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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第一章 社会人になりました。
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06 蒼井さんもかなり……。


「はい。かもめ区役所税務課、蒼井です。」


(また電話だ……。)


思っていたよりも電話が多い。今日は担当する仕事を蒼井さんに教わっているのだけれど、それが何度も中断している。フロアをざっと見回してみると、対応中の電話の方が多い。


(俺も早く出られるようにならないといけないんだろうけど……。)


俺の座っている島は六人。三人ずつが向かい合っている。そこに電話が二台。俺は左右両方の電話に出られる位置にいる。ただ、左側は原さんとの間に袖机にのった税務端末パソコンがあるので、少しだけ離れてはいるけれど。


向かい側のひとたちも電話に出ないわけではない。でも、蒼井さんの方が早い。電話は三十センチくらいの支柱がついたくるくる回る台に乗っていて、その腕の部分を自分の方に引き寄せることができる。だから、最後に出た人が一番電話に近いことになる。電話は当然、取る回数が多い蒼井さんがの方を向いていることが多いわけで……。


(電話に出ると仕事を早く覚えられるって言われたよなあ……。)


でも、配属二日目では、何を尋ねられても答えられない。どうにか名乗れれば、時間稼ぎくらいにはなるかも知れないけれど。


「すみません。ええと、どこでしたっけ?」


蒼井さんの電話が終わったらしい。


「ええと……、あの、ずいぶん電話が多いんですね。」

「あ、そうですね。今月はコテイの納税通知書が出てますから。」


(コテイ?)


蒼井さんは「コ」にアクセントを付けて発音した。


「コテイ……、ああ、固定資産税!」


土地や建物にかかる税金だ。


「はい、そうです。固定資産税は一期の納期限が四月末ですから、今月の初めに課税の明細と納付書のセットが発送されてるんです。」


そう言えば、きのう、原さんから納期限の説明もされたっけ。


「なるほど。でも、どうして電話をかけてくるんですか?」


納付書が届いたら払えばいいだけだと思うけど……。


「いろいろありますよ。たとえば、口座振替にしたいとか。」


話しながら、蒼井さんは机の端に立ててあるファイルを取り出した。『資料』というタイトルと『蒼井』と簡単に書かれたファイルを開くと、中にはコピーやパンフレットがつづられていて、付箋がたくさん貼ってあるのが見えた。


「これが、同封してある口座振替のチラシです。ちゃんと手続きの方法が書いてあるんですけど、気付かない方も多いらしくて。」

「そうなんですか。」

「それから、振替の口座を変えたいとか、納付書が入ってないとか。」

「納付書が入ってない?」


それはこちらのミスでは?


「口座振替の手続きがされている方の通知書には、納付書がついていないんです。二重払いになるといけないので。でも、口座振替の手続きをしたことを忘れていて、納付書がないって電話をかけてくる方もいらっしゃるんです。」

「ああ、そうなんですか。」

「ちゃんと説明も書いてあるんですけど、字がいっぱいでよくわからないみたいで。で、そういうときは、念のため、端末を開いて……」


蒼井さんが立ち上がって、俺の左側にある端末機のところに移動。


「これはさっき受けた方の課税番号なんですけど、ここに入力して……」


そう言いながら、パパパッとあっという間に画面を展開。


「ここに納税義務者、ここが住所、そして金額……一期から四期。」

「あ、はい。」


カーソルが画面をくるくると動く。


「で、こうすると、口座振替についての情報が出てきます。」

「は、はい。」


画面の構成はわかったけれど、操作方法は早すぎてよく分からなかった……。


「やってみます?」


蒼井さんがにっこりと尋ねてくれた。


「あ、はい。」


とにかく何でもやってみなければ!


俺がうなずくと、蒼井さんは画面の隅にある『初期画面』というボタンにカーソルを合わせ、「終わったら必ずこれを押してくださいね」と言って、画面をクリアした。


彼女に言われるままに番号を入力したり、クリックしたりして、基本的な検索方法を教わる。途中で電話を取った蒼井さんに頼まれて、大汗をかきながら該当者の確認もした。無事に終わると、蒼井さんは「ね? 難しくないでしょう?」と嬉しそうに言った。


確かに操作は難しくはない。けれど、いろいろな用語になじみが無い俺には、画面に出た情報を読み取ることが簡単ではない。そう答えると、蒼井さんが思い出したように「ああ! そうですよね!」と胸の前で手をあわせた。


「わたしも去年、そうだったんです。それで……」


彼女が席に戻り、さっきの『資料』のファイルを開く。そして「ああ、これだ。」と見せてくれたのは手書きの資料。税金の種類や用語、制度などの解説がコピー用紙三枚ほどにわたってまとめられている。「第○条」というのは根拠の条文らしい。まるで試験用のノートのようだ。


