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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
32/156

32 酔っ払ってみたら…。


やっぱり飲み過ぎている。間違いなく。


「お疲れさまでしたー。」

「お気をつけて。」


決算の打ち上げが終わった店の前であいさつ。葉山に二軒目に誘われたけれど、それは断った。「明日も仕事だから」と。


でも、断った本当の理由はそれじゃない。飲み過ぎたからでもない。本当の理由は――。


「蒼井さん、帰りましょう。」


蒼井さんを送って行くためだ。


「あ、はい。じゃあ、道浜さん、お気をつけて。」

「はいはい、まったね〜。宇喜多くーん、春ちゃんをよろしくね〜♪」

「はい。大事にお預かりします。」


にこやかに応える俺。外側の俺。その状況をほくそ笑んで見ているいる俺。内側の俺。そして、そうやって猫をかぶっている自分を分析している冷静な俺。


――酔っ払っている。


ここまで酔うことは滅多に無い。たぶん、過去に一度くらい。


酔っ払ってはいるが、完璧に酔いつぶれてはいない。醒めた自分が自分の言動を見ている。でも、見ているだけだ。


「宇喜多さん、まだ早いから家まで送ってもらわなくても大丈夫ですよ?」


駅に向かいながら蒼井さんが言う。


「何言ってるんですか。俺は道浜さんと約束したんですからね。」


話がそっちに行くように誘導したのは俺だけれど。


「あれは道浜さんが酔っ払って――」

「でも、もう暗いですから。」

「暗いって言ってもこのくらいの時間なら――」

「時間なんか関係ありません。…あ、もしかして。」

「何ですか?」


俺が少し怖い顔をしたので、蒼井さんはきょとんとして首を傾げた。


「一人でどこかに遊びに行くつもりじゃないでしょうね?」

「え? 今からですか?」

「ダメですよ、遅くまで遊んでちゃ。変なヤツにつかまっちゃいますよ。」

「やだなあ、行きませんよ、遊びになんか。」

「本当ですか? 本当かどうか、ちゃんと見届けますからね。」


(ああ、俺は何をやってるんだろう……。)


自分で呆れてしまう。と言うか、恥ずかしい。本当は単に自分が蒼井さんを送って行きたいだけのくせに。


変な理由をこじつけている。でも、心の中にあるのはただ一つ。


――今度は俺の番だ。


宴会のあいだは花澤さんに取られて、戻って来ても葉山と道浜さんがあらわれて。だから帰り道は俺の番。


(ああ、酔っ払ってる……。)


こんなことを考えるなんて。普段の俺はこんなに強引じゃないはずだ。


でも、抑えられない。


心の中の堅い石づくりの壁が崩れて、中にあったものが一気に流れ出て来たような感じ。そこに詰め込まれていたのが蒼井さんへの想いだったことに今、気付いた。胸の中がその想いでいっぱいになっていることに驚きつつ、彼女を独り占めしたいという気持ちが抑えられない。


そして、その壁を崩したのは――。


(蒼井さんだ。)


いや、違う。酒を断らなかった自分だ。でも、俺にあんなに飲ませた蒼井さんにも責任が……いや、違う、道浜さんが弱いから。でも、蒼井さんが俺に飲めって――。


(だめだ、やっぱり酔ってる……。)


屁理屈をこじつけようとしている。壁を修復しようという気持ちも起きない。どうせ酔っ払っているんだからいいじゃないか、と思っている。


(こんなに蒼井さんのことを想っていたなんて……。)


尊敬していた。可愛らしいとも思っていた。喜ぶ顔が見たいと思った。


それらが今、一つの大きな流れになって止まらない。


べつに、蒼井さんに何かしようなんて微塵も思っていない。そこだけは胸を張って言える。


(だったらいいじゃないか。)


酔っ払っていようが何だろうが、蒼井さんはもう反論していない。今は俺の番。


家まで送る。


それだけだ。




電車は少し混んでいた。並んでつり革につかまって、小声で話しながら電車に揺られて行く。


言葉を聞きとるために近付くときは妙にドキドキしてしまう。やましいことなど無いはずなのに。


でも、ふっくらした頬をつついてみたいとか、揺れたはずみでぶつかっちゃおうかな、とか、会話と違うことが頭に浮かんでくる。


(やましいことが無い?)


うん、無いよ。思っているだけなんだから。


横崎駅で乗り換えるとき、蒼井さんがまた「送らなくても大丈夫」と言い出した。もしかしたら、酔っ払っていることに気付いている? そんなに普段と違うだろうか。


でも、今は俺の番なのに!


「じゃあ、途中で何かあったらどうするんですか?」


悪いと思いつつ、脅すようなことを言ってしまう。


「あの公園だって、植え込みの中に人が隠れることくらいできますよ。」


その途端、蒼井さんの表情が不安そうに揺らいだ。


「ええと、公園のところは通らないで帰れば……。」


口調から自信が消えている。本当に怖がらせてしまったらしい。


「でも、俺は心配です。だから送ります。」

「……はい。よろしくお願いします。」


(ああ、蒼井さん。本当にごめん!)


そんなに怖がらせるつもりは無かったんです。酔っているせいです。許してください。


(でも、腕につかまってくれるとか……?)


お化け屋敷っぽいシチュエーションでお近づきになれるかも?


(何を考えてるんだ!)


俺には断じて下心など無い!




梅谷駅を出ると静かな夜の住宅街だ。


(ああ、蒼井さんだー……。)


やっと二人だ。白いブラウスが涼しげに暗闇に浮かぶ。


ぼんやりと眺めていたら、蒼井さんと目が合って嬉しさがこみ上げてきた。そのまま嬉しさが止まらない。


(ダメだ。流れが止まらない。)


どうしよう? 蒼井さんのことが可愛くて可愛くて可愛くて――。


「宇喜多さん、前、あ!」


(え?)


