92 スクーリング打ち上げ
「ここにしようぜ!」
宗屋が立ち止まって振り返った。蒼井さんと俺も傍らに立って荷物を降ろす。
ここは県の中央を流れる川の河川敷。それほど深くない川の両岸には石ころの河原、その外側に草むらが広がり、その後ろが護岸の斜面になっている。今日はこの川で花火大会があるのだ。
「風が吹いてて気持ちいい。」
「水があるせいか、なんとなく涼しい気がするね。」
蒼井さんの「スクーリングの打ち上げ」という言葉で、宗屋がここの花火大会を思い出した。宗屋はここに、大学生のときに仲間と来たことがあるそうだ。お花見のように河川敷に敷き物を敷いて、飲んだり食べたりしながら見物するのがこの花火大会のおすすめらしい。
宗屋の意見にしたがって、俺たちはテニスのあとにスーパーで買い物をしてきた。レジャーシートに惣菜、おにぎり、飲み物。蒼井さんが好きそうなものを選ぶのが楽しかった。
テストから解放された蒼井さんを大学の門の前で拾い、渋滞を避けながら近くまで来て、車をコインパーキングに入れて十分くらい歩いてきた。
この前の花火大会よりも規模は小さいと聞いたけれど、かなりの人出だ。住宅街が近いせいか、浴衣姿の子どもを連れた家族が多い気がする。川に近付くとゆっくりしか歩けず、河原に下りてからも見物場所を探しながらずいぶん移動した。でも、川の上は遮るものが無いので、少し離れていてもよく見えるのだそうだ。
「よし、そっち押さえて。」
「はい!」
雑草の上にレジャーシートを広げ、四隅に河原の石を乗せた。周囲でも同じようにレジャーシートを敷いたり、小さな折り畳み椅子を並べている人たちがたくさんいる。興奮気味の子どもたちがふざける声と、離れていきそうな子どもを呼ぶ親の声が響く。
ちょうど太陽が沈んで、空が白からオレンジ、紫のグラデーションに染まっている。その下で少しはしゃいだ蒼井さんが早くレジャーシートに座りたくてそわそわしている。宗屋と俺はこっそり顔を見合わせて笑ってしまった。やっぱり蒼井さんは、このメンバーでいるときが一番元気だ。
「うわっ、蚊が来た!」
パチン、と腕をたたくと、蒼井さんが自分のバッグを探った。そして「見て見て!」と、虫よけスプレーを自慢げに取り出した。
「絶対必要だと思ったんですよ。」
そう言って周囲を見回したあと、移動してからスプレーを脚や腕にかけた。周囲の人に気を使ったことに感心したけれど、スプレーの霧で何度もくしゃみをしているところは可笑しかった。
夕焼けはどんどん面積を狭め、空は夜の色に変わっていく。買ってきた食べ物を手元が見えるうちに食べ始めることにした。
「焼き鳥だー。塩とタレ? 唐揚げー、これは……ジャガイモのフライ?」
蒼井さんがシートの上に次々とパックを並べる。俺たちは彼女を真ん中にして、半円形に座った。
「あ、うずらの卵のフライだ。これ大好き!」
「おう、当たったぜ! な?」
宗屋が勝ち誇った様子で俺に言った。
スーパーで調達してきた食べ物はすっかり冷めてしまっていた。飲み物も少しぬるかった。けれど、蒼井さんも俺たちも、そんなことはどうでも良かった。気の合うメンバーで遊びに来ていると、それだけで何もかも楽しい。
「あっ、おにぎりの具がわからないです!」
蒼井さんがおにぎりを袋から取り出して言った。いつの間にか薄暗くなっていて、パッケージの文字がよく見えない。
「蒼井さんの嫌いなものは入ってないよ。」
彼女は苦いものと貝が食べられない。
「俺もどれでも大丈夫。」
「うん、俺も。」
三人で顔を見合わせていると、蒼井さんが楽し気に言った。
「じゃあ、この袋から見ないで取り出したのを食べるのはどうですか?」
「闇おにぎり?」
「あはは、でも、危険物は入ってないから。」
「よし。じゃあ、全員でいっぺんに行こうぜ。いいか?」
宗屋が見回し、俺たちはうなずいた。蒼井さんがビニール袋をまん中に置く。
「いっせーの、せ!」
それ! と手を突っ込み……。
(あ。)
蒼井さんと顔を見合わせた。それから同時に宗屋を。
「やった〜! 手ぇつないだ〜! あははははは!」
手をたたいて盛り上がる宗屋。
「つないでないよ!」
「つないでないです!」
急いで袋から出した手を「ほら!」と示す。顔が熱くなったけれど、この暗さでは見えないはずだ。蒼井さんは手を握りしめ、「違います〜」と怒った口調で言った。
「もう! 小学生並みのいたずらだな!」
「だって面白そうだったんだもーん。」
でも。
触れたのは本当だ。おにぎりを探って指先が絡んだのも。少し暖かくてやわらかい指先が――。
ドン……と、空気が揺れた気がした。
(あれ?)
周囲のざわめきが、何かを確かめようとするささやきに変わった。
「来るか?」
「どこ?」
その瞬間。
パッ……と空に光が咲いた。ほぼ同時にドーン! とあたり一帯を揺るがす音。
「わあ。」
「きれい。」
「ああ……。」
ため息とも歓声ともつかない声が漏れる。
すぐに次の響きが聞こえ、夜空にぱあっと花が咲く。一つひとつ打ち上げられる花火は、本当に花が開くようだ。
「いいね、ここ。」
「うん。きれい。」
「だろ?」
この前よりも少し低く見えるのは、距離が遠いからだろうか。それでも大きく開けた川の上に見える花火は十分にきれいで迫力があった。
会話は少しまばらになり、しばらくして食べ物が無くなると、宗屋はシートの片方に寝転がった。俺は反対側に足を投げ出して座り、蒼井さんが体育座りでその真ん中にいた。
蒼井さんはときどき俺たちを葉っぱでくすぐったり、小さないたずらを仕掛けてきた。それ以外はただぼんやりと花火を見ていた。
本当は、何かロマンティックな成り行きを期待しないでもなかった。けれど、川風にあたりながら夜空に浮かび上がる色とりどりの花火をながめていると、一緒にそれを見ているということだけで十分だと感じた。今、こうやって――宗屋も一緒に――見ているということで。
「気持ち良くて眠りそう。」
宗屋のつぶやきが聞こえた。
「うん。俺も。」
一晩中でもこうしていたい。




