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ルイ・トモ  作者: 冷や麦
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鶴姫

 首都『鳥飼国』の中央に位置する巨大な城。その中でも特に見晴らしの良い一室でひとりの美しい女性が窓の外に広がる街を眺めていた。髪は長く、冴え冴えとして強い意志を秘めているかのような大きな黒い瞳。


「それで私はまだこの部屋から出ることができないのかしら?」

「申し訳ございません、姫。まだ国王様が会談中でございまして…」

「それはわかっております。私はいつになったらここから出られるのかと聞いているのです」

「ですから、姫…」

「もうよい!お前といい、そこに突っ立っている者共といい、とにかくなぜこれほどまでに人が多いのだ。私が外に出られないのであれば、せめてお前たちは出て行ってもらえないか!」

「申し訳ございませんが、国王からの命でございまして」


 (いい加減にうんざりだわ。いつも何処に行くにも何をするにも誰かがついてくる。私がひとりで何かをすることなんてありえない。二言目には規則だ、誰かの命だと)


 鳥飼国は最近緊迫感が高まりつつあるようだ。騎士団は活発に城外へと出向き始めているし、近く街の貴族たちも度々会談に訪れる。街の住人たちの騒動も増え、騎士団が収めることも増えた。自由に部屋から出られないことも度々だ。


 (これだけの人に囲まれ、何をするにも声をかけられ、あらゆるものを与えられてはいるのに、今何が起こっているのかは誰も何も教えてはくれない。私はただのお飾りね)


 ようやく部屋から出られるようになったのは、いつもの夕食の時間から更に数刻経った後だった。食堂へと通された姫は、国王と遅くなった夕食を一緒に取りながら少ない言葉を交わす。


「父上、今のこの国の状況、私にも少しお聞かせいただけませんか」

「心配せずとも良い。何も変わってはおらん」


 グラスを持つ手に力が入る。


「そんなわけはありません。私にだってわかります。城内、街の雰囲気、どこを見ても以前と違い皆が殺気立っておるではありませんか。そのことに私が気づかないとでもお思いですか?」

「お前が口を出すようなことではないと言っているのがわからんか」


 鶴姫はギリと奥歯を噛みしめる。


「…ええ、なるほど、そうでしょうね。私の言葉など意味を成しませんでしょう。姉様の時と一緒。あの時からここは何も変わりはしないのね」


 姫は乱暴にグラスを置き、席を立った。料理は食べかけのまま湯気を立てている。国王は姫の姿を目で追うことすらもせず、ただ皿に盛られた料理を口に運んでいた。


(ここは何も変わらない。これからも。規則や慣習、立場に縛られ、ただ意味もなく繋がっていることで満足する。それぞれがそれぞれの役割を演じることに必死だ。息が詰まる。食器を叩きつけ、大声で喚き散らしたいがそれをしない私も結局は同じか)


「姫様!鶴姫様!」


 心配そうな顔で追ってくる従者にちらと目をやった。


(果たしてそれは私を気にかけてのことか?父上への売り込みか?それともただの自己満足か?)


 鶴姫はそのまま言葉を発することも無く部屋へと戻る廊下を歩く。従者が追ってきていることはわかっていたが、そのことを気に掛けはしなかった。遠くから国王の「放っておけ」という声が小さく聞こえ、それきり従者の足音は聞こえなくなった。


 勢い良く部屋の戸を閉め、明かりも点けず、暗い部屋の中で鶴姫は窓の外の夜景に目をやり、ため息をつく。いつからこれほどまでに息苦しい場所になってしまったのだろう。


 窓から見える月は真っ暗な空に一際明るく光り、眼下の街を白く照らしている。しかしそれとて太陽の光があってこそ。太陽が沈んで見えない時であっても、皆、そのことをわかっている。月が自ら光を放っているのではないことなど。


「姉様…」


 10年以上も前、結末を知りながらも自分の意志で規則を破り、そして城から追放されたひとりの女性のことが思い出された。


 (私はあの時、城から出さないよう父上に進言したけれど、どちらが良かったかなんて今となってはわからないわね)


 鶴姫は窓を開け、夜風に長い髪をなびかせながら「独りになりたいものね」と呟いた。ここから逃げ出す自分の姿を想像し、ふっと笑いが漏れる。

 

 (私が?ひとりで?そんなの不可能だわ)

 

 


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