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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第四章 なんだか気になります…。
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31 決算打ち上げ

第四章「なんだか気になります」です。


六月の中旬に決算の打ち上げがおこなわれた。


市役所本庁舎がある中浜駅に近い中華料理店の二階。花澤さんのいる局の税務課と各区の決算担当が、四つの円卓を囲んで三十人ほど集まった。


「今年の決算も、皆様のおかげで無事に終了いたしました。ありがとうございました。そして、お疲れさま。かんぱーい!」

「かんぱーい!」


音頭に合わせて周囲の人たちとグラスを合わせる。隣の蒼井さんは、今日はジャスミン茶だ。


「さあ、食べましょう♪」


空いたグラスにビールを注ぎ足す人々の中、蒼井さんは円卓の回転台に置かれた前菜の大皿を身を乗り出して眺めた。それからテーブルの人たちが誰も皿に手を伸ばさないのを確認し、そっと回転台をまわして皿を自分の近くに寄せた。


(ふうん。)


回転台付きのテーブルで食事をするのは初めてだ。回すのだろうとは思ったけれど、タイミングをどう見計らったら良いのかよくわからなかった。とりあえず誰かの真似をしようと様子をうかがっていたのだ。


「宇喜多さん、好き嫌い無かったですよね?」


(あ。)


気付いたときは、蒼井さんが自分のよりも先に俺の取り皿を手に取っていた。


「あ、す、すみません。」

「いいえ。」


(先輩にやらせてしまった……。)


俺は本当に気が利かない。相河ならこんなときに率先して動くのだろうに。


落ち込みながら部屋の中を見回してみる。同期が一人来ていたはずだ。それ以外は同じ仕事を担当しているとはいえ、他区の人たちとは知り合いというほどではない。二年目の蒼井さんも、花澤さんと同期の女性のほかは名前と顔が一致するひとは少ないらしい。


(あ、いた。)


鷹取区の同期、葉山浩二。短めの髪が面長の顔に似合う、落ち着いた雰囲気の男だ。淡いブルーのボタンダウンシャツ姿もさわやかで、自分の野暮ったさがいつになく気になってしまう。


「宇喜多さん、お注ぎしましょうか?」


蒼井さんの声に現実に引き戻された。隣で蒼井さんがビール瓶を持って、にこにこと首を傾げていた。


(またやってもらってしまった!)


俺は本当に気が利かない。


「それとも紹興酒にしますか?」

「あ、いいえ、まだビールでいいです。」


慌ててグラスを手に取った。そこに蒼井さんがビールを注いでくれる。少し眉を寄せて、まるで理科の実験をしているような真剣な表情で。そんな彼女に思わず見入った。


「はい、どうぞ。」


言葉と一緒にパッと嬉しそうな顔に。


「ありがとうございます。」


つられて微笑んで自分のグラスを見ると、泡が縁から盛り上がって止まっていた。


「上手ですね。」


褒めると一層嬉しそうな顔になった。そんな蒼井さんに胸の中があたたかくなる。


「花澤さんにご挨拶に行こうと思ってるんですけど……」


そう言いながら、蒼井さんが隣のテーブルを見た。


「まだ混み合ってるので後にします。今は食べましょう。」

「そうですね。」


蒼井さんの向こうに座っている白鷺区の男のひとがこちらを向いた。俺はすかさずビール瓶を持ち上げる。


「お疲れさまでした。どうぞ。」

「ああ、悪いね。かもめ区の新人さんだっけ?」

「はい、そうです。宇喜多といいます。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。決算が終わるとほっとするよねえ。」

「はい。僕は勝手がわからないので、緊張の毎日でした。」


俺とその人の真ん中で、蒼井さんは行儀良くやり取りを聞いている。そんな彼女を視界の隅で確認しながら、やっぱり人見知りなのだと納得した。


(気を付けて見ていてあげないと。)


こういうときに、俺が役に立たなくちゃ。




花澤さんへの挨拶には蒼井さんと一緒に行った。なのに。


(蒼井さん、全然戻って来ない……。)


今は俺だけが自分の席にいる。


花澤さんは取りまとめの部署の係長だし、親しみやすい性格だから、ひっきりなしに誰かが話しにやって来る。蒼井さんと俺はそれがひと段落したのを見て挨拶に行った。


でも、話しているうちにまた人が集まって来て、俺はそろそろ離れる潮時だと思った。ところが、花澤さんの隣にいた人が、「蒼井さん、どうぞ」と名指しで席を提供してほかに行ってしまった。以前からその職場にいた人なので、蒼井さんと花澤さんが親しいことを知っていたようだ。


その席で蒼井さんは新しいグラスとお茶を提供され、花澤さんの方に向かって横向きに椅子に腰かけて、そのまま楽しそうに話している。もちろん、周りにもいろいろな区の人がいて、二人きりで話しているわけではない。でも、周りの人は入れ替わっているのに、蒼井さんはずっとそこにいる。


(俺も向こうに居続ければ良かったかなあ。)


話に入りきれない気がして、その場を離れてしまった。何度か電話で話したほかの区の人もいたので、挨拶だけしようとも思ったから。そうやってまわっているあいだに、蒼井さんも戻ってくると思ったのに。


「宇喜多〜、飲んでる〜?」


背中をするりとなでられて、現れたのは同期の葉山。手には紹興酒用の小さなグラスを持っている。


「飲んでるけど……、葉山、飲み過ぎじゃないのか?」

「え〜、そんなことないよ〜。」


その割には顔が真っ赤だ。姿勢もだらりとしている。……って、蒼井さんの席に勝手に座るなんて!


