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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第三章 一人前への道は険しい。
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25 イメチェン?


「ねえ。宇喜多さんって、髪型を変えたらどうかしら?」


不意に斜め前から声が飛んできた。顔を上げると、東堂さんが仕事の手を止めて俺をじっと見ていた。


督促状の忙しさがひと段落し、今は決算のラストスパートに入っている。5月末での前年度の数字の確定に向け、俺と蒼井さんはいろいろな数字のチェックと処理に追われている。そこに思いがけない指摘。


「この髪型、変ですか……?」


べつに、似合うとは思っていなかった。よくわからないから、ただ分けてなでつけてあるだけで。


「うーん、変なわけじゃないよ。似合わなくもない。でも、真面目すぎる気がして。」


東堂さんがしゃべっているあいだに、高品さんも俺に目を向けた。


「うん。真面目すぎる。あたしもそう思う。」

「ですよね。」


年上の女性二人にまじまじと見つめられて、少しばかり居心地が悪い。


「そんなに真面目っぽいと、お客さんが引くよね。」

「なんて言うのかな、学校の秀才みたいな雰囲気?」

「かもめ区は下町的な雰囲気の住民が多いから、あんまり賢そうだと警戒されちゃうんじゃないかな。」


(それはもしかしたら……。)


この前の三木山様事件を言っているのだろうか。あのときはたしかに田巻係長のフレンドリーな態度の方が受け入れられたようだったけど……。


(だとしても、どうしようもないよ。)


どうしたらいいのかわからないんだから。先輩たちに見た目をどうこう言われても――。


「ねえねえ、蒼ちゃん。宇喜多さんの髪形、どう思う?」

「え……?」


(蒼井さんに訊くのか?!)


それは違う気がする! 東堂さんと高品さんに言われても何ともないけど、蒼井さんには……。


(見られてる……。)


背中がむずむずする。


いつも隣同士で一緒にいるし、朝だってたくさん話してる。テニスの練習でも。なのに……。


「宇喜多さんらしいと思います。」


(ほ……。)


笑顔で言ってくれた。ほっとした。


「でも、真面目な雰囲気なのは間違いないですよね。」

「でしょう?」

「そう思うよねえ?」


やっぱり真面目過ぎるのか……?


「宇喜多さん、子どもに泣かれたことあるでしょう? 怖いって。」


高品さんが言った。にやにや笑いには気付かないふりで答える。


「さあ、どうでしょうね。今まで小さい子どもとの接点はありませんでしたから。」

「宇喜多さん、今のは冗談だと思うんですけど……?」


(え?!)


隣から聞こえた蒼井さんの遠慮がちな声に驚いた。


(俺が高品さんの冗談を真面目に受け取ったと思ってるのか?!)


彼女の表情を見る限り、本気らしい。


「わかってましたけど……。」

「え! わかってたんですか?! ごめんなさい!」


この驚きよう。本当に本気にしたと思ったんだ。


「いいですよ。どうせ俺の受け答えは面白くありませんから。」


少し落ち込んだ表情を作って言ってみる。


「いいえ、そんなことありません。わたしが変なんです、きっと。ああ、すみません。」


おろおろと言い訳をする蒼井さん。その慌てぶりに思わず頬がゆるむ。


「冗談ですよ。」


笑ってみせると、蒼井さんが複雑な顔をした。


「蒼井さんの方こそ冗談がわからないじゃないですか。」


指摘すると、今度は拗ねたような顔をした。


「そんなことないです。宇喜多さんが冗談なんて言うとは思わなかったから。」


そこに向かい側から笑い声が聞こえた。


「まったく、二人とも真面目レベルが高いよね。」

「ほんと。いいコンビ。」


笑われながら、なんとなく蒼井さんと顔を見合わせてしまう。そう言えば、相河たちにも同じようなことを言われたような……。


「あ! そう言えば。」


蒼井さんがパチリとまばたきをした。


「テニスのときは違いますよね?」

「え? 何が……?」

「髪型です。」


(ああ。)


そう言えば、その話だった。


「へえ、違うの?」


高品さんと東堂さんが身を乗り出した。


「はい。こんなにかっちりしてませんよね?」

「ええ。どうせ走り回って乱れちゃうので、寝癖だけ直してそのまま……。」

「ああ、そうですそうです! 前髪を下ろしてるんですよ。わたしはそっちの方が好きです。」


(え?)


ドキン、と心臓が跳ねた。「好き」という言葉が頭の中でリフレインする。


(好きなのか……。)


単なる髪型の話だ。でも、ドキドキする。


「へえ、そうなんだ〜?」

「はい。なんだか若々しい感じで。」


蒼井さんが東堂さんたちにうなずいた。


(若々しい……。)


一気に気分が下降する。


(じゃあ、仕事中の俺は? おっさんぽい?)


