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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第六章 失敗からも学びます。
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81 お互いに


(どうしたらいいんだ?)


西川線に向かう通路の人混みの中、隣の蒼井さんをそっとうかがう。彼女は生真面目な表情を前に向け、きびきびと歩いている。


(どうしよう?)


あんなに待ち遠しかった二人の時間。それがようやくめぐってきたのに、こんな状態では楽しむことなどできない。


蒼井さんの気持ちを確かめたい。一緒に帰ることをどう思っているのか。本心では嫌なのではないか。


(うー……。)


ここは確認するべきだ。たぶん。たとえその結果にショックを受けることになっても。


だって、蒼井さんが本心では嫌がっているとしたら、俺よりもかわいそうだ。


(そうだ。蒼井さんのためだ。)


覚悟を決めよう。告白するわけじゃないんだし、これくらいのことはできないと。


何度もつばを飲み込んで「よし」と思う。でも。


「あの……さ。」


ようやく声が出たのは西川線の改札間近の階段。俺を見上げた彼女は軽く息を切らしたまま返事をした。


「はい?」


屈託なく見上げる様子はいつもと変わり無さそうだ。けれど……。


「ええと、その……」


階段を上りきったところで通路の端に寄る。軽く首をかしげながらついてきた彼女と向かい合い、思い切って、でもなるべく気軽な調子を装って尋ねた。


「本当は嫌だった?」

「え? はい?」


肯定される場面が頭をよぎり、きりりと胸が痛む。


「俺が送ること。」

「え、い、いいえ!」


けれど、彼女は驚いた様子で首を横にぶんぶん振って答えてくれた。


「そんなことありません! 絶対に!」


(絶対に……。)


彼女の言葉と態度がすーっと全身に沁みわたる。こんなにきっぱりと否定してくれるなんて……。


「あの、すみませんでした。わたし、機嫌悪く見えました? そんなことないんですけど。」

「あ、いや、そうじゃなくて。」


おろおろする彼女の姿が俺に安堵と自信を与えてくれる。同時に落ち着きも戻ってきた。微笑みも。


「それじゃあ……、もう遠慮するのはやめない?」


気持ちがするりと言葉になった。


「『送らなくてもいい』って言わないでほしいんだ、ただの遠慮なら。ね?」


蒼井さんは何か言いかけたけれど、そのまま口を閉じた。


「俺、苦手なんだ、どのくらい本気で言ってるのか判断するのが。ほら、相河たちも『冗談と本気の区別がつかない』って言ってたよね? 話を信じてしまう度合いが普通よりも高いみたいで。」


そこで蒼井さんは納得した様子でうなずいた。それでほっとして続けた。


「ね? だから、嫌じゃないなら『一人で帰れるから』って言わないで。俺はただの義務感で蒼井さんを送って行くんじゃないよ。心配だし…」


そうだ。このくらいは。


(言ってしまおう!)


「一緒にいると楽しいから。」


やっぱり照れくさくてまっすぐ見つめることはできなかった。


蒼井さんは微かに目を見開いて立ちつくし、片手でレモン色のカーディガンの胸元をそっと握った。無言の間が耐えられなくなって、俺は少しふざけ気味に付け足した。


「あの、でもさ、だからって逆の遠慮もしないでいいからね? 嫌なのに、送ってもらって嬉しいふりなんかしないでよ? 嫌なときは嫌って言ってくれればいいんだから。遠慮しないって、そういうことだからね?」

「はい。分かりました。」


しっかりと俺を見つめて彼女は言った。それからふわりと微笑んだ。それに思わず見惚れる。


「宇喜多さんに送ってもらえること、とっても有り難いと思っています。ほっとするし……、わたしも楽しいです。」


迷いながらも言い切ってくれた。その表情が嬉しそうで、恥ずかしそうで……。


(もしかしたらこれは……。)


期待で鼓動が勢いを増す。じわりと体温も上がる。


(蒼井さんは俺と同じ気持ちなのでは……?)


こんな場所ではそれは確かめられないけれど。


「ん……と、行こうか。」

「はい。」


歩き出しながら、自然に顔を見合わせて微笑み合う。


(やっぱり……。)


この雰囲気。やっぱり間違いない気がする。…ということは。


(また少し前進するかも。)


自然と口許がゆるんでしまう。改札口を抜ける足取りが軽い。


(何ができるかな。)


出発待ちの電車に乗り込みながら考える。花火帰りの乗客もいて車内はそこそこ混んでいる。けれど、梅谷駅で降りたら、そこからはいつものとおり、二人だけの世界だ。


(手をつなぐのはできるよな? それから途中の公園に寄って――)


並んでつり革を確保し、位置を調整。


(この前の朝みたいに、蒼井さんを腕に閉じ込めるっていうのもいいかも。)


立つ位置が落ち着いて、また顔を見合わせて微笑む。


(この笑顔。やっぱり蒼井さんは俺と同じ気持ちなんだ!)


