俺の前になると慌てようが尋常じゃないぞ。
ちょっと、姿を変えた方が良いのだろうか? その事を二人に伝えたら「「その姿のままでお願いします」」とハモられて、返されてしまった。
「取りあえず確認を。ナーヤさんが俺の右手を掴んだので、お付き合いする事でいいですよね?」
「は、はい。エリク様。不束者ですが、よ、よろ、しくお願いします」
ナーヤさん可愛いなぁ~、ずっと見てても飽きないな、犬耳下げて守ってあげたいオーラを俺に向けて放出してくる。
普段クールな人が「シュン」としてる状態と言えば判るだろうか? それにしても、破壊力ヤバイな! 油断してたら顔が緩んでしまう。
そんなやり取りを見守っているイザベラさんは、何故かイライラしている。
何で、そんなにイライラしているの!? うまく行ったんだから喜ぶ所じゃないの!? まさか! 嫉妬や妬みですか!?
「貴方達!!」
「ひゃい!」
裏返って変な声が出てしまった。
驚かせないでくれ、イザベラさん。
「付き合い始めたんだから、様付けや、さん付けは禁止ね!」
「えっ! いきなり何を言うんですかイザベラさん。親しき仲にも礼儀ありですよ?」
「急に、そんな事言われても……」
「ナーヤさんも、モジモジして困ってるし、今はこのままでもいいんじゃないのかな~」
イザベラさんは、どうしても俺達に、接尾語を止めさせたい様だ。
少し興奮して、目が血走ってる。必死だ!
「もう! お姉さんの言う事が聞けないの!?」
「私の方が年上だけれど!?」
イザベラさんが逆切れして、ナーヤさんが犬の様に噛みついた。
だが、そこまでだった。
「ナーヤは若返ったから、見た目で言えば私の方がお姉さんよ? それに貴方に協力したのは私なんだから……文句は言わないわよね?」
「う……何も言い換えせれない」
ナーヤさんが、あっという間に言い負かされてしまった。
執事とメイドのパワーバランスが、逆転しているのは気のせいですか?
「エリク様も、ナーヤの事をさん付けで呼ばない事、いいですわね?」
「ナーヤさんさえ良ければ……」
「ナーヤ!」
俺が言葉を紡ごうとしたら、イザベラさんが訂正してくる。
面倒見のいいお姉さんだよな~イザベラさん、子供にモテそうなタイプだ。
「ナーヤが良ければ、俺はそれで構いません」
「うん、うん。素直でよろしい! 素直な子は、お姉さん大好きよ?」
人を脅すような爽やかな笑顔、恐怖を覚えますイザベラさん。
「それとエリク様、最後に忠告ですけど、ナーヤを悲しませる様な事したら、私達メイド全員が敵に回るので覚悟してくださいね?」
「分かりました。肝に銘じておきます」
俺は彼女達の期待を、絶対に裏切る事はしないと心に誓った。
あのメイド達が敵に回ったら、俺は枕を高くして寝れない。
ちょっぴり憂鬱になりながら、俺はこの世界の晩御飯の事を考え、応接室から退出した。
応接室内の出来事はコレで終わりです。
サブタイトルに(終)と書くと作品はこれで終わりかと勘違いするかもしれないので書かない方がいいのかな?(書いた後気付く人、はい、俺です)
後、五話程進行すれば、城から移動すると思います。