「ぷ。蒼ちゃん、宇喜多さんに向かって『若々しい』とか言わないの。そもそも若いんだから。」

「宇喜多さんは今だってちゃんと若く見えるじゃないの。」

「あ! そうですね。ごめんなさい、宇喜多さん。」

「いいえ、そんなことくらい、べつに気にしませんよ。あはは……。」


単にテニス部のときの髪型の方が蒼井さんは気に入ってるってことだ。……そう思うことにしよう。


「でもさあ、宇喜多さんのその髪形、やっぱりきちんとし過ぎてるよ。年齢に似合わないって言うか。」

「プーーーーッ!」

「やだ、東堂さん。何かハマった?」

「ふっ、い、いいえ、何も。」

「ウソばっかり。ねえ、何? 教えてよ。」

「そんな。宇喜多さんに悪いから……。」


(いや、もう聞こえてますから!)


高品さんと東堂さんの会話に落ち着かなくなる。そんなふうにくすくす笑われたら気になるのは当然だ。


「言っていただいても構いませんよ。」

「いいの?」

「どうぞ。」


何を考えているのかぜひ知りたい。


わずかに迷ったあと、東堂さんが遠慮がちにつぶやいた。


「とっちゃんぼーや。ぷ。」


(な?!)


「くっ。」

「ぷ。」

「ぷふっ。」


窓口当番で席にいない原さん以外の全員が、漏れた笑いを必死でこらえた。


「だ、だって、わりと可愛い顔してるのに、ぷふ、表情と髪形が真面目なんだもの。ふっ。」


東堂さんが涙目になりながら説明してくれる。今まで一度もそんなことで笑ったことがなかったのに、口に出したらこらえきれなくなったらしい。


(とっちゃんぼーや……。)


耳で聞くのは初めてだという気がする。でも、なんとなく意味はわかる。たぶん、子どもとおじさんが混ざり合った感じのような……。


(とっちゃん坊や、だよな……。)


そう言えば、俺、さっき何かでドキドキしていたような気がするけど、何だっけ……。


「あの、宇喜多さん。」


隣から蒼井さんの声がした。きっと、フォローしようとしてくれているに違いない。


「ええと、あの、やっぱり髪型を変えてみたらどうでしょう。」


(真剣な顔をしてるつもりだろうけど……。)


口許がにやにやしてますよ!


「そうですね……。」


そう言われても簡単じゃないのだ。


「どんな感じにしたらいいいんでしょう?」


ぜひ教えてほしい。こんな「とっちゃん坊や」なんて言われるような髪型、好き好んでしているわけじゃないのだから。


「ええと、テニス部のときの髪型がいいと思います。」


パッと明るい顔をして、蒼井さんが言った。


「あれでいいんですか? ネクタイには似合わないような気がしますけど。」


朝起きて、寝癖を水で直しているだけだ。


「大丈夫です。」


蒼井さんはとびっきりの笑顔でうなずいてくれた。


「わたし、あの髪型、好きです。テニスしてるときもかっこいいですよ。」


ドキン、とまた心臓が跳ねた。


「そう、ですか?」

「はい。」


(なんか、すごいストレートに……。)


そんなに真っ直ぐに笑顔を向けられたら、目のやり場に困るんだけど……。


「へえ、かっこいいんだ?」

「スポーツマン風ってこと?」

「スポーツマン『風』じゃなくて、宇喜多さん、テニスはとっても上手ですよ。」

「いえ、それほどでも……。」


俺よりも上手いひとはいるし。


「いいなあ、宇喜多さんは。」


古森さんがため息交じりに言葉をはさんだ。


「女性陣に髪型のことを気にしてもらえてさあ。俺のことなんか、だーれも興味が無いもんなあ。」

「あ〜、そんなことないって〜。古森さんの髪型はもう完成してるから〜。」

「そうですよ。それに、奥さんがいる人に、あたしたちはあれこれ言えません。」


高品さんと東堂さんが笑いながらフォローし、蒼井さんはそれを聞いてくすくす笑った。


(でも、そうか……。)


蒼井さん、意外と俺のことを見ていてくれてるんだ……。


そっと隣に視線を向けると、ちょうど彼女もこちらを見た。目が合ってまたドキッとした俺に、彼女がにっこりする。


「楽しみにしてますね。」

「ええと、はい。」


そんなに期待されるほどのものじゃないけど……。


(……じゃあ、明日から変えてみようかな。)


蒼井さんが気に入ってくれているなら――。


(じゃなくて!)


窓口で感じの良い職員になるためだ。


今の髪型は真面目すぎるから。仕事のために変えるんだ。それに、寝癖を直せばいいだけだし。


(うん。)


……で、たまたまそれが蒼井さんに受けがいいだけだ。





翌朝、少しばかり緊張して出勤すると、蒼井さんは「やっぱりその方がいいです」と笑顔で言ってくれた。でも、高品さんと東堂さんは何もリアクションが無かった。


そこで気付いた。


二人ともべつに俺に興味なんか無いのだ。仕事中に思い付いたことを言ってみただけ。それを真に受けて言われるとおりにしてきた俺は……ああ、恥ずかしい!


「冗談と本気の区別がつかない」と言われるのは、こういう部分のことなのかも知れない。


とりあえず、蒼井さんだけでも気に入ってくれてほっとした。







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