第十三話 初の朝食
この世界に来て初めての朝食です。
俺は、パラチの中にある一割のエリクシールを使って治療に当たる。
直後、すぐに鼻血は止まったが意識が覚醒しないので、俺はパラチの鼻血を洗い流すようにキンキンに冷えた冷水を、園芸用のホース位の勢いでパラチの顔面に向けて放った。
「ん、ぶほぉ、ぶばぁぁ! 冷たい、やめろ~~!」
「おぉー、起きたかパラチ、冷たくて気持ちいいだろう? エッ、なになに? もっと浴び続けていたい? 仕方ないなぁ~パラチさんも好きねぇ~」
「いや、もういい、結構だ! ブフッ、確かに頭が冷えて気持ちいいが、ヤメッブッ、湯冷めするから止めてくれ」
パラチの意識が完全に覚醒したところで、俺は冷水を出すのを止め、パラチを怒りを鎮めてから、風呂場を後にする事にした。
「じゃあ俺達、先に上がるからルルス君、ごゆっくりどうぞ」
「分かりました。では、ゆっくりと休ませて貰います」
俺はルルスに挨拶を済ませ、そのままパラチと一緒に脱衣所で事前に用意されていた、黒灰色の肌心地のいいバスローブを羽織り、食事をした五階の部屋に向かった。
部屋に入ったが、まだナーヤとエミリア姫は来ておらず、仕方ないのでパラチから光を出す魔法『ライト』を教えて貰い、習得したところで二人が部屋に入って来た。
ナーヤは、白色のワンピース風の着れるバスタオルを着用しており、素肌が見えて自然な色気が出ているのに対して、エミリア姫は、白黒の牛柄のバスローブを着ていて胸元が少し見えており、セクシー路線、爆進中である。
「エミリア姫、見事ピチピチのパラチが釣れましたね。このまま、お持ち帰りします? 今ここで、捌いてもいいですよ?」
エミリア姫の胸を凝視していたパラチが「ギョッ」として俺を睨む。
「いえ、一人になって考えたい事もありますので」
パラチはエミリア姫にキャッチされる前に、糸をハサミで切られて海にリリースされたようだ。
悲しみの海に沈むパラチを放置し、俺は横に置いてある物体を「バンバン」叩いた。
「こいつに乗って、パラチに運んで貰おうと思う」
「「えっ?」」
二人共、予想した通りの反応をしてくれて嬉しいな。その表情、プライスレス!
この様子ならエルキア城に到着した時、サプライズになる事、間違いなしだ。
俺が叩いた物体、それは見た目が金と赤の装飾をされた豪華な宝箱。
この中に三人が入り、宝箱に鎖を巻いて、パラチに運搬して貰おうと言う魂胆だ。
宝箱には、俺達が酸欠にならない様に、五百円玉の大きさの穴を複数個所、パラチに開けさせてある。
「あのぅ、すいません。本当に、この宝箱で行くんですか? もの凄く目立つ様な気がするのですが?」
「これで行くのには、理由があるんだ」
「理由ですか?」
ナーヤが「ん?」と言った表情で口を尖らせている。
ナーヤが思っている疑問に俺は答える事にした。
「ナーヤが言ってる通り、赤い宝箱で相当目立つだろうねぇ~、しかも赤い宝箱を運んでるのがパラチだし、でもね、城に着いた時にパラチが宝箱を持って来てると言う事は、餞別を持って来たと判断して貰いたい訳。
唯でさえ、城が混乱してるのに、そこにパラチがまた現れたりしたら、恐怖のどん底に陥るのは目に見えている。そこで! この宝箱の出番な訳です。宝箱から出て来たのが、誘拐されたエミリア姫だったら皆、多少は警戒を解くはず。
その時に、エミリア姫が周りの人達を説得して欲しいんだ。うまく行けば、スムーズに事が運ぶはず」
「つまりエリク様は、城に居る人達のビックリする顔を見たいのですね?」
「その通り! エミリア姫の行動次第で、いい方向にも悪い方向にも傾くので、説得をどうかよろしくお願いします」
「はい、出来る限りいい方向に持って行くように善処します。もし、悪い方向に進んでしまったら、ごめんなさい。先に謝っておきます」
こうして明日のシークレットミッション『国を救う宝箱』作戦が決定した。
その後、明日が早い事もあり、各人用意された部屋に行き、眠りに付いた。
窓から小鳥のさえずりが微かに聞こえる。
目が覚め半身を起こすと、いい匂いが俺の鼻に吸い込まれ食欲をそそう。
「ぐぅ~~」と、お腹の音が鳴る。
俺は完全に意識を覚醒させ、天幕のベットから降りフワフワのスリッパを履いて、いい匂いが漂って来る方に、歩みを進めて行く。
「フ~、フフン、フ、フフフン。フフフ、フフ、フフン~♪」
ナーヤが鼻歌を歌いながら、上機嫌に鉄板の上で何かを焼いている。
香ばしいイイ匂いがするけど、なんだろう?
