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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第一章 社会人になりました。
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04 そうでしたか!


「それでは、新しく仲間になられたみなさんを歓迎して、かんぱーい!」

「かんぱーい。」


田巻係長の音頭に続いて、「乾杯」の声とグラスを合わせるカチリ、カチリという音があちこちで飛び交う。初日の夜、税務課の参加できる職員だけで簡単な歓迎会を開いてくれたのだ。


正式な歓迎会はまた後日ということで、かもめ駅近くの居酒屋の座敷に集まったのは約二十人。新人は宗屋と俺、異動者は三人のうち二人が参加している。長くつなげた座卓の真ん中に新しいメンバーと二人の係長がまとまっている。


「田巻係長、これからよろしくお願いします。」


課長が不参加の中、まずは直属の上司にごあいさつのビールを。


「宇喜多さんには期待していますよ。」


俺に注ぎ返しながら田巻係長が言った。


「とても優秀だと聞いていますから。」

「え、そんなことありません! 普通ですよ!」


良い前評判なんて恐ろしい! すでにこの見た目で「真面目そうだなあ」と、ここに来るまでに何人かに言われている。これで仕事ができなかったら、普通以上にがっかりされてしまう!


「いや、きっと優秀だと思うよ。」


係長の反対側から原さんがビール瓶を差し出した。


「異動しちゃった花澤さんの代わりだから絶対に優秀なひとじゃなくちゃ困るって、課長から人事担当に言ってもらったんだから。」

「そうそう。総務課の係長も、この人なら大丈夫って言ってましたよ。」

「やっぱりねー。」

「え、そんな――」

「なにしろ人員削減でギリギリでやってるからねー。」

「うちはここのところ優秀な職員が続いてますから、今年もきっと大丈夫ですよ。」


田巻係長と原さんはお互いにビールを注ぎ合いながら俺についての結論を出して「あはははは」と笑い合った。恰幅がよくて人の好さそうな田巻係長と柔らかい物腰の原さんは、年が近そうだし気が合うらしい。係長の方が丁寧語を使っているのは独特の人柄なのか。


(それにしても、「続いて」ってことは……。)


テーブルの一番奥にいる蒼井さんに注意を向ける。向かい側の女性と楽しそうに話しながらサラダを小皿に取り分けている様子は、職場にいたときとちっとも変わらない。


(去年入った蒼井さんも優秀だってことだ。)


それも、前評判や印象だけじゃなく、一年たったあとの実際の評価として、だ。そして、その前の年に異動してきたという原さんも同じということ。


(しっかりやらなくちゃ。)


身が引き締まる思いがする。


「ちょっとご挨拶に行ってきます。」


係長たちにことわって立ち上がる。とりあえず今日は、先輩方と少しでも話をしてみたい。




(やっと来られた……。)


美味しそうに揚げだし豆腐を口に運んでいる蒼井さんのところ。さっきは蒼井さんがほかのところに移動中でいなかった。そのあとは俺があちこちで引き留められて――ありがたいことだ――時間がかかり、結局、ここが一番最後になってしまった。蒼井さんとは組む仕事もあって、原さんの次にお世話になりそうな先輩なのに。


「蒼井さん。」


声をかけながらはしっこの彼女の隣に正座する。


「ああ、ご苦労さまです。」


姿勢を正した蒼井さんが、少しふざけた調子でねぎらってくれた。俺が初めての宴会で気を遣っていることをちゃんとわかってくれているのだ。


「いいえ。」


このくらいのことはどこにでもある。それに、ありがたいことに、俺はアルコールには強い。


「あれ? ウーロン茶ですか?」


ビールを注ごうとすると、彼女の前に置いてあるグラスには泡の立っていない飲み物。そのそばにあるピッチャーも同じ。


「はい。」


そう言って彼女がグラスを持ち上げた。俺は持っていたビール瓶を置いてピッチャーに手を伸ばす。


「お酒は飲めないんです。」


少し残念そうに、でもどこか楽しそうに俺に笑いかける。そんな蒼井さんに「これからどうぞよろしくお願いします。」と言いながらウーロン茶を注いだ。


「ありがとうございます。」


と言う様子もやっぱり楽しそう。それからキョロキョロと見回してサッと未使用のグラスを差し出した。恐縮する俺に「まあまあ、どうぞどうぞ。」と丁寧にビールを注いでくれた。


「はーい、では、かんぱーい♪ どうぞよろしくー。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


カチン、とグラスを合わせて一緒に一口。


「お酒は全然飲まないんですか?」


あいさつまわりは一通り終わり、少し落ち着いて話ができる。俺としては、同期以外では年齢が一番近く、席も隣である蒼井さんとは仲良くなっておきたい。


「そうなんです。まだ一度も飲んだことが無くて。」


明るく楽しそうな答え。


「え? 飲んだこと無いんですか?」

「はい。」

「一口も? 乾杯だけとかも?」

「はい。」


あくまでもにこやかに返事をする蒼井さん。でも、どこか楽しそう……というよりも、何かを面白がっているような気配がある。


「お酒が嫌いっていうわけじゃ、ないんですよね……?」


俺の質問に、彼女は肩をすくめながら「ふふ」と笑ってコクコクとうなずいた。飲んだことがないのだから、好きも嫌いもあるわけがない。


首を傾げている俺に、彼女は秘密めかした様子で声をひそめた。


「実は法律で禁止されてるんです。」

「え? 法律で?」


(蒼井さんが法律で酒を禁止って……?)


