埋葬
(朝だわ!昨日は怖い夢を見たような気がするけど…。まあ、いいわ!今日の朝ごはんは何かしらっ!)
目を開けた女の子が目にしたのは雑然として荒れ果てた部屋だった。昨日の記憶が突如として蘇る。
――
食事を作っている最中の母様。料理の良いにおい。つまみ食いをしようとして母に怒られる父様。こっそり手にしたおかずをあたしに差し出し、人差し指を口に当て、内緒だと合図する父様の顔。いつもの笑い声。美味しい母様の料理。
突然外から聞こえてくる悲鳴。窓から外を見る父様と母様。
「こっちに来るんだ」と今までに聞いたことのない怖い声で叫ぶ父様。力いっぱい手を引き、あたしを炊事場へと連れて行く母様。おろそしい父様の顔。「大丈夫、大丈夫」という震えた声。あたしを床下の倉庫へと押し込もうとする母様。嫌がるあたし。力づくで押し込む父様。
戸を閉める間際のいつもの優しい父様と母様の顔。泣き叫ぶあたし。決して声を出してはいけないという父様と母様の声。
暗闇。
凄まじい足音。
けたたましい動物の鳴き声。
自分の口を押さえ、言いつけ通り声を潜めるあたし。
父様と母様の悲鳴。
荒い息遣い。
「大丈夫」という消え入りそうな声。
そして長い沈黙。
――
夢ではない昨日の状況がが不意に思い出され、また涙が溢れた。
「…ぐ…う…ぐぐ…」
恐怖と寂しさ、悲しさ、様々な感情が混ざり合い声が出ない。頭のなかは混乱し、今の自分の感情すら理解できない。次々と湧き上がる気持ちが迷子のように自分勝手に外へと出ようとする。
その時、頭にふっと温かい手が置かれた。その手は二度、三度、優しく女の子の頭を撫でた。温かな気持ちだけを呼び起こすような、そんな手だった。
「目が、覚めましたか?」
(父様のものとはまた違う、優しく、温かい声。誰だろう。昨日も聞いた、そんな気がする)
女の子はゆっくりと声の主に目をやった。背はさほど高くなく、ボサボサの髪。色は栗色。背中から羽根が生えていて、まだ幼い少年のような顔立ちでとてもやさしい笑顔を浮かべ、手は相変わらず女の子の頭を撫でている。
(でも、少し、なんだろう、寂しい目)
「あなた…は…?」
女の子は涙を拭きながら尋ねた。
「私は日雀といいます。昨日、あなたを床下から…」
(そうだ。私をあの場所から助け出してくれた人)
そして女の子は力強く抱きしめられたことを思い出し、少し恥じらい、頬を染めた。
「きのうは…あり…がと…」
日雀は目を閉じ「いえ」と小声で呟いて笑顔でまた頭を撫でた。女の子はまたしばらく涙が溢れ続けたが、日雀はずっとそばにいて優しく頭を撫でていた。その間、日雀は何か声をかけるわけでもなく、ただ、そばにいるだけだった。
*
女の子は部屋の中を見回して失意に陥った。
昨日までは父様と母様と楽しく過ごしていたこの家がどうしてこんなことに。いったいなにが起こったというのだろうか。父様は、母様は。おじいちゃんは、おばあちゃんは。幼なじみは。他のみんなはどうしてるんだろう。一体、どうしてるんだろう。
女の子は意を決して日雀に声をかけた。
「あたしの、父様と、母様、を、知りませんか?」
日雀の優しい笑顔が、悲しい顔に変わる。その様子を目にした女の子は手に力を込める。何か辛いことを言おうとしているのはすぐにわかった。それでも女の子はもう一度聞く。
「父様と、母様、の、ことを、ご存知、ありませんか?」
日雀はふうと息を吐き、少し間をあけて穏やかな口調で話し始めた。
「辛い話になりますが、私が見たことをあなたに話しますね」
日雀は女の子の手の上にふっと右手を添え、そして強く握りしめた。女の子が日雀の顔を見ると、日雀はこくりと頷いた。
「私が昨日、ここにたどり着いた時にはもうお二方は亡くなっておいででした。そして、この集落の他の方たちも」
それを聞いた女の子の目に涙が溢れる。信じられない。信じたくない。
「今朝、あなたがまだ眠っている間に、他にも生存した人たちがいるかもしれないと、この集落を調べてみました。私が見た限り、あなたの他に生き残れた人はおられないようです」
もしかしたらとは思っていた。けれど、はっきりと突きつけられた現実に頭が真っ白になる。何か口にしようとするが、何の言葉も出てこない。早くなった鼓動から生み出される吐息だけが休むこと無く排出され続けている。
「私が見つけることのできた他の家の方たちは、先ほど埋葬してきました。みなさん同じ場所に今はいらっしゃいます」
日雀は左手を女の子の手の下に添え、両手で挟むように握り、真っ直ぐに女の子を見た。
「あなたの父上、母上はいかがしましょう。私がひとりで埋葬することもできますが」
それを聞いた女の子は声をあげて泣いた。
泣いて泣いて、言った。
「一緒に、私も、一緒に、埋葬、しま、す」
「…わかりました」
日雀は優しく微笑んだ。