「フフフン、フン、フ、フフン、フフフン、フフフフ~ン~♪」
「ナーヤ、おはよう」
「フッ!?」
ナーヤが俺の気配に気が付かず、そのまま鼻歌を続けようとしていた所に、突然、背中越しに挨拶されたので「ビクッ!」として背中を「ピン!」と伸ばしているのが見て取れた。
こっそり近づいた訳でも無いのだけれど、ビックリさせすぎたかな。
「お、おはようございます。エリク……き、聞こえてました?」
「うん、バッチリ聞こえたよ」
俺に鼻歌が聞こえた為、ナーヤが手を前で組みモジモジして顔を赤らめている。
執事服の上からエプロンを羽織っていて、通い妻バージョンになっており、今日は幸先が良さそうだ。
「ところで、今朝は何を作っているの?」
「ナンでございます」
ナンだってぇ~! ナンは大好きだぞぉ~! ひゃっほーい。今日は本当にイイ事が起きそうな予感がする。もう楽勝だな、今日の仕事は! 手で軽く捻って「ポイッ」よ。
「昨日もパン類、出て来たけど主食はパン類なの?」
「はい、この世界の主食は主に小麦粉を使ったパン類になります」
そうか、主食は欧米系かぁー、生前が日本人だから、お米が食べたい。
パンもいいけど、やっぱり主食は、お米を炊いたご飯が一番だな。
「ナーヤ、この世界にも米はあるよね?」
「あるにはあるのですが、食用には向きませんよ?」
エッ? それってどういう事? もしかして、食わず嫌いなの? 俺は、パン類よりお米の方が好きなんだけど。
ナーヤさんが、俺の残念そうな顔を見て少し声のトーンを落とした。
「残念な事に、お米の芯が無く、水洗いするだけでグチャグチャになってしまうので、本当に何も食べる物が無い時の食料となっております」
そんな馬鹿な! 我ら日本が誇る偉大なお米様が、この世界ではぞんざいの扱いをされておられるとは……これは何が何でも地位向上の為、お米様を救って差し上げなければ! こういう時はルルス博士だよね。
よし、出発する前にルルスに事情を話しておいて、無事問題が片付いたら取り掛かる事としよう。
「ところで質問なんだけど、どうしてナーヤが朝食をここで作ってるの? 俺は、てっきり昨日食事した場所で朝食を食べると予想してたんだけど? イザベラさんに何か吹き込まれた?」
「イ、イザベラは関係ありません。そ、そのですねぇ、エリクが一緒に食べたいと言ったので……来ちゃいました……迷惑だったでしょうか?」
ナーヤは俺に目を合わせない様にして瞳を横に逸らし、御淑やかな仕草で、肩に触れそうになっている髪を、右手の指を使ってクルクルさせて遊んでいる。
そこで、異臭がしている事に俺は気づいた。
「ナーヤ、ちょっと焦げ臭くない?」
「エッ? ああぁ――――!!」
ナーヤは後ろを振り向き、鉄板の上にあるナンの救出を試みるが少し遅かったので、少し焦げてしまっていた。
「すいません……少し焦げちゃいました……」
「ナーヤ、そんなに気を落とさなくてもいいよ。その位なら取り除けば、どうって事ないから大丈夫。それじゃあ、今のうちに着替えと手洗い済ましてくるから」
「分かりました。その間に食事を並べておきますね」
俺は少し落ち込み気味のナーヤを見ながら、着替えの置いてある部屋に行く。
昨日、事前にメイドさん達に俺が着たい服を教えていたので、用意して貰っていたのだ。
置いてある服に、紙が挟んである。
なになに、この服は魔力を込められて作成された匠の服で、多少の攻撃なら弾いてしまう優れものです。
数に限りがありますので、取り扱いに注意してください。
なるほど、貴重品だから大事に扱おう。
取りあえず服の着心地を確かめて見る事にする。
上半身の黒色の長袖のシャツと足首まである黒のズボンは、素肌にフィットし柔らかでフカフカになっており、シルクみたいに肌心地は良く、素晴らしいの一言。
その上から白色のコートを装備し、動いてみる。
想像したより軽くて動きやすい。これが俺が少し動いて見た時に思った事の感想だ。
まるで、動きを妨げるどころか、サポートしてくれてる気さえする。
これは本当に大事にしないと、メイドさん達に悪いな。
着替え終えた俺は手洗いを済まし、ナーヤが座っているテーブルの席に着いた。
「ナーヤ、先に食べてても良かったのに食べるのを待っててくれたんですか?」
「当然だと思いますけど? 先に召し上がるなんて事、私はしませんよ? それに……楽しみにしてたので……」
ナーヤは当然な事と自覚してるけど、中には残念な事に『初デート』の時に相手を待たず、さっさと先に食べてしまう方が、世の中にはいる様なのですよ。
数は極少数と思いたいけど……増えてるかもね、残念ながら。
「ナーヤ、この大きいサイズの丸形のナンは、どうやって食べてるの? 周りの具材を挟んで食べるのかな?」
「はい、半分に折りたたんで食べてもいいですし、この様にナンをクルクル巻き、型を作ったところで中に具材を詰めていく方法もありますね。私は後者で食べてますよ、エリク」
ナーヤはナンをクレープの様な形にしてから、具材を優しく詰め込んでいる。
俺もナーヤの方法を真似して、クレープ型のナンを作り、具材の詰め込み作業が終わったので、いただく事にした。
「いただきます~」
「いただきます?」
「ああ、生前のいた世界での食事をいただく時の挨拶なんだ」
「そうなのですか。それでは私も、いただきます」
挨拶を終えた俺はクレープ型のナンにガブリつく。
「ムシャムシャ、ムシャムシャ」あれ? ナンなのに、モチモチ感が少な目で普通のナンより柔らかい! どうしてだろう?
