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ルイ・トモ  作者: 冷や麦
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千鳥

 日雀は女の子が目を覚ます前に、亡くなった二人の顔を綺麗に拭いておいた。血だらけだった体には大きな布を纏わせて見えないようにした。仮に二人で埋葬することになったとき、少しでもその衝撃が和らげばと、そう思ったのだった。


 女の子も両親を埋めるための穴を掘ると言って聞かなかったが、日雀はその時間は両親との最後の時間にあてるよう説得した。周囲の人間にとっての "死" とは死んだ瞬間ではなく、そこから流れる死を受け入れるまでの時間のことをいうのだ。ゆっくり、死に寄り添い、その事実を受け入れる。

 

 女の子は両親のそばに座り、ふたりの顔を撫でながらぽろぽろと涙を零していた。たくさん話をしなければならない。これまでできなかった話も。そして、これからするはずだった話も。それら全てを吐き出して、初めて死を受け入れることができる。時間をかけてゆっくりと。これは必ず通らなければならない儀式なのだ。


 「あと何年かすれば、私も、あなたも命を落としてしまうでしょう。それは寿命かも知れませんし、何か事故かもしれません。でも、死は人生の終わりではないのです。私たちは必ず死にます。しかし、死にはしないのですよ」


 女の子は日雀の顔を見て涙を拭いた。


 「難しくてわからないわ」


 少し笑いながら言った。


 「そうですね。私にも、よくわかりません」


 日雀は額の汗を拭いながら笑った。

 

 「でも、目を閉じれば、きっといつだって会えるんです」


 しばらくして、二人が入れるだけの穴は掘り終わった。そして日雀は何も言わず空を見上げた。空には真っ白な入道雲が湧き、まるで空へ登ることのできる階段のようだ。ここの皆はあそこへ行けただろうか。そして、彼女の両親も、一緒に行けるだろうか。

 

 女の子が日雀の様子に気づいた。

 

 (嗚呼、もう本当にお別れしなければならないんだ)

 

 こんな日が突然訪れるなんて思ってもいなかった。明日も明後日も昨日と同じような楽しい日々が続くのだとなんの疑いも持っていなかった。昨日までの日々は明日にとって何の約束にもならないのだ。だからこそ、今日をしっかり生きよう。後悔を明日に持ち越さないようにしよう。


 「もう、二人を休ませてあげることにします」

 「たくさん、話せましたか?」

 「…はい」

 「そう」

 「でも、まだまだこれから話すことがたくさんあったんだろうな」

 「大丈夫ですよ。そのときは目を閉じればまたすぐに会えます」

 「…そうですね」

 

 日雀は女の子と一緒に、二人を穴の中にそっと横たわらせ、手を合わせた。女の子も手を合わせる。日雀はしばらく女の子の様子を見ていたが、ゆっくりと、土を被せた。二人の顔が見えなくなる。女の子は「さようなら」と小声で呟き、涙を流した。



 「あたし、千鳥といいます」


 日雀の顔に近づいて女の子は言った。


 「歳は12です」


 更に顔を近づける。


 「そ、そうなんですね」


 日雀は一歩下がりながら言った。


 「日雀さんはおいくつなんですか?」


 近づく。


 「えっと…15歳ですよ」


 下がる。


 「背中に羽根が生えてますよね?飛べるんですか?」


 近づく。


 「あ、いえ、これは飛べないんです。ただ、走ったりする際に加速することは…ちょっと、近いですよ」

 「近いと迷惑ですか?」

 「いえ、そんなことはないんですけど」

 「じゃあ何がダメなんですか?」

 「何が…って…」

 「ないじゃないですか」

 「え?」

 「ダメな理由が無いじゃないですか」

 「ま、まあ」

 「じゃあ、大丈夫ですよね?」

 「え、えー…」


 千鳥は日雀の手を取り、顔を覗き込んだ。


 「日雀さん、旅の人ですよね。あたしも着いて行っていいですか?」


 この場所にひとり残して行くことを想像すると、それ以外に選択肢はないだろうなと思った。

 

 「では、一緒に行きましょうか」

 「はいっ!」

 

 「でも、あまり近づいたりしちゃダメですよ」

 「何故ですか?何故ですかー?」

 「だから近いですってー」

 「ふふふ」

 


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