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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
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39 午後のふたり


二人でお守りをいただいたあとお昼を食べて、腹ごなしを兼ねて土産物屋を見てまわった。途中で雨が止み、傘をたたんだ俺たちは、話したり止まったりしながらぶらぶらと歩いた。


小さな商品を見るために身をかがめたときに肩や頭がぶつかって、「あ、ごめんね」などということも何度か。ぶつからないまでも、顔を見合わせてみたらすごく近かったり。


俺はそのたびにドキッとし、彼女は驚いたようにまばたきをしたり、恥ずかしそうに視線をそらしたりした。そんな彼女の反応を何度も確かめたくて、後半は半歩くらい距離を詰めてしまった。そうすると、今度は手をつなぎたくなったりもして、そこは傘の柄を握ることで我慢した。


一緒にいるあいだ、蒼井さんは終始楽しそうだった。黙っているときも、何か楽しいことを考えているように大きな瞳が躍っていた。


それに、しょっちゅう「なんでしょうね、これ?」と訊いてくる。まるで、俺なら何でも知っていると信じているみたいに。


そんな蒼井さんは、今日は完璧に <年下の女の子> だ。職場にいるときよりも表情がやわらかいし、言葉や態度に少し甘えた雰囲気を感じる。もう、かわいくて仕方がない。


いつの間にか俺の敬語は姿を消し、気付いて戻そうとしたら却って気持ちが悪いと笑われた。


「いいですよ、それで。宇喜多さんの方が先輩なんですから。」


そう言われ、最終的に開き直ることにした。


言葉遣いのせいなのか、彼女の雰囲気のせいなのか、少しばかり自信がわいた俺は、駐車場に戻ったときにさらりと口に出すことができた。「少し遠回りして帰ってもいいかな?」と。


蒼井さんは尋ねるように首を傾げて俺を見た。


「もう少し……ええと、車を走らせたいんだけど。」


残念ながら、「もう少し一緒にいたい」とまでは言えなかった。俺の本音に簡単に「はい」と答えてもらえると思うほど浮かれてはいない。


うっかり本当の気持ちを漏らして蒼井さんとの仲が気まずくなったら仕事に差し支える。それに、俺の勝手な想いなんかで蒼井さんを困らせるわけにはいかない。断じて宗屋が指摘したような気弱さから「一緒に」と言えなかったわけではない。


俺の提案に彼女は納得した様子でうなずいた。


「せっかくお守りもいただいたし、まだ一時間くらいしか車に乗ってないですもんね?」


言われてみればそのとおり。今日は運転した時間よりも、ここでぶらぶらしていた時間の方が長いのだ。


(よし。)


思わずグッと拳を握った。適当にこじつけた理由が正解だったなんて、今日の俺はかなり運がいいらしい。この調子でうまくいけば、夕飯まで一緒にいられるかも知れない。


「どこか、行ってみたい場所はある?」


車に乗る前に尋ねると、ドアの前で彼女は少し考えた。それからにっこりして答えた。


「何か大きなものが見たいです。」

「大きなもの?」

「はい。スカイツリーとか東京タワーとか、都庁とか……そういうもの。」

「ああ、大きな建造物ってことか。」

「はい。」


彼女が楽しげにうなずく。


「見るだけでいいんです。展望台に昇りたいんじゃなくて。」

「どれくらい大きいのか見たいってこと?」

「はい! 自分の目で確認したいんです。」


それを聞いて、なるほど、と思った。彼女はいろいろなものを見るのが好きなのだ。ここに着いてからずっと楽しそうにしていたのも、きっとそういうことに違いない。


「じゃあ、ナビで検討しようか。まずは乗ろう。」

「はい。」


今後、彼女を誘うときにはこれを参考にしよう。特に「大きなもの」と「建造物」は要チェックだ。


蒼井さんが候補にあげた都庁と東京タワー、そしてスカイツリーは、首都高速を使えばぐるりとまわれそうだった。彼女は地図を見ながら「ちょっと離れてますね」と言ったけれど、夕食時間まで引き延ばしたい俺としては、それは願ったりかなったりだ。車の窓から見るだけでいいと蒼井さんが言うので、首都高を下りないまままわってみることにした。


慣れないカーナビに二人で目的地をセット。ああだこうだと言い合うだけで楽しい。「こっちですよ!」なんて笑いながら画面を指差す蒼井さんの小さな手もかわいくて。


(あ、そうだ。)


まだETCカードが出来上がっていなかった。料金は現金で払わないと。


「蒼井さんに財布をあずけるから、料金所でお金を出してくれる?」


二人で協力して一つのこと――たとえ高速道路の料金を払うだけでも――をするなんて、想像しただけでも嬉しくなる! 一方で、自分の財布をあずける行為が、何故か彼女に告白しているみたいな気もして少し照れくさい。


ところが、彼女はそこで、お金は自分が払うと言い出した。自分の希望で首都高を使うのだから、出すのは当然だ、と言うのだ。


でも、そもそも今日の外出は俺の都合から始まっているのだ。蒼井さんはそれに付き合ってくれただけ。だから、蒼井さんが払う必要などない。そう説明しても、蒼井さんも頑固に折れない。


かなりの押し問答のあげく、お互いに千円ずつ出してそこから払うことを俺が提案してまとまった。スマホで首都高の案内を見たけれど、普通とは違う通り方をするせいで料金がよくわからなかったのだ。足りなければまた二人で同額を出して、余ったら何か食べよう、ということにした。


