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ルイ・トモ  作者: 冷や麦
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黒煙

日雀は朝日と共に目を覚ました。太陽と反対側の空にはまだ少し夜を残しているが、まるで幼子が描き、心のまま塗りつぶしたかのような真っ青な空。まだ夏の太陽に熱せられる前の空気は少し冷気を纏い、息を吸うたびにそれが鼻の奥を刺激する。


「今日も良い天気ですね」


両手の指を組み、腕を振り上げ、体を可能な限り伸ばしながら呟く。蝉も目を覚ましたらしく、じゅわじゅわと喚き始めた。


昨晩は久しぶりに刀を抜いた。じいさまからは文字の他に剣術の指南も受けていたが、使ったのはいつ以来だろう。ましてや命を奪うことなど。日雀は昨晩の事を思い出し、まだ腕が錆びてない事を安堵すると同時にじいさまの怒る顔が目に浮かび、肩をすくめた。


(争いを避けるのは難しいものだな)


日雀はすっと立ち上がり、衣服についた木の葉などを手で払いながらあたりを見回した。なるべく日陰の道を選んで歩こう。きっと今日の日差しは暴力的になる。右手を額に当て、少し恨めしそうに空を見上げた。


歩き始めてからしばらくは、木々が作る影を傘に歩く事ができたが、それも徐々に少なくなり、気がつくと両側には巨大な岩を削り取ったような山が連なっていた。この険しい山道には影らしい影は見当たらない。白い岩肌が更に暑さを増幅させる。日雀はただ足元だけを見て、黙々と歩き続けた。


足元の岩へぽたぽたと汗が落ちる。進む道の先は熱気で揺らめき、うんざりとさせる。道は次第に道と呼ぶことが難しい程に荒れたものへと変わっていった。


崖にただ杭を撃ち込んだだけの道を目にした日雀はさすがに愕然とした。崖下は霞んではっきりと見ることができない程の高さ。体中の汗が一瞬で蒸発し、熱を一気に奪ったかのように体中を寒気が襲った。しかし、後ろを振り返り、ここまで歩んできた道を思い出すと、引き返す選択は無いに等しい。


日雀は自分の頬をパンっと叩くと、道の先を睨みつけた。


意を決して足を踏み出す。杭に体重を乗せる度にギギと鈍い音が聞こえ、崖下へと岩の欠片が跳ねながら落ちていく。日雀は崖に手を這わせ、一歩一歩確実に進んでいった。


ゆっくり、ゆっくり、神経を足先に集中させて進む。頭上から転がり落ちてきた小石が頭に当たっても気づかない程の集中力。


ようやくあと数歩で終わるという位置まで来た時、左足の体重を預けた杭が、根本からポキリと折れた!もう朽ちていたのだ。


体中から汗が一気に吹き出した。右手が崖の岩肌の窪みを掴む。しかし充分な窪みがなく、数本の指で体重を支えることになってしまった。


「ぐっ…」


宙吊り。周囲を見回してみるが、他に掴める場所が見当たらない。右手の力が抜け始めている。いつまでもこうしていられるわけではないのだ。日雀は杭の道の終着点を見つめる。


「仕方ない…」


(このまま落ちるのを待つくらいなら)


日雀は羽根を広げ、右手にあるだけの力を込めて体を引き上げた。そして、右足で岩肌を蹴り、大きく羽ばたく。


(届け…!)


次の杭に足を乗せ、そのままの勢いで飛び跳ね、杭の道を駆け抜けた。陸地にたどり着いた日雀はそのまま仰向けに転がり、高い空を見上げて肩で息をする。


「た、助かった…」


*


どれほど歩いただろう。遠くからは川のせせらぎが聞こえてくる。


「川だ!」


日雀は声を出すと同時に駆け出していた。また緑が戻ってきた道を息を切らし、汗を垂らしながら音のする方へとありったけの力で走る。視界の端に、日差しを反射させキラキラと光る水の流れを捉えたときには既に帯に手をかけていた。止まる事なく川辺で衣服を脱ぎ捨てるとそのまま川へと飛び込む。


大きな水しぶきが上がり、光る粒が真っ青な空に溶けた。


しばらくして水の中から顔を出した日雀は仰向けに浮かんだまま、そっと目を閉じた。


(気持ちいいなあ)


ーーぐぅぅ


ようやく緊張から解放された日雀は腹の虫が鳴いたことで空腹感に気づき、水に顔を浸けてみる。川の中にはたくさんの魚が泳いでいた。日雀は一度顔を上げ、大きく息を吸い込むと、ざぶんと潜ったのだった。



「大漁大漁」


数匹の魚を捕まえて水からあがり、濡れたままで衣服も纏わずに火を起こし始めた。煙が出始めるまで木の枝を擦り合わせ続ける。乾いた木の葉と息を吹きかけ火種を作る。木の枝を組んだところに火種を入れ、更に空気を送り込む。少し時間がかかったが焚き火の完成だ。


日雀は木の枝に魚を刺し、焚き火の周囲に刺して並べ、焼けるのを待った。


ようやく一息つき、ごろりと横になって空を見上げて深く息を吸ったその時、黒く太い煙が空に向かっていくつも伸びていることに気づいた日雀は、魚もそのままに衣服を手に飛び出していた。


(あの煙の様子は、炊事などで出る類のものではない…)


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