「これ、蒼井さんが作ったんですか?」


びっくりした。こんなふうに自分で勉強しなくちゃいけないのか、と。


「だってわたし、税金のこと、何にも知らなかったから。」


蒼井さんは恥ずかしそうに肩をすくめて微笑んだ。


「とりあえず、見てわかるものがほしくて。何を質問されても全然意味がわからなくて、一つひとつみなさんに訊かなくちゃならなかったんです。最初はそうやって教わったことをメモしていたんですけど、順番も枚数もごちゃごちゃになってきたので、地方税法を見ながら、必要そうなことを書きだしてみたんです。」

「研修があるって聞いたんですけど……。」


各区役所で初めて税務にたずさわる職員を集めて行われる研修があると、原さんに聞いた。


「あ、はい。研修もありますよ。でも、おおもとの法律にどう書いてあるのか知りたかったから。」


そう言って、彼女はまたつづりをめくって見せてくれた。


「これです。地方税法。長いので、必要な部分だけ印刷したんです。全部だと七百何十条もあるんですよ。すごくないですか?」


どこか楽しげに開かれたそこには、数枚にわたってびっしりと文字が印刷されていた。ところどころにマーカーも引いてある。


「これ、カッコがたくさんあって、読むのがとても大変だったんです。カッコの中にカッコがあったり、別の条文のことが出てきたり、カッコが長くて本文がどこに続いてるのかわからなかったり。」

「確かに。」


しかも、漢字がものすごく多い。マーカーや細かい字のメモは、まさに彼女が苦労した証だ。けれど、それを話す彼女はそれを感じさせない。根本となる法律を自分で確かめられたことで満足しているのかも知れない。


「蒼ちゃんは真面目だなあ。」


感心していると、向かいの席の古森さんが笑いながら言った。俺たちの会話が聞こえたらしい。


「そんなことないですよ。」


蒼井さんが慌てて謙遜する。


「わたしが無知すぎて、これくらいやらないと仕事ができないから。」

「でも、なかなかそこまでできないよ。」


(そうなんだ……。)


彼女の作ったメモをもう一度のぞき込む。彼女はきっと地方税法を教科書のように読んだのだろうという気がした。


「税法は俺もざっとは読んだけど、じっくり読み込むってあんまりできないよ。初任者研修でも根拠法令は教わるし、難しいところは解説書があるしね。そこまでやらなくてもどうにかなるだろう?」

「んー、そうかも知れませんけど……。でも、意外に面白かったですよ?」


微笑んで答える蒼井さん。けれど、手元のファイルに向けた表情が少ししょんぼりして見えるのは気のせい……?


ちょうどそのとき電話が鳴り、古森さんが応答した。


「蒼井さん。」


そっと呼びかけてみる。


「あ、はい。」


彼女はパッと顔を上げ、すぐに親切そうな微笑みを浮かべた。


「その蒼井さんのまとめたもの、コピーをもらえませんか?」

「え? これですか?」


さっきの手書きの解説メモを彼女が示す。


「はい。僕には緊急に必要だと思うので。それ、すごくわかりやすそうですよね。」

「ええと、そうかな。だといいんですけど……。」


心許なさそうに少し迷ったあと、彼女はにっこりした。


「コピーしてきますね。ちょっと待っててください。」


(ああ、笑ってくれた。)


その笑顔が嬉しい。やっぱり彼女のイメージは「笑顔」だ。ふっくらした少し幼い笑顔。


「あ、コピーは自分でしますから、はずしてもらえれば――」

「いえ、大丈夫です。すぐですから。」

「いや、僕がもらうんですから僕が――」


お互いに気を遣いながら結局二人でコピー機まで行き、俺はコピーをとる彼女の隣で待つことになった。


「あのファイル、電話の近くに置いておくので、必要なときに見ていただいて構いませんから。」


彼女が笑顔で言ってくれた。


「あれは市が発行しているものや、問い合わせが多いものをつづってあるんです。いろんな質問が来るので、『それって何だっけ?』って探さなくて済むようにと思って。目に見えるものがある方が説明がしやすいし、間違ったことを言わなくて済みますから。」

「そうですね。」


(やっぱり真面目なひとだ。)


蒼井さんは完璧を目指している。彼女の仕事に対する態度はそんなふうに見える。もちろん、間違った答えをしてしまうことは市役所全体の信用にかかわる問題なのだから、きちんと準備をしておくことは大事だ。古森さんはああ言ったけれど、俺は蒼井さんのそういう心構えと対策は尊敬すべきものだと思う。


(俺も頑張ろう。)


三つも年下の――いや、去年はまだ十八歳だった――子がこんなに頑張ってきたのだから。








よく考えてみたら、女の子が年下のおはなしはまだ二つ目でした!

ずいぶん書いているのに……。

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