「そこはもうすぐ戻ってくるんだよ。」

「ん〜? あ、ここ、あの子の席?」

「あの子とか言うなよ。先輩だぞ。」


宗屋が言うのとはわけが違う!


憤慨している俺に葉山は体を寄せて言った。


「なあ、あの子、花澤係長の彼女って本当?」

「はあ?! 何言ってんだよ?!」

「隣にいた尾長区の人が言ってた。」


葉山の隣って……あの人か? チャラい雰囲気だな。


「違うよ。絶対に。」

「なんだ、ただのウワサか。」


(当然だ! 十歳以上も離れてるんだぞ!)


そんなウワサ、蒼井さんに失礼だ! そんなウワサをするような人間だから、あんなチャラくなるんだ! ……逆か?


「なあ、彼女、なんだか初々しいよなあ。先輩なのに、なんでだろ?」


葉山がテーブルにひじをついてぼーっと蒼井さんをながめている。


「十九歳だからだろ。」


むしゃくしゃが収まらなくて、紹興酒を手酌で続けて飲んだ。


「十九歳?! マジで?!」

「ああ。」

「すげ〜。純粋。少女。」


だから守ってあげなくちゃいけないのに、ちっとも戻って来ないんだから。


(そんなに花澤さんがいいのか?)


「宇喜多〜。俺もお近づきになりたい。」

「挨拶だけならどうぞ。」


紹興酒用のグラスを差し出すと、葉山がすかさず注いでくれた。


「お、戻って来た。ちゃんと紹介してくれよ?」


立ち上がった葉山の隣に蒼井さんが現れた。


(やっと戻って来た。)


自己紹介している葉山にお辞儀をして、蒼井さんが席に座る。葉山があれだけしゃべれるなら、俺がわざわざ紹介する必要なんか無さそうだ。


「わあ、宇喜多さん、お料理取っておいてくれたんですか? ありがとうございます!」

「いいえ。でも、冷めちゃいましたね。」

「あ、でも、美味しいです。」


(ほら見ろ。俺だってちゃんと役に立ってるじゃないか。)


……なんて、誰に思ってるんだろう?


「宇喜多さんは食べてますか? お酒ばっかりじゃダメなんですよ?」

「食べてますよ。」


俺のことを心配してくれてる。やっぱり蒼井さんは――。


「葉山さんは? 良かったら、新しいお皿に取りましょうか?」


(葉山?!)


さっき自己紹介したばっかりなのに!


「いや〜、俺はこっちがいいですけど〜。」


葉山が持っていたグラスを嬉しそうに差し出した。ムカッと来ている俺の前で、葉山は嬉しそうに酒を注がれている。


「飲み過ぎじゃないのか?」

「宇喜多さんもどうぞ。」

「あー……、すみません。」


まあ、そんなふうににこにこと勧められたら断れないけどさ。


「蒼井さんにご返杯〜♪」

「わあ、すみません。」


葉山が注ぐジャスミン茶をうやうやしく受ける蒼井さん。……なんだか嬉しくない。


「春ちゃ〜ん、げんき〜? 食べてる〜?」

「あ〜、道浜さん、食べてますよ〜。」


(春ちゃん?)


葉山の隣にすらりとした女性が現れた。さっき、蒼井さんが教えてくれた同期の女性だ。いかにも才媛って雰囲気だったけど、今は……。


「同期の道浜理々子さんです。うぐいす区にいるんですよね?」

「そうで〜す♪ うぐいす区のうぐいす嬢、道浜〜理々子で〜ございま〜す♪ あはははは。」


だいぶご機嫌だ。


「大学でアナウンス部にいたそうなんです。酔っぱらうといつもこんな感じなんですよ。」

「春ちゃんはぁ、あたしのぉ、い、も、う、と、なんだよね〜?」


そう言いながら、道浜さんは蒼井さんを横から抱きしめた。


「新人研修も〜、税務研修も〜、決算説明会も〜、同期会も〜、ず〜っと一緒なんだよね〜!」

「そうですよね〜。道浜さん、もうかなり飲みましたねえ。」

「ウソばっかり。あはははは!」


ウソじゃないと思う。


(あれ? 葉山が消えてる。)


絡まれると思って逃げたな。


「道浜さん、こちらは四月から一緒に仕事をしている宇喜多さんです。」

「うちの妹をよろしくね〜。固めの盃じゃ、近う寄れ。」

「あ、はい。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」


ホントに酔っ払ってるな。紹興酒を注ぐ手つきも危なっかしい。椅子を譲ってあげた方が良さそうだ。


「すみません、宇喜多さん。道浜さん、お酒が好きなんですけど弱いんです。」


立ち上がった俺に蒼井さんがそっと耳打ちする。


「やっぱりそうなんだ?」

「はい。だから宇喜多さん、このビン、急いでからっぽにしてください。」


(え?)


何も考える暇もなく、蒼井さんは紹興酒を注ごうとかまえた。


「そんな小さいコップじゃなくて、こっちのビールのがいいんじゃないでしょうか。」

「え、いや、でも……。」

「宇喜多さんがお酒が強くて良かったです。ん〜、まだだいぶ入ってますねえ。」

「みたいですねえ……。」

「あ、道浜さん、ちょっとだけですよ? 宇喜多さん、早く早く!」

「え、ええ。」


蒼井さん。


紹興酒って、こんなふうにガブガブ飲むものじゃないと思うんですけど……。







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