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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
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46 え、ダメなの……?


(あんなににこにこ笑ってた。)


夜の道をたどりながら、別れたときの蒼井さんを思い出す。


アパートの階段の上で見送る俺に、何度も振り返って手を振っていた。道路に戻ると、今度は窓から顔を出して。


(それに……。)


「お兄さんみたいな先輩」なんて!


(ダメだ……。)


ニヤニヤするのを止められない。だって、それはどう考えても俺が <特別> ってことだ。


ただ同じ学校を出たというだけじゃない。部活の先輩よりももっと近い。一緒に育った家族のような親近感を持ってくれているということだ。そして、妹のように――頼ったり甘えたりできる相手、ということだ!


(あのときは失敗したかと思ったけど……。)


泣き出した彼女を抱き寄せてしまったとき。あれで俺も嫌われてしまったかと思った。


でも違ってた。逆に、あれが良かったのだ。きっと。


(俺だったから?)


そう考えると、また口元がゆるむ。


だって、前下さんだったら、あれで決定的に嫌われたに違いない。でも、俺だったから大丈夫だったのではないだろうか。


俺は彼女と毎日一緒に仕事をしていて、ときどき家まで送って、一度はデート……みたいなこともした。そんなにたくさんの時間を一緒に過ごしても、彼女は俺を嫌がらない。嫌がるどころか……。


(「お兄さんみたい」だもんな〜。)


どうしてもニヤニヤしてしまう。これからは、俺に甘えてくれたりするのだろうか。


あの衝動的な振る舞いがそこにつながったのだとしたら? もしかすると、俺には恋愛に関して天賦の才があるのでは?


だって、あの恥ずかし気な表情! 今まで彼女があんな顔をしたのを見たことがない。


つまり、あの行為が彼女の俺に対する見方を変えたのだ。いや、無邪気で子どもっぽかった彼女に、俺が恋のときめきを教えた……?


(うわ……、なんだかすごい。)


あんなに素直に俺を信じてくれているのだ。その信頼が愛情に変わるのも時間の問題だ。きっと!


ニヤニヤしてしまうのを隠すついでに、思い出して、ワイシャツの肩を確かめてみる。


歩きながら、蒼井さんは「お化粧が付いちゃったかも」と心配していた。でも、街灯の下ではよく見えない。


もともと彼女はたいした化粧をしているわけじゃない。俺には姉が三人いるので、しっかりとメイクをするとどうなるかよく知っている。


蒼井さんの場合は普段から目の周りに黒いものを使っていない。それに、テニスのあとで顔を洗ったりしたときもほとんど変わらないほどの薄化粧だ。だからさっきのように人前で泣いても自分の顔のことはちっとも思い出さないで、俺の服の方を心配していたのだ。


(蒼井さんらしいなあ……。)


自分のことよりも他人が優先。今回のことだって、自分の感情よりも前下さんの気持ちや評判を重視したためにつらくなってしまったのだ。


俺はこれから先ずっと、そんな彼女を助けてあげるのだ。




「あら、雷斗、おかえりなさい。」


家に帰って居間に顔を出すと、一番上の姉が一人でテレビを見ていた。この姉は俺よりも十歳上で、旦那さんの亮二さんと二歳の娘の沙雪ちゃんと一緒に近所に住んでいる。


「ただいま。雪姉さん、また家出?」


あんまり近所に住んでいるので、夫婦喧嘩をすると、すぐに「実家に帰ります!」を実行するのだ。


「まあね。いいのよ、お互いに頭を冷やす時間があった方が。」

「亮二さんも納得してるなら構わないけどね。沙雪ちゃんは?」

「ん〜? 今回は向こうの番。」


子どもを交互にみることにしているのが、雪姉さんたちの夫婦喧嘩の変わったところだ。どうやら、押し付け合いや取り合いをしているわけではないらしい。どんなに腹が立っていても、相手の悪口を娘の前で言わない、という取り決めもあるそうだ。


そもそも「頭を冷やす」と言っているあたり、最初から仲直りすることが前提だ。だから、娘をどちらがみていても問題は無い。雪姉さん夫婦に関しては、『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』と言うとおり、放っておくのが一番だとうちの家族は知っている。


「ちょっと雷斗!」

「えっ?!」


突然大声をだした姉さんがつかつかと近付いてきた。その勢いに思わず身構える。


「何これ?」


目の前に立った姉さんが俺のワイシャツの肩をぐいっとつかんだ。


「汚れてる。」


そのままじろりと視線を上げる。


(やっぱり付いてたのか……。)


しっかりとワイシャツをつかまれ、俺とさほど身長の違わない姉の鋭い視線に射すくめられて、冷房の効いている部屋の中で思わず汗が背中をつたう。


「……え?」


ごまかせないだろうか、という淡い望みをいだいてシャツを確認するふりをしてみる。


「ファンデーションだよね、これ。」


ニヤリとしながら指摘され、ごまかすのは無理だと悟った。同時に、あの瞬間を思い出して、かあっと顔が熱くなった。


「いつから?」

「い、いつからって?」

「こういうことしてるの。」


まるで悪事を働いたような言われように、少し腹が立った。


「それ、姉さんに言う必要ある?」


虚勢を張って強気に出てみる。でも、姉さんには通用しなかった。不敵に笑い、そして。


「お母さ〜ん! 雷斗がねえ――」

「ちょっと待った! やめてやめて!」


雪姉さんに母親まで加わったら、イナゴの大群に襲われるようなものだ。後にはどんな小さな秘密も残らない。


「じゃあ、言いなさいよ。いつから?」

「いつって……。」


(……いつだ?)


