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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
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62 海! その2


海岸まではコテージの横から続く小道を下るとすぐだ。左右に百メートルくらいだろうか。それほど大きな海岸ではない。


浜は砂と言うよりも、細かい砂利のような感じ。だから、寄せて来る波が濁らなくてきれいだ。


混み具合は俺の予想ほどではなかった。大きな駐車場や海の家の並んだ海水浴場ではないため、地元の人やここの別荘に来た人たちがほとんどなのだろう。家族連れや大人のグループ、真っ黒に日焼けした少年たちが中心で、俺たちのような二十代の集団は多くない。


「宇喜多さ〜ん! 浮き輪とって〜!」

「あ、はい!」


波に運ばれてきた浮き輪を拾い、みんなの方へ歩く。強い日差しに肩がじりじりするけれど、足首まで浸かっている海の水のせいなのか、それほど暑さを感じない。浮き輪を受け取りに走って来た武智さんの胸の揺れからはそっと視線をはずした。


「どうぞ。」

「ありがとう。」


武智さんがバシャバシャと戻って行く。その先にはにぎやかに笑ったり叫んだりしているテニス部のみんなの姿。


(まだ終わらないのかなあ?)


海岸の奥側を振り返る。パラソルの下、俺たちのタオルや荷物に囲まれて蒼井さんの麦わら帽子が動いている。ここに出てきてから彼女は「日焼け止めを塗るから」と言って、一人で残った。それからもうだいぶ時間が経った気がするけれど……。


(そんなに時間がかかるものなのかなあ?)


ほかの女の人たちはコテージで塗ってきた。俺が行ったとき、ちょうどその最中だったそうだ。蒼井さんは俺に気を遣って途中で切り上げて来てくれて、ここに着いてから残りを塗ることにしたのだ。それにしても……。


「おい、宇喜多。姫、迎えに行ってやったら?」


宗屋が隣に立っていた。


「途中から入りにくくなっちゃったんじゃないのか?」

「ああ、そうかも。」


蒼井さんは人見知りなところがあるから。女性陣はいいけれど、鮫川さんには遠慮がありそうだ。前下さんには警戒しているだろうし。


(花澤さんは大丈夫なんだろうな……。)


ひときわ大きな声で笑う花澤さんを振り返る。たくましい肩や胸に波が砕けてキラキラ光っている。まるで夏の象徴のような姿だ。


(蒼井さん、花澤さんを好きになっちゃったりしないかな……。)


本当はそれも気になっている。花澤さんの体を見てからずっと。


今まで二人は師匠と弟子の関係だった。でも、今回は完璧に遊びが目的の旅行だ。そして、彼女が花澤さんに会うのは久しぶり。開放的な海と男っぽさダントツの花澤さんの組み合わせでは、蒼井さんに以前とは違う感情が芽生えても……。


(花澤さんだって……。)


蒼井さんのあの可愛らしさには気付いているはずだ。さっきだって、冗談交じりに麦わら帽子が似合うと褒めていた。


(俺は失敗しちゃったからなあ……。)


あんまり緊張し過ぎて、ものすごく不愛想になってしまった。蒼井さんが不思議そうに俺を見ていたくらいに。


だって、リビングで見た彼女の水着姿ときたら!


可愛らしさと清楚さと元気をまき散らし、それでいて子どもっぽくはなく……、とにかく衝撃を受けた。


小柄な彼女の健康的な体にくっきりと映えるピンクの水着。両肩に垂らした二本の三つ編み。そして、ぱっちり見開いた瞳。俺の想像などはるかに超えていた。


(なにしろ胸が……。)


予想よりもその……ふっくらしていて。


肉まんくらいあった。


肉まんと言ってもコンビニのじゃない。中華街の肉まんだ。それが並んでピンクの布に包まれていて。


(うわ。ダメだ。)


あの瞬間から、二人きりになりたくて仕方がなくなってしまった。二人きりで……まあ、その、仲良くする場面を繰り返し想像して。それが後ろめたくて……。


「お前が行かないんなら俺が行くぞ。」

「あっ、待てよ! 俺も行く!」


のしのしと歩いて行く宗屋の背中を追いかける。空手で鍛え上げられた宗屋の背中もたくましくて、ますます自信がなくなっていく……。




「姫〜。」

「蒼井さーん。」


俺たちの声に、膝を抱えるようにして座っていた蒼井さんが顔を上げた。まだ白いパーカーを着たままだ。――と、海風で飛んでいきそうになった麦わら帽子の左右をぎゅっとつかんだ。


「姫、遊ぼう。」

「海の水、きれいで気持ちがいいですよ。」


麦わら帽子をつかんだまま、彼女は俺たち二人を交互に見た。そして、困ったような顔をして下を向いてしまった。


「どこか具合が悪いですか?」


もしかしたらお腹でも痛いのだろうか。楽しいところに水を差したくなくて言えないのか?


けれど、彼女は首を横に振った。


「体調は万全なんですけど……。」

「じゃあ……?」

「ちょっと……。」


何か言いかけて止まる。そのまま今度は目の前にしゃがんでいる俺たちを見上げた。


「何か困ってること?」


宗屋の質問に蒼井さんが「うーん……」と悩む。


「困ってるなら言ってみたら? 俺たちになら遠慮すること無いよ。」

「うん、そうだよ。フォローもできるだけするから。」


蒼井さんが俺たちの顔を交互に見て唇を噛んだ。それから小さな声で「あのね」と言った。


本当に小さな声だったので、俺も宗屋も身を乗り出した。すると、それに合わせるように蒼井さんが身を引いて、麦わら帽子をさらに引き下げた。


「ええと、あの……、」


次の言葉を待ち構え、宗屋と俺は真剣にうなずいた。


「恥ずかしいから……。」


麦わら帽子で顔の上半分を隠したまま、彼女が言った。


(恥ずかしい?)