「エリク、お味の方はいかがですか?」
「塩味が効いてて、凄く美味しい。ナンはもっと硬い物だと感じていたんだけど?」
「野菜の具材を噛みやすい様に、水、塩、小麦粉を調整してナンを焼き上げました。エリクに美味しいと言っていただけて、作った甲斐があります」
ナーヤの笑顔がキラキラと輝いて眩しすぎる。
こ、これが噂の通い妻属性と言う物なのか! 俺は精神に嬉しいダメージを受けたので、パラチに出来事の感想を脳内で伝える事にした。
(パ、パラチ。ナーヤさん女子力高すぎるんだが! どうしたらいい? 俺は幸せで死んでしまいそうだ)
(そ、そうか。エリクの方にはナーヤが来たか……余の方にはエミリア姫が来てな。ちょうどナンを今から食べるとこブハッ!!)
(パラチ? どうした? 応答せよパラチ!)
ん? パラチからの連絡が途絶えた? エミリア姫のナンを口にしたら喚き声が聞こえたから……危険なのか……エミリア姫の料理は。
もし俺も、エミリア姫お手製料理を食べていたらと思うと「ゾッ」とするな……パラチよ、安らかに眠れ……
(勝手に余を殺すな! それで、エリク! 一生の頼みがある!)
(またですか? 自棄に必死だな~、どうしたと言うのかね?)(棒読み)
(余の味覚と嗅覚を食事が終わるまでオフにしてくれぇぇ――――――――!!)
(だが、断る!)
(お願いだぁ―――――! ハッ!? エミリア姫! 余の口にナンを近づけないでぇぇ―――――!!)
パラチがいい感じになってきてるので、助け船を出す事にする。
パラチ視点で状況を確認して見ると、今まさにエミリア姫がニコニコしながら、自らの手でパラチに引導を渡すべく、パラチの口にナンを「ア~ン」させて口の中に放り込んでいる最中だった。
俺は素早くパラチの味覚と嗅覚を切る。
(パラチ~、もう口の中に入ってる物を噛んでも大丈夫だぞ)
(おおー。本当だ。噛んでも味がしない! 助かったぞエリク! それにしても、味がしない事に喜ぶ日が来るとは……世の中、何が起こるか分からんな……このまま食べ続けていたら、余はそのままショックで寝込んでいたかも知れぬ)
それはイカン、今日のお空の旅が中止になるじゃん! 手遅れになる前に、パラチを救助して本当に良かった。
(それほど危険な品物ですか、エミリア姫の料理は)
(料理の外見は普通なのだ! 何もおかしい所は見当たらない! だが、味がな……どうしてああなるのか理解できん! 余はただ、エミリア姫の手料理を楽しみにしていただけなのに、どうしてこんな事に)
(取りあえず、これからはエミリア姫に料理を作らせるのは禁止と言う事で)
(余に異論は無いが、手料理だから食べたいと思う自分がいる……難しい物だな……)
パラチとの脳内会話を終え、我に返るとナーヤさんが俺の顔の前に手を伸ばし、左右に振っていた。
「ナーヤ、何をしてるの?」
「エリクの名前を呼んでも反応が無かったので、どうしたのかと思いまして」
ナーヤは手を引っ込めると、そのまま食事に戻る。
「ごめん。少しぼーっとしてた」
「これからの事について考えてたんですか?」
「そうなんだ、だけど考えは決まったから何も心配はいらないよ」
俺は、それらしい事を言って誤魔化し食事を終え、ルルスにさっきの事を伝えてから屋上に向かった。
俺が屋上に着いた時には、この城に住まう者全員と俺達が乗る宝箱が準備してあり万全の状態になっている。
「じゃあ宝箱に乗るので、ナーヤ、エミリア姫、宝箱の中に移動をお願いします」
「「分かりました」」
俺達三人が宝箱に入ると蓋を閉めて、鍵を掛ける。
その次に周囲を鉄製の鎖で巻き付け固定し、鎖をパラチに持たせた。
「ちょっと留守にするからルルス、お留守番頼んだ!」
「承知いたしました。エリク様、例の物、頼みましたぞ!」
「おう、必ず調達してくるから待っててくれ。パラチ出発だ! 始めは、ゆっくりに頼むぞ」
「余に、すべて任せよ! それでは行くぞ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
俺達はルルスやメイドさん達に見送られて、宝箱で空を移動しエルキア王国に向けて出発した。
やっと初期の建物から移動できました。
この場所に帰って来るのは25話辺りになるのかな? 予想では20台後半の予定です。