頭の中に、ゆるくまわした腕の中で恥ずかし気に微笑んで俺を見上げる蒼井さんが浮かぶ。それから彼女はそっと胸に寄りかかって――。


「宇喜多さん?」


蒼井さんが下から顔をのぞき込んでいる。何か用事があるらしい。


(二人きりだったら、ここから抱き寄せられるのに。)


「ん?」


走り出す妄想を胸の奥に閉じ込める。こんなこと、絶対に知られちゃダメだ。


「ええとですね、」


自分の屈んだ頬に彼女の唇が触れるという新たな妄想が生まれ、直後に呆れてしまう。


「宇喜多さんも遠慮しないでくださいね?」

「え……、ははっ。」


思わず笑ってしまった。遠慮はいらないと言われても、俺の願望をそのままぶつけるわけにはいかないのに。


「そんなこと言ったら、何を要求されるかわからないよ?」


冗談めかして言ってみる。俺だって危険な男かも知れないんだよ……と。


「んー……。」


彼女はかわいらしく小首をかしげた。それからにっこりした。


「さすがにお金のことだけは困ります。余裕無いですから。」


(お金だけ(・・)って!)


胸の中で叫んだ。


「あははは、それは無いから安心して。」


表面上は軽く流しつつ、胸の中は彼女への心配でいっぱいになる。


(それ以外ならオーケーなの?! 俺が考えてること全部?! そんなはず無いよね?!)


どうも蒼井さんは女性としての危機意識が欠落しているとしか思えない。


考えてみると、海に行ったときは一人で前下さんについて行ってしまったし、夜に送ろうとすると遠慮する。自分には危険なことが起きないと思っているのだ。


「あのね、蒼井さん。」


あらたまって話しかけた俺に、彼女は不思議そうな顔をした。


「遠慮しなくていいなんて、ほかの男には簡単に言っちゃダメだよ?」

「え、言いませんよ。そんなひといませんから。」

「う……、そう?」

「はい。」


今度は一転、にやけそうになるのをこらえる羽目に陥った。


結論として、蒼井さんにとって、俺は特別なのだから。


「あ、あと、」


何か思いついた蒼井さんに「ん?」と答えるときに少し気取ってしまったのは仕方ないと思う。


「宇喜多さんに彼女ができたら、もちろんおしまいでいいですから。」


(彼女……?)


一気に頭が冷えた。笑顔が引きつる。


「彼女なんてできないよ。」


できない、と言うよりも、蒼井さん以外の彼女はいらない。


「そんなこと分からないじゃないですか。葵先輩は、宇喜多さんは人気があったって言ってましたよ?」

「あれはふざけてだよ。」


(彼女……。)


体から力が抜けて行く。蒼井さんも少しは考えてくれているのかと思ったのに……。


(自分が彼女になるとは思わないの? まったく考慮外?)


「わたし、宇喜多さんがどうしてモテないのか分かりません。」

「そう、かな……。」

「はい。とってもいいひとなのに。」


(じゃあ、どうして蒼井さんは俺を好きになってくれないの?)


無邪気に見上げる彼女に、今はため息どころじゃない。泣きたいような気分だ。


(これじゃあ、手をつなぐことさえ遠い夢だ。)


俺に必要なのは、遠慮じゃなくて、我慢と忍耐らしい。


「ふあ……ぁふ。」


(え……?)


突然の、蒼井さんのあまりにも無邪気なあくび。その気取りのないかわいらしさにまた笑ってしまった。落胆がたちまち吹っ飛んでいく。なんてころころと表情が変わるんだろう!


(まあ、今はこれでいいや。)


結局のところ、彼女が一番気を許している相手は俺なのだから。


「疲れた?」

「さっきまでは何でもなかったんですけど、急に眠くなっちゃって……。」


答えるあいだもまぶたが重そうだ。


「今日は盛りだくさんだったもんね。仕事もイベントも。」

「はい。でも、それは宇喜多さんも、ふ、わぁ……。」


話の途中でもあくびがこらえきれないらしい。


「すみません。なんだろう? 緊張が解けたのかな。」

「きっとそうだよ。初対面の人もいたもんね。」

「んー……。」


(それでいいんだよ、俺と二人のときは。)


遠慮なんかいらない。俺の前では素直に、ありのままでいて。


「早く帰って寝なくちゃね。」

「はい……。」

「安心してていいよ。ちゃんと最後まで送り届けるから。」

「はい……。ありがとうございます…………あふ。」


よし! これで今日も玄関までの権利を確保した!







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