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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
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91 同期会でもやもや


宗屋を蒼井さんのスクーリング打ち上げに誘うと、「また二人で行けないなんて言うのかよ?」と呆れた顔をされた。それが悔しくて、つい、二人で出かける予定は別にあると言ってしまった。だから今回は一緒に行こう、と。


すると宗屋はたちまち嬉しそうになり、俺の肩をバシバシ叩いて祝福してくれた。あわてて、まだ正式に付き合っているわけじゃないと説明したけれど、それは時間の問題だと笑い飛ばされた。そんなふうに断言されると、自分でもそんな気がしてくるから不思議だ。確かに蒼井さんは一緒にいるときはいつも楽しそうにしているけれど……。




その週の終わりにかもめ区役所の同期会があった。お盆の余韻が残る今週なら定時退庁できるメンバーが多いだろうということで。


蒼井さんへの電話は十時過ぎになると知らせてある。彼女は、翌日に会うのだから電話は不要だと言ったけれど、今の俺はそんなことは受け入れられない。彼女の声を聞かずに一日を終えるなんてあり得ない気分だ。宴会の開始時間が早いから、一次会で帰ればそれほど遅くもならないはずだ。


電話をかける理由をあれこれと告げながら、一番肝心な「蒼井さんと話したい」という言葉は言えなかった。やっぱり俺はヘタレなのだろうか……。


横崎駅の居酒屋の半個室で行われた同期会は、同期十五人のうち十三人が参加した。久しぶりに気兼ねの無い宴会で、みんなの声が少しばかり大きくなる。


「この前さあ、親の用事で中学生が来たと思って相手してたら、本人だったんだよ。身分証明書見てびっくりしたよ。」

「必死で制度を覚えてるのに、秋に改正だぜ! 『鬼!』って思うよな?!」

「ねえねえ、税務課にすっごくカッコいいひとがいるよね? この前、話しかけられて、思わず見惚れちゃった〜♪」

「うちの係長、話がまわりくどくて長いんだよねー。忙しいのにさあ。」


近況報告、愚痴、失敗談などに笑い声や同情の声が重なる。昼食を食べに行く店、ほかの区や局に配属された同期のウワサ、最近はまっているもの……と、話題は尽きない。だんだん席もごちゃごちゃになってきて、隣に立って話していた寄田さんが気の毒になったので、席を譲って空いている席に移動した。


「お邪魔するね。」

「あ、宇喜多さん。」


隣の席は白瀬さんだった。向かい側は宗屋と総務課の飛野さんだ。


(本当に邪魔しちゃったかな。)


宗屋にビールを注いでもらいながら思った。白瀬さんが宗屋を気にしていたことを思い出して。


けれど、その心配は逆だったことにすぐに気付いた。その三人だと、並んで座っている宗屋と飛野さんが話の中心になってしまうのだ。二人の掛け合いはテンポが良すぎて、白瀬さんは口をはさむタイミングがつかめないようだった。俺は何度か話題を白瀬さんにも向けてみたけれど、すぐに話は向かいの二人に戻ってしまう。そのうちにあきらめたのか、白瀬さんは俺だけを相手にして話すようになっていた。


そのこと自体は構わないのだけど。


話の内容に、俺は気が滅入って来てしまった。


「あたし、チューターの先輩に嫌われてるの。この前、課長に注意されたのは、きっとその人からあたしが『使えない』っていう報告が上がってるからだと思うのよね。」

「個人情報、個人情報って、何度も何度も言われるんだもの、嫌になっちゃう。たった一回、渡す書類を間違えそうになっただけなのに。」

「あたしが担当している相手が、『前の担当者に戻してくれ』って係長に電話をかけてきたの。あたしは法律で決まっていることを説明しただけなのによ? きっと前任者はそういうところが甘かったんだと思うの。」などなど。


要するに、仕事の愚痴なのだけれど。


普通なら、聞くのはべつにかまわない。けれど、白瀬さんの場合、それらはみんな<自分は被害者>という立場で語られるのだ。「自分は頑張っているのに誰も認めてくれない」「自分が悪者にされている」と。


それが、俺にはどうも居心地が悪い。同調できないから。


俺は、注意されたら二度目は無いように気を付ければよいと思う。個人情報は注意し過ぎるなんてことは無いと思う。なにしろ役所は個人情報だらけで、市民からの信用を得るためにはうっかりなど許されない。


それに、どんなことでも声をかけてもらえるのは有り難いと思う。だって、それは周囲が俺を育てようとしてくれている証拠じゃないか。


(うーん……。)


目の前では宗屋と飛野さんが楽しそうに話している。俺もそちらに混ざりたいけれど、そうすると、端の席の白瀬さんは話し相手がいなくなってしまう。それはさすがに可哀想だ。


「チューターの先輩に嫌われてるって本当なの?」


その点については気の毒だと思う。気の合わない相手がいたとしても、仕事上は感情を抜きにするのがルールだと思うから。


「本当だよ。鮫川さんっていう男のひとなんだけど。」

「鮫川さん? 知ってるよ、テニス部で一緒だから。」


(あのひとが? 嫌いだからって意地悪をする?)