ますますわからない。


そんな俺を蒼井さんは少しのあいだ楽しそうに見ていた。それからすっと身を乗り出してひとこと。


「わたし、未成年なので。」

「え?」


(未成年!?)


目の前の彼女を凝視してしまった。


午後のあいだ見ていたのと同じ服装と髪形。少し華奢な体つき。そして……笑顔。たしかに子どもっぽいと何度も思った。だけど、未成年だなんて……?


「去年、高卒枠で採用されたんです。今、十九歳です♪」

「え!? そうだったんだ!?」


思わずのけぞった。敬語も飛んでしまった。「はい。」と彼女が楽しそうにうなずく。


(十九歳……。)


大学にはいた。大学にはいたけれど……全然違う。


「びっくりしました?」

「うん、あ、はい。」


まだ驚きがおさまらない俺の前で、蒼井さんは満足気ににこにこした。


「気付いてないだろうなあって思ってました。びっくりしてくれて良かった!」


彼女は唐揚げを小皿にとると、俺を座卓に寄るようにと手招きした。箸を差し出して、「食べましょう」と勧めてくれる。あいさつばかりで食べ物をあまり腹に収めていなかった俺には、とてもありがたい気遣いだった。


(それにしても……。)


大学のころを思い出すと、蒼井さんのお酒を飲まない決意がまぶしく見える。


「こういう席に出ると、ちょっとお酒を飲んでみたくなったりしないんですか?」

「あ、いいんです、わたしは。」


唐揚げをかじりながら彼女が言った。


「法律に違反していると思いながら飲むのは嫌なんです。せっかくなら気持ち良く飲みたいから。」


さわやかに言い切る蒼井さん。その笑顔には迷いも残念さも無い。


(真面目なんだなあ……。)


「それに、こんなことでクビになったら嫌だし。」

「え、なるんですか?」

「さあ? 公務員だから、有罪だと懲戒免職じゃないですか?」


だとしたら、確かに二十歳になるまで待つ方がいいに決まってる。それでもやっぱり、蒼井さんは真面目だと思う。


「いつ二十歳になるんですか?」

「十二月です。」

「まだ先ですね。」

「はい。でも、楽しみです。」


そのときは一緒に……と言いそうになった自分に少し驚いた。


「高卒って少ないですよね? 今年の事務職員の中でもほとんどいなかったような……。」

「あ、そうなんです。」


彼女がうなずく。


「そもそも枠が少ないし、『高卒以上、大卒未満』なので、短大や専門学校のひとも同じ試験なんですよね。それに、今は高卒で就職するひとが少なくなってるし……。」


蒼井さんが少し淋しそうな顔をした。そんな表情は蒼井さんのイメージからするととても意外だ。彼女には楽しげな表情が似合うのに。


「短大や専門学校と同じ試験で合格したってことは、蒼井さんはすごく優秀なんですね。」

「さあ、どうなんでしょうね。」


まだ淋しげに、それでも彼女は微笑んだ。


「お勉強だけはまあまあかな。一応、これでも九重高校出身ですから。」

「え、九重高校ですか?」

「あ、知ってますか?」


九重高校と言えば、県下では三本の指に入る優秀な県立高校だ。そして。


「僕も九重の卒業生ですよ。」

「え!? ホントに!?」


今度は蒼井さんが驚く番だ。


「うわ〜、先輩なんだー……。」


(そうか。後輩なのか……。)


感動したように目を丸くしている蒼井さんを見ていたら、いつの間にか温かい気持ちになっていた。


「ええと、宇喜多さんとわたし……三年違うのかな? じゃあ、学校では重なってないんですね。」

「そうですね。でも、なんだか懐かしい気がします。」

「はい。わたしも。」


そう言って、とても嬉しそうににっこりしてくれた。


三つも年下なのに、すでに一年のキャリアがある彼女。しかも、優秀だという評価も得ている。


(すごいな……。)


勉強ができるだけではないはずだ。


(でも、なるほど。)


彼女の子どもっぽい雰囲気は確かに十九歳のそれだ。「無邪気」という言葉を使っても良いくらいに。


(なんだかほっとしたなあ。)


気難しい先輩よりも、無邪気な後輩の方が気が楽だ。もちろん、仕事では先輩には違いないのだけれど。


「ねえ、宇喜多さん、食べましょう? それともお酒ですか?」

「あ、いえ、食べます。腹減っちゃって。」

「ですよね!」


どうということのない共通点なのに、それだけで存在が一気に近くなったような気がする。明日からの勤務もどうにかやっていけそうだ。







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