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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第五章 大事な大事な蒼井さん。
61/156

61 ◇ これは想定外でした ◇


(ああ……。)


心の中でまたため息をついた。


(後から悔いるから「後悔」って言うんだね……。)


思い直したときにはもう間に合わない。事は起きてしまい、無かったことにはできない。


(はあ……。)


早めの昼食を食べてお昼前に到着したコテージは、海から少し上がった岩場の上に建つ二階建ての建物だった。


一階には二十人くらいはくつろげそうなリビングダイニングキッチンと和室、洋室の寝室が二部屋、温泉を引いているお風呂が二つある。リビングからはウッドデッキのベランダに出られるようになっていて、その向こうに海が見渡せる。


二階は和室と三つの寝室があり、和室の窓からは一階のリビングが見下ろせる。部屋割りで二階と決まったわたしたちは、それぞれに荷物を開けて海へ行く準備をしているところ。


海へ行く準備。


そう。水着だ。


(ここまで来たら覚悟を決めなくちゃ。)


今さら水着を買い直すことなんて無理なのだから。


(ああ、でも、そもそも来ることをオーケーしなければ――)


「蒼ちゃん、準備できた?」


後ろから杏奈さんの弾んだ声が。


「あ、うん。今。」


ぼんやりと止まっていた手を慌てて動かす。


(日焼け止め、タオル、ポーチ、小銭入れ……)


水着はもう着ている。その上に白いパーカーも。持って行く籠バッグの中をもう一度確かめて、麦わら帽子を頭に乗せる。サンダルも手に持って立ち上がり、身の回りを確認。


(このパーカーならお尻まで隠れるもんね。)


背が低いのはこういうときに便利だ。


「お待たせしました!」


振り向くと、杏奈さんと武智さん、彩也香さんの三人が、それぞれに色鮮やかなビーチ用ワンピースやパーカー姿で並んでいた。ちらりとのぞく水着と普段よりも少し目立つアクセサリー、それにすらりと長い手足。みんなまぶしいほど素敵。


(やっぱりダメな気がする!)


せっかくの可愛い水着だけど、わたしに着られるなんてかわいそう。野暮ったく見えるか、無理をしているように見えるかのどちらかに決まってる。このままパーカーで隠しておいてあげる方が親切かも知れない……。


「よし! じゃあ、行きましょう!」


杏奈さんの掛け声に武智さんと彩也香さんが「おーっ!」と気合を入れて返事をした。


(いやいや、そんなことじゃダメだ。)


ここまできたら腹をくくらないと。うじうじしていたら、ほかのみんなに気を遣わせてしまう。


早く考えなくちゃ。みんなが楽しく過ごせるために、わたしはどうすればいい?


まだ覚悟ができないまま三人に続いて階段を下りる。今回の参加者は女性四人に男性五人。男の人たちは先に海岸に行ってパラソルや敷き物の準備をしてくれると言っていたから、もうここには誰もいない。


「あ、そうだ! ここで日焼け止めを塗って行かない?」

「そうですね。それがいいかも。」

「うん、そうしよ!」


みんなの足が玄関ではなくリビングに向かう。


(良かった……。)


これで少し時間が稼げる。


リビングできゃいきゃいと騒ぎながら、一斉に水着の上に来ていたものを脱いだ。はしゃぎ気味なのは、ほかのひとたちも水着は照れくさいからかも。でなければ、ロマンティックな何かを期待してテンションが上がってる?


「彩也香さん、背中、塗りましょうか?」

「あ〜、ありがとう。ねえねえ、武ちゃんさあ、胸、こぼれそうじゃない?」

「やだ〜、彩也香さん! そんなことないですよ! 彩也香さんだって、黒の水着なんてすごいセクシー。」

「それほどじゃないでしょ。セクシーに見えればラッキーってところかな。なにしろ初々しい蒼ちゃんがいるからね。」

「そうそう。蒼ちゃんのその三つ編み二本もかわいいし。」

「いえいえいえいえ、わたしなんか子どもっぽいだけです。みなさんには全然かないませんから!」


女性だけの気安さで、ブラや肩ひもをずらして日焼け止めを塗って行く。外ではこんなに大胆にはできないから、行く前に気付いてちょうど良かった。


(あれ?)


どこかで何か音がした? 玄関のドアの音?


「何か今……。」


(スリッパの音?)


誰か来た?! 知らせた方がいいかも!


「あのあの、誰かが――」

「あ、もう準備できてたんですね。荷物を持ち、あ……。」


(宇喜多さん!)


開けっ放しだったリビングの入り口で、宇喜多さんが口をぽかんと開けて止まった。わたしのすぐ横では杏奈さんたち三人が、週刊誌のグラビアも斯くやというポーズのままそちらを振り返った。


「あ、失礼しました。」


静かに一礼して、宇喜多さんがリビングのドアを閉めた。


(…………。)


無言のまま四人で顔を見合わせる。


(見えちゃったかな……。)


先に気付いたわたしは、とりあえず水着は乱れてはいなかった。まっすぐにドアの方を向いて立ってはいたけれど。


「見られた?」

「どうかな? 見えたかな?」

「一瞬だったし、大丈夫じゃないですか?」


杏奈さんたちが小声で確認している。


「宇喜多さん、慌ててなかったもん、よく見えなかったんじゃないかな。」


彩也香さんの言葉にみんながうなずいた。


「うん、そうかも。」

「やっぱり宇喜多さんは違うよね。『あ、失礼しました』だよ?」

「きゃ〜、紳士〜!」

「水面さんだったら、ぐずぐず言いながら時間を引き延ばしてるよね、きっと。」

「気持ち悪! 水面さんの話はやめてください!」


たしかに、宇喜多さんなら見えても絶対に見ないに決まってる。水面さんとは違うのだから。


(早く行ってあげよう。)