テニス部で見る穏やかで明るい人柄からは想像もできない。


「お気に入りかどうかで態度が全然違うの。特に女子職員にはね。」

「そうなの……?」


信じられずにいる俺の前で、白瀬さんは声を落とした。


「一番のお気に入りは事務担当の北尾さんでね、彼女のご機嫌取ろうとして一生懸命なんだから。」


北尾さんまで出てきて驚いた。しかも、鮫川さんが北尾さんに好意を持っているみたいな話で。


「でも、鮫川さんには彼女いるよ?」

「いたって、別の課でしょう? 仕事中には見張れないもの、自由にやってるわよ。」


驚きのあまり言葉が出ない。


「そんなふうだから北尾さんも調子に乗って、偉そうな態度でね。」

「ああ……。」

「鮫川さん以外も、男性職員は北尾さんの言うことなら何でもきくから、まるでボスよ。」

「ああ……。」

「本当に小さなミス、たとえば日付が抜けてるとか、名前の文字が間違ってるとか、そんなことでいちいち書類を戻してくるの。」

「え、ちょっと待って。」


仕事の話で意識がはっきりした。


「でも、ミスしてるんだよね? だったら書類戻されても仕方ないよね?」

「そうかも知れないけど……。」


白瀬さんは不満そうだ。


「あたしはケースワーカーなのよ? 事務的なことに多少ミスがあっても仕方ないでしょ?」

「え……?」

「ケースワーカーは専門職なの。困っているひとの相談に乗るのが仕事。向こうは事務職なんだから、書類上のミスなんか、適当にフォローしてくれればいいじゃない。」


(そうなのか?)


全員が事務職の税務課ではそういう業務分けは無い。でも、専門職がいる職場では……?


「なのにみんな北尾さんに指摘されるとペコペコしてるの。いくら北尾さんが可愛いからって、そんなの変でしょう?」


(それは……違う気がする。)


職場全体が認めてるってことは、たぶん、それが正式だからだ。北尾さんの容姿には関係なく。


白瀬さんの言い方だとケースワーカーが事務職よりも立場が上だと考えているらしい。でも、テニス部で福祉課の話題が出ても、そんなことは聞いたことが無い。


それに、専門職だから事務仕事はできなくても良いなんてことがあるはずがない。だって、事務仕事には資格が必要なわけじゃなく、要するに、やる気があれば誰でもできる仕事なのだから。


(だいたい、日付や名前って基本事項じゃないか。)


そこを指摘されて居直っているって間違ってないか? 白瀬さんて、かなり自分勝手なひとなんじゃないかな。


「ねえ、白瀬さん。」

「なあに?」


こんなふうに微笑むと仕事できそうなのに……。


「指摘されたら、次は言われないようにすればいいんじゃないかな。」

「でも、一つ直しても、また違うところで……。」

「そういうのって無限にあるわけじゃないよ。いつかは無くなるでしょ?」

「それはそうかも知れないけど……。」

「指摘するところが無くなれば、白瀬さんも堂々としていられるよね? 逆に完璧な書類を作って感心してもらったら?」


何秒か俺を見つめてから、白瀬さんはにっこりした。


「うん。そうする。」


納得してくれて良かった。もう愚痴は終わり?


「やっぱり宇喜多さんみたいに真面目なひとのアドバイスは違うなあ。気持ちが前向きになるもの。」

「そう? それは良かった。」


これで知り合いの悪口を聞くのはおしまいだとホッとした……のも束の間。


「今日はご一緒ね。」


帰りの電車が一緒だった。曖昧に笑顔を作って足を速めた俺に白瀬さんが並ぶ。


「今日はお姫様がいなくて良かったね。」

「お姫様?」

「ほら、蒼井さんだっけ? いつも送ってあげてるんでしょう?」


そう言ってくすくす笑った。いったい何が可笑しいのか。


「宇喜多さん、親切よね。」


ちらりと窺うように見られて警戒心が湧く。


「べつにそれほどでもないけど。」

「そんなことないよ。わざわざ遠回りして、交通費をかけてまで送ってあげるなんて。」


(もしかしたら、自分も蒼井さんのように送ってほしいとか……?)


そんなことを言い出されたら困る。何か白瀬さんには当てはまらない理由を……。


「蒼井さんとは家が近いし、まだ未成年だからね。」

「さすが、責任感が強いのね。お(もり)もたいへんね。」


そう言って、またくすくす笑った。


もう嫌になって、今度は返事をしなかった。せっかくの同期会だったのに、白瀬さんのせいでなんだかモヤモヤする。


(ああ、早く帰って電話したい!)


蒼井さんの声を聞けば、きっとすっきりする。それからじゃなきゃ、気分良く眠れないよ。


(あ、そうか……。)


西川線に乗れば良かったんだ。そこから蒼井さんの家をまわって帰れば。


だって、彼女は家にいて、俺からの電話を待っているのだ。直接行けば、会ってくれたはずだ。


(あーあ。)


どうも今夜はツイていないらしい。


でも、帰れば電話ができる。そして、明日は蒼井さんに会える。


(よし。)


俺が降りる駅は二つ目。白瀬さんとはそれでサヨナラだ!







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