思わず首をかげてしまった。


俺と蒼井さんが姉さんが言うような関係になったのは……。


「まだ、かな。」

「は?」

「いや、だから、まだ。」

「何それ?」


姉が眉間にしわを寄せた。


「彼女できたんだよね?」

「いや、付き合ってるわけじゃなくて……。」

「えぇっ?! こんなところにファンデーション付くようなことしたんでしょう?! さっきも赤面してたじゃない!」

「いや、まあ、うーん……。」


(慰めようとして抱き寄せた、なんて、口が裂けても教えないよ。)


こういうことは心の中に大事にしまっておくものなのだ。姉さんみたいな人に話してしまったら、どんな思い出も安っぽいものになってしまう。


でも、姉さんには俺の気持ちがわからないらしい。


「あ〜、わかった! 満員電車で付いちゃったんでしょう! それがたまたま好きな子で! なあんだ、偶然か!」


(なんだって?!)


姉さんはどうしてこんなに癪に障る解釈をするんだろう!


「偶然じゃないよ!」

「いいのよ、あたしに見栄を張らなくても。」

「見栄なんか張ってない。偶然なんかじゃない。満員電車でもない。さっきだよ。さっき、そういうことを、あ。」


(やられた……。)


姉がニヤニヤしている。


「やっぱり彼女でしょ?」

「いや、だからまだ……。」

「もしかして、コクってないから、とか思ってる?」

「まあ、それもあるけど……。」

「コクらなくても、雰囲気でお互いに了解っていうことだってあるでしょ? こういう(・・・・)関係なら。」


言いながら肩をトントンとつつかれてドキドキしてしまう。けれど、蒼井さんが <了解> していないことは間違いなくて……。


「……でも違うんだよ。本当に。」

「え〜〜〜? じゃあ、やっぱり偶然と同じじゃない。」

「……。」


そう言われると、そうかも知れない。あれは衝動的に動いただけだし……。


「あーあ。やっぱり雷斗に恋愛は無理か。」

「な、なんで?」


ストレートな物言いが胸に突き刺さった。


「だって、あんたみたいな真面目一点張りの男は、信用はされるけど、魅力に欠けるもの。」

「どういう意味だよ……。」


睨んでみたけれど姉は動じない。


「相談相手としては最適。でも、恋愛対象ではない。」


(それって?!)


ぴったり当てはまってる!


(葵のこと?!)


「で、で、でも、違う。こん、こほっ、こほん。」


危うく「今回は」と言うところだった! そんなことを言ったら、姉さんの指摘が当たっていたことがバレてしまう。


「『お兄さんみたい』って言われたんだ。ただの相談相手とは違うよ。」

「え?」


自信たっぷりで言ったのに、雪姉さんは驚いたような表情を浮かべた。


「それってマズいパターンじゃないの?」

「え? な、なんで? どうして?」

「だって、そうじゃん? 兄ってことは家族なんだよ? 恋をする相手じゃないでしょ?」

「ああ……、そう、だよね、一般的には。でも……。」


本当の兄とは違うのだ。いくら何でもそこまでは――。


「あんたに親近感を持ってるのは間違いないと思うよ。でも、仲良くなりすぎて、最終的には『存在が近すぎて、異性として考えられな〜い♪』なんて言われちゃうんじゃない?」


(まさか?!)


ということは、今回も葵と同じような経過をたどるのか……?


ぽん、と、姉さんが慰めるように肩に手をかけた。そして、まるでもう無理だとわかっているような表情で言った。


「ま、せいぜい頑張りなさいよ。」

「あ、うん……。」


自分の部屋に向かいながら、不安で胸がドキドキする。


雪姉さんのことだから、俺をからかっている可能性が高い。でも、たまに本気のこともある。今回もそうかも知れない。


(ダメなんだろうか……。)


よく考えたら、俺は前から「許婚」と言っていたのだ。「兄」だと設定が後退してるじゃないか。


(でも。)


蒼井さんの気持ちの中では前進している。「ただの先輩」から「お兄さんみたいな先輩」になったんだから。


(そうか!)


その言葉に意味があったんだ!


(『お兄さんみたいな先輩(・・)』だ!)


ただの「お兄さん」じゃない。後ろに「先輩」が付いていた。


つまり、俺はちゃんと他人なのだ。どんなに仲良くなっても、「近すぎて異性とは思えない」などということにはならないはずだ。


(うん。そうだ。)


何がなんでも「先輩」の部分を守らなくちゃ! どんなに甘えられても、「兄」と「先輩」の境目を越えないように!


(でも……。)


それって、いったいどこなんだ?







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