ゴン! という音が頭に響いて、左側の額と鎖骨に衝撃が。その反動で足が後ろにたたらを踏む。


「いったっ……。」

「だ、大丈夫ですか?」


(蒼井さんだ……。)


右肩のすぐ横に蒼井さんの顔がある。肩と背中が温かいのは彼女が支えてくれているからだ。蒼井さんの瞳がキラキラと俺を見て――。


「だい、じょう、ぶ、です。」


いけないことを考えてしまった。慌てて頭を振って、額を撫でながら態勢を立て直す。


「何かにぶつかった……?」

「街灯の柱です。」


聞こえてきた蒼井さんの声に促されるように前を見る。と、目の前にそびえたつ茶色の柱。


(信じられない……。)


柱にぶつかる人間が実際にいるとは思わなかった。景観上、目立たない色にしてあるのだろうけど。酔っ払うってすごい。


「大丈夫ですか? ゴツンって音がしましたけど……。」


心配そうに俺を見上げる蒼井さん。


「ここと、ここです。」


額と鎖骨のぶつかったところを撫でてみせる。蒼井さんが撫でてくれないかなー……なんて淡い期待を抱いて。


(ああ、馬鹿な俺……。)


でも、ちょっとくらい……あ。


「痛いですか?」


鎖骨に触れられて舞い上がる……暇も無く、ぐっ…と押された。色気も何も無い。


(……予想と違う。)


もしも骨折していたら、そんなに強く押されたら悶絶するだろう。ついでにおでこも場所を確かめるようにぎゅ、ぎゅ、ぎゅ、と押されて。


「……大丈夫みたいです。」

「良かった。」


(痛いって言えばよかった。)


痛がる俺に「どうしましょう?」とおろおろする蒼井さんを、治療と称して抱き締める――。


(おい、やめろ。)


だめだ。妄想があやしい方向に……。


「みっともないところをお見せして失礼しました。蒼井さんを守るために一緒に来たのに。」


かっこいいところが無いじゃないか。


「そんなに守らなくても大丈夫ですよ。」


蒼井さんが笑って歩き出す。急いでその隣に並ぶ。


「いいえ。蒼井さんを心配するのは俺の仕事です。」

「ふふ、そんなこと無いですよ。」

「有りますよ。蒼井さんは大事な姫なんですから。」

「わあ。宇喜多さんから『姫』って言われるのは初めてな気がします。門番でしたっけ?」


(門番?!)


あのとき宗屋が訂正したのに! どうしてそっちを覚えてるんだ!


「違いますよ。親が親友同士で、幼なじみで、許婚です。」

「え? 許婚なんて設定、ありました?」


(ちっ。)


忘れていたわけじゃないのか。


「ありましたよ。宗屋は乳兄弟でしたよね。ほら、俺の方がちゃんと覚えてる。」

「わたしだってそれは覚えてますよ。でも、許婚なんて……ありましたっけ……?」

「あーりーまーしーた。」


言い切ってしまえばこっちのものだ!


(何がだよ!)


まあいいや。蒼井さんはまだ首を傾げているけれど。


(話をそらしてしまおう!)


「蒼井さん。」

「はい?」


そんなに無邪気に見つめられたら、ちょっとばかり訊きづらいですが。


「花澤さんと何を話していたんですか?」

「花澤さん?」

「そうです。さっきの宴会のとき。なかなか戻って来なかったじゃないですか。」


心の中で「俺を一人ぼっちにしてですよ!」と付け加える。


「ああ。」


(嬉しそうに笑うんだなあ……。)


なんだか淋しくなってしまった。そんなに花澤さんが好きなのだろうか。


「特に何かを話していたわけじゃありません。花澤さんとはこういう機会しか会えないから……。」


――こういう機会しか。


(間違いなくそう言った。)


つまり、蒼井さんは花澤さんとは仕事以外の接点が無いということだ。やっぱり付き合っているわけじゃないのだ。


「花澤さんと話せると、ほっとして元気が出ます。」


(う……。)


穏やかで懐かしそうな表情。考えただけでもそんな表情をするなんて。やっぱり蒼井さんにとって花澤さんは……。


「去年はわたし、花澤さんにものすごく頼っていたんだなあって思います。」

「俺は頼りにならないから……。」

「送ってくれてますよ?」

「こんなことじゃなくて……。」


もっと蒼井さんの支えになりたい。蒼井さんにとって俺が――。


「まだたった二か月なのに、」


蒼井さんがやさしく微笑んで俺を見た。


「宇喜多さんとはもうずっと一緒にいるような気がします。宇喜多さんがいなくなったら、きっとすごく淋しいです。」


(蒼井さん……。)


なんて可愛いことを言ってくれるんだろう! 胸が焼け焦げてしまいそうだ。ああ、もう、抱っこしてぐりぐりしたい!


(いやいやいや、俺のキャラじゃないし!)


わかってる。だけど。だけど。だけど!


(ダメだからな!)


わかってる。でも、じっとしていられない。


しゅるる、とネクタイを抜く。手早くそれで輪を作って、蒼井さんに差し出す。


「そっち側を持ってください。」


不思議そうな顔でネクタイをつかむ蒼井さん。俺はその反対側を持って歩き出す。


(うん。これくらいなら。)


これなら大丈夫。手をつなぐ代わりだ。にやけそうなことに気付かれないといいけど。


「宇喜多さん。」

「なんですか?」

「犬の散歩みたいです。」


彼女が笑う気配がする。俺が犬ということだろうか。


(何やってんだか。)


醒めた俺が呆れている。けれど。


信じられないくらい楽しい。







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