この「食べよう」で、二人の時間がまた延長だ。だって、補充していったら、お金は必ず余るはずなのだから。


出した千円札を今度は何に入れるかでごちゃごちゃ探したあげく、さっき手に入れた交通安全のお守りが出てきた。それを見た蒼井さんが、「本来の目的を忘れてるなんて!」と笑った。


そのお守りを付ける場所を探しながら、俺は心の中で「仕方ないよ」とつぶやいた。今日は蒼井さんと一緒に過ごすことが一番の目的で、お守りを手に入れるのは後付けの理由なのだから。


お守りの入っていた袋に千円札二枚を入れてやっと落ち着いた。駐車場に戻ってからずいぶん時間がかかっていることに気付いて、二人でまた笑った。蒼井さんと一緒にいると、どんなことでも可笑しい。


ようやくスタート。……の前に、また蒼井さんのシートベルトが引っかかって出て来なかった。


「変だね。貸してみて。」


思わず声が弾んでしまった。うきうきした気分で、朝と同じように手を伸ばす。


朝よりも親密な気分が増している今は、彼女の名前を呼びたい誘惑が一段と強くなっている。


(呼んだらこっちを向くはずだ。)

(最初はびっくりするだろうけど。)

(思い切ってやっちゃえば。)


不器用だと落ち込む彼女をなぐさめながら、頭の中ではキスが可能かどうかが気になってしまう。とは言っても、午後三時すぎの明るさでそんな行為に及ぶのは、相手がオーケーしていても俺には無理だ。


今度も俺が引っ張ったらベルトはするりと伸びた。安堵と残念さ半々でシートベルトを固定。カチャ、という音を聞きながら心の中で今回もつぶやく。


(つかまえた。)


その瞬間。


(このまま鍵をかけちゃったら――)


そう思うと同時に、まるで映画のように、車内の俺たちの姿が目に浮かんだ。


助手席から動けない蒼井さんに手を伸ばす俺。驚きに目を瞠る蒼井さんの両肩に手をかけ、ゆっくりと覆いかぶさるように体を寄せて――。


(な、んで。)


胸がズキンと疼く。乱れそうな息を押し殺す。


万が一を警戒して右手を左手でギュッと握り、背中をシートに押し付ける。ドッドッドッドッ……と鼓動が聞こえる。


(こんな想像――)


あまりにも自分勝手すぎる。動けなくして襲うなんて、彼女の人権を無視している。大事にしてあげたいと言いながらこんなことを考えるなんて――。


(俺はケダモノか?!)


「宇喜多さん?」


呼ばれてハッとした。


蒼井さんが少し身をかがめて、のぞき込むように俺を見ていた。その顔は無邪気そのもの。


「大丈夫ですか? もしかして、指をはさんじゃいました?」


(ああ……そうか。)


手を押さえたことを勘違いしてくれたらしい。


「ううん、何でもないよ。」


まだ鼓動はもとに戻らない。頭の中にはまださっきの場面がちらつく。でも、蒼井さんはこんな俺をまったく疑うことなく隣にいてくれている。


「じゃあ、行こうか。」


彼女から視線をそらしたまま、自分もシートベルトを締めてエンジンのスイッチを入れる。あんなことを想像しているなどと、絶対に彼女に知られてはならない。


アクセルを踏む前にちらりと蒼井さんの様子をうかがうと、彼女が気配に気付いて俺ににっこりと笑顔を向けた。そして。


「しゅっぱつしんこ〜♪」


楽し気に前方を指差した。


指示に合わせてアクセルを踏み、ほっとしながら道路へ。注意が運転に向くと頭の中が落ち着いた。


(自分の気持ちに気付いてから二日しか経ってないのに。)


あんな場面を想像してしまうなんて。蒼井さんはまだ十九歳なのに。


(もしかしたら、だからなのか……?)


小柄で無邪気な蒼井さんだから、力ずくで、などと思ってしまうのだろうか。俺はそんなに卑怯で乱暴な男だったのか?


(いや。そんなことないはずだ。)


今まで一度も、誰かにそんなことを思ったことは無い。葵を好きだったときだって、一緒に歩けるだけで――。


(あれは高校生のときだなあ……。)


思えばあれが初恋だった。それからは……。


(あれ?)


何も思い当たることが無い。告白されたことはあったけど、全部ことわったし。


(なんと。)


この歳にして人生二度目の恋。


(なるほど。)


それで加減がわからないんだ。


よく考えてみたら、あんなにキスのことを考えていながら、ちゃんとできるのかどうか覚束ない。なのに想像だけはやたらと過激で。これは大人になった証拠なのか。


「あ。首都高の入り口ですよ。」

「あ、うん。」


蒼井さんが身を乗り出して道路案内の看板をしげしげと見上げている。看板さえも、彼女には面白いらしい。


(ごめんね、蒼井さん。)


無邪気な彼女にそっと謝る。


(やっぱり俺は、蒼井さんが信じてくれているほど真面目じゃないよ。)


だって、一緒にいると、蒼井さんを自分のものにしたくて、いろいろなことを考えてしまう。考えるだけじゃなくて、わざと近寄ったりもするし、おとといはネクタイを結ばせたりもした。許婚設定だって、蒼井さんの素直さにつけこんでいる。


(でも、絶対に無理やりはしないから。)


蒼井さんを傷付けるようなことは絶対にしない。だから……。


考えることくらいは許してほしい。


……いや。


ちょっと近付くことも、かな。







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