脚にはまだ塗っていないけど、宇喜多さんのところに行ってあげよう。荷物のことを何か言いかけていたし。


急いでパーカーを着て、ファスナーを上まで引き上げる。


「先に玄関に行ってますね。」

「わかったー。」

「急ぐね。」


素早くリビングから滑り出る。見回すと、玄関の手前でぼんやりと壁に寄りかかっている宇喜多さんの姿があった。


「宇喜多さん。」


玄関からの逆光の中で、宇喜多さんがこちらを向いて背筋を伸ばしたのがわかった。黒っぽい半そでシャツとハーフパンツ、スリッパの中は裸足だ。ハーフパンツは水着かな。


「もう準備できました? 荷物が多いようだったら手伝おうと思って来たんですけど……。」


真面目な顔。穏やかで落ち着いた声。いつもどおりの宇喜多さんだ。さっきの景色はやっぱり見ていなかったに違いない。あっという間にドアを閉めちゃったし。


「ありがとうございます。」


(……あれ?)


近付きながら気付いた。その途端、心臓がドキンと跳ねた。


(え、うそ? これって……。)


視線がさまよってしまう。さり気なく振る舞うにはどうしたら?


(まさか、こんなことになるなんて。)


さっきは驚いていて気付かなかった。でも、最初からわかり切ったことだったはずなのに。


(……ん?)


なんだろう? 宇喜多さんが動かない。


落ち着かない気持ちを隠して宇喜多さんを見上げた。


「蒼井さん、どうしてそんなものを着てるんですか?」

「え?」


宇喜多さん、何か怒っているみたいな……?


(「そんなもの」って……。)


このパーカーのこと?


「あの水着、とても似合っていたのに。」

「え。」


わたしの水着姿のこと?


(見たの?)


あんなに落ち着いていたのに。


「あはは、そんなにちゃんとは見てないですよね? すぐにドアを閉めちゃったじゃないですか。」

「いいえ、ちゃんと見ましたよ。ピンクで、この辺に黄色い花がついていたでしょう?」


(そんなにばっちり見たのか……。)


「蒼井さんらしくて、とてもよく似合っていました。」

「それは……、どうもありがとうございます。」


褒められて嬉しい……ような気がする。でも、なんだか想像していたのとは気分が違う。恥ずかしくも照れくさくもない。水着姿を見られたら、もっとバツの悪い気持ちになると思っていたけれど。


(宇喜多さん……だからかな。)


まったく落ち着いているもんね。落ち着いていると言うよりも、真剣と言った方がいい。言っている内容とのギャップが不思議な感じ。


「パーカーなんて必要ですか?」


ぼんやりと顔を見ていたら、宇喜多さんが言った。相変わらず真面目な顔をして。


「海に下りたらすぐに脱いじゃうのに。」

「ええっ? ぷふっ。」


今度は笑ってしまった。こんな理屈っぽいことを言うなんて、本当に宇喜多さんらしい。


「必要なんです。女の子はみんな着てますよ。」

「え? さっきは誰も着てませんでしたよね?」

「え。見たんですか?」


質問したら、宇喜多さんがすうっと横を向いた。


「……目に入りましたけど、見てません。」


(見たのか。)


当然だ。わたしだけしか見えてないなんてことあり得ない。


でも、落ち着いた態度ですぐにドアを閉めたのはさすがだ。杏奈さんたちはかなり色っぽい姿だったのに。そのお陰でみんなも落ち着いていられたのだし。


(それにしても。)


目をそらすなんて、なんだか可愛い。「目に入ったけど見てない」なんていう屁理屈も。


「くふふ……。」


視線を下に向けた途端、またしても見てはいけないものが目に入った。


(うわ! どうしよう?!)


こっちの方が重大だ!


「え、あの……、何か……?」


慌てて一歩下がったわたしを見て、今度は宇喜多さんも驚いたみたい。


「あ、い、いいえ。なんでもありません。」


急いで笑顔を作る。けれど。


(どうしよう?)


宇喜多さんの方を向けない。恥ずかしくて。


宇喜多さんが羽織っているシャツの前が開いている。そこから見えている裸の胸とかお腹が……。


(恥ずかしい!)


でも、何か言わなくちゃ。みんなが来る前に、この気まずい状況は終わらせなくちゃ。


(何でもいいから!)


「う、宇喜多さんは……泳げるんですか?」


頑張って、宇喜多さんの顔に視線を移動させてみる。けれど、視界の中にどうしてもシャツの隙間が――。


(やっぱり無理!)


恥ずかしすぎる! 裸だなんて! そりゃあ、下は履いてるけど!


自分の水着姿なんかもうどうでもいい。彩也香さんや武智さんの水着姿に比べたら、わたしなんて子どもと同じようなものだもの。


だけど。


(男の人の裸がこんなに恥ずかしいなんて……。)


まったく考えていなかった。


遊んでいるときにうっかり触ってしまったら、どうしたらいいんだろう?


(心臓がドキドキしてる……。)


シャツの前からちらちら見えるだけでもこんなに恥ずかしい。ビーチに行ったらどうなっちゃうの?







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