宗屋と顔を見合わせた。


「ええと、それは水着姿を見られるのが恥ずかしい……ってことですか?」


確かに、相河の話では試着すら恥ずかしがっていたそうだ。もう、俺は見ちゃったけれど。


けれど、彼女はまた首を横に振った。


「そうじゃなくて……その……。」


彼女の手が上がり、ゆっくりと俺たちを指差す。


(え?)


宗屋が不思議そうに俺と自分を指差し、俺はさっぱりわからなくて首をかしげた。


視線を戻すと、麦わら帽子の下からのぞいていた蒼井さんと目が合った。黙っている俺たちを見て彼女はキュッと口を結んだ。それから深呼吸をして。


「だって、裸なんだもん……。」

「え?」

「裸?」


訊き返したときには、彼女の顔はまた帽子の影に隠れていた。


「裸じゃないだろ?! ちゃんと海パン履いてるぞ?!」


宗屋が驚いたように大きな声を出した。


「そうだけど! でも、上が裸だもん!」


蒼井さんが自棄になったように言い返した。


「何言ってんだよ? 海なら男はこれが普通だぞ?」

「わかってるけど! でも、見たら恥ずかしいの!」

「このくらい、テレビにいくらでも出てるだろ?!」

「でも、こんなに近くで見ないよ! 体育だって中学からは男女別だよ?」

「そりゃそうだけど……。」

「くっ……。」


彼女の理屈に思わず笑ってしまった。なんだかとても蒼井さんらしい気がする。


とは言え、良い状況ではない。


このままだと、蒼井さんはこれから二日間、みんなと遊べないということになる。それは俺たちもつまらないけれど、彼女自身にとっても後悔することになる気がする。蒼井さんのことだから、みんなに気を遣わせてしまうこともわかるだろうし。


だから、今のうちに説得しなくては。


「蒼井さん、弟さんがいるよね? 体を見たことだってあるでしょ?」

「弟は子どもだし、家族だからべつに……。」


あっさり終了。お父さんを引き合いに出しても無駄だろうな……。


「あ〜〜〜〜〜〜、もう!」


焦れた宗屋が立ち上がった。


「わがまま言ってちゃダメ!」


(おお!)


「ほら! みんなのところに行くんだ! ほら立って!」


腕を引っ張られた蒼井さんが「ふえ」と情けない声を出しながら立ち上がる。


「よし行くぞ!」


(え?!)


宗屋が蒼井さんの前に屈んだ。


(もしかして?!)


肩に担ぐ気か?!


「あの、宗屋?」

「え? え? ちょっと待ってちょっと待って!」

「待たない。連れて行く。」


力強く言いきって宗屋は立ち上がった。その肩に蒼井さんが体を折る形で担がれて手足をバタバタさせている。麦わら帽子が落ちて転がって行く


(いや、これは。)


驚いて言葉が出ない。


「宗屋さん、怖いよ。危ない!」


叫ぶ蒼井さんにかまわず、宗屋が歩き出した。


「宗屋、それはちょっと――」

「ごめんなさい! 行きます!」


蒼井さんの声が俺の声を遮った。


「行くけどちょっと待って! 脱ぐからこれ! このままじゃダメなの!」

「本当だな?」

「うん! 苦しいよ。ホントだから下ろして。」

「よし。」


声の割にはやさしく、そっと彼女を下ろす宗屋。下ろされた彼女はしゅんとした顔だ。


(そうか……。)


時にはこんなふうに叱るのも有りなのだ。彼女の顔を見れば、反省しているのだとわかる。頼りないその様子はいかにも年下という雰囲気で――。


(あ。あれ?)


思わず自分の目を疑った。疑いながら、しっかりと目を見開いた。


ためらいなくパーカーのファスナーを開ける蒼井さん。そのまま肩を揺らして脱ぎ捨てる。そこに現れた可憐な水着姿。


(んん?!)


さらに水着のあちこちをちょっとずつ引っ張って直しはじめた。担がれて暴れたせいでずれちゃったのだろうか?


(なんか……え、そんな場所――)


「いてっ! え?」


後頭部に何かが?


「馬鹿宇喜多! 後ろ向いてろ!」


宗屋の手が乱暴に俺の体の向きを変えた。


言われてみればそのとおり。俺はなんて失礼なことをしてしまったんだろう!


「むっつりスケベ。」


宗屋がこっそり囁いた。


「べ、べつに、わざとじゃないし。」


言い返したけれど、冷ややかな視線を浴びただけ。


「できました!」


威勢のいい声が聞こえた。振り返ると、そこにはピンクの水着姿の蒼井さんが気を付けの姿勢で立っていた。あまりの可愛らしさに、にやける顔を手で隠しながら横を向くしかない。


「よし、じゃあ行こう。」


宗屋はまるで先生のようだ。


「海に入っちまえば体なんか見えなくなるから。な?」

「はい。」


蒼井さんが神妙な顔でうなずいた。


先に歩き出した宗屋のあとを蒼井さんが小走りに追いかける。そのあとに続いた俺の耳に蒼井さんの声が聞こえた。


「宗屋さんの背中はもう大丈夫です!」

「あははは! そうか! 良かったな! じゃあ、いっぱい遊ぼうぜ!」

「はい!」


(え、俺は……?)


宗屋だけ大丈夫なのか? さっきのあれが効いたのか?


(だとしたら。)


俺も無理矢理近付いた方が……いいのかな?







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