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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第三章 一人前への道は険しい。
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21 試練がやって来た。

第三章です。



「お待たせいたしました。」


番号の呼び出しに応じて立ち上がったお客様に軽く会釈をする。今日は窓口当番の日だ。


「これが来たんだけどね、払う紙を失くしちゃったみたいで。」


番号札と一緒に差し出される固定資産税第一期の督促状。朝からこんなやりとりを何回も繰り返している。


「それでは新しい納付書をお作りします。そちらを使って銀行でお支払いいただけますので。」

「ああ、そうなんだ? 良かった。」

「一期から四期まで全部お作りしてよろしいですか?」

「うん、そうしてくれる?」

「はい。少々お待ちください。」


督促状に印字された課税番号を税務システムの端末機に打ち込む。表示された情報と督促状の内容を照合し、納付書再発行のボタンをクリック。印刷画面で再度チェックして印刷。


(OK。)


プリンターの前に移動。四枚の納付書がそろうのを待ちながら、いつの間にかスムーズな受け答えと窓口用の笑顔が身についていたことに気付いて、「よし!」と思った。


(やっぱり「習うより慣れろ」だなあ。)


五月も下旬に入り、俺の窓口当番は配属後四回目。独り立ちしてからは二回目だ。一人で窓口に座るのは心細かったけれど、今日みたいに次々とお客様が来る状態だと、心細がっている暇など無い。


督促状を発送したのはおととい。きのうの午後から問い合わせや窓口が増え始め、今日は電話も窓口も休みなしの状態だ。


督促状というのは地方税法に定められた手続きの一つだ。納期限が過ぎても未納の場合、納期限後二十日以内に発行しなければならない。この督促状があとの手続きにも関係してくるので、滞納を続けた場合にどうなるか、ということが記載されている。そのため「差し押え」などという言葉を見てびっくりしてしまう納税者もいる。それで慌てて電話をかけてきたり、来庁したりするのだ。


もちろん、中には督促状が来たことに文句を言う人もいる。そういうときは、法律上の手続きであることを説明するしかない。でも、それを上手に伝えることが必要だ。威張った態度で「法律で決まっている」なんて言うだけでは、相手はますます不愉快になってしまう。それでは市役所のイメージも悪くなる。


その点、うちの先輩たちはみんなとても上手だ。ソフトで丁寧な説明で、最終的にはお客様が納得してくれる。


「市民と市役所の信頼関係をこわさないことが、市役所職員として重要なことだよ。」


と原さんが言っていた。俺も先輩たちの言葉遣いや態度を見習おうと、機会を逃さず観察している。


今日、窓口に来るお客様の用件は、納付書の再発行が多い。「払おうと思っているうちにどこかに行ってしまった」というひとだ。電話だとこのほかに、「納付書は持っているけれど納期限が過ぎているからどうしたらよいか」という問い合わせや「今、払ってきました」という報告が加わる。「忘れないために口座振替にしたい」という問い合わせもある。どれも難しい用件ではないけれど、件数が多いので、うちのグループはみんな朝から気合を入れていた。


窓口は、番号札の待ち人数が執務室側に表示されるようになっている。それが三人を超えると誰かが手伝いに出てきてくれることになっている。今も隣では古森さんが分割納付の相談を受けている。電話はうちの島の二本が使用中だと隣の滞納担当の方にも流れて行くので、ほかの人たちもあちこちに走り回っている。コール音と応答の声と、電話やプリンターのあいだの行き来であわただしい雰囲気になっている。


(ええと、佐海川△男、一期、二期、三期、四期。)


プリンターから打ち出された納付書を確認。ほかの端末機ともつながっているので、ほかの職員が発行したものと混ざったら大変だ。


「お待たせいたしました。佐海川△男様でよろしいですね? ご住所はかもめ区△町……」


カウンターの上でお客様にも一緒に見ていただいて確認。ついでに口座振替払いのチラシを渡す。


「封筒はご入用ですか?」

「ああ、いや、いらない。」

「一階にも銀行の窓口がございますので、そちらでもお支払いいただけます。」

「わかった。一階ね。」

「はい。お疲れさまでした。お気をつけて。」


(よし。次。)


番号をコールするボタンを押す。


『お待たせいたしました。○○番のお客様、四十六番の窓口まで――』


(ん? あのひと……?)


機嫌悪そう!


茶色いTシャツの少し太った男性。年齢は五十代から六十代というところだろうか。片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手に督促状を持っている。いよいよ俺の窓口応対が試されるときが来たのかも知れない。覚悟を決めて、ごくりとつばを飲み込んだ。


「こんなものが来たんだけど!」


声を荒げ、ばしん! と、督促状をカウンターに叩きつけた。隣で話していた古森さんとお客様がちらりとこちらを見た。一歩下がりたい気持ちを抑えて、その場に踏みとどまる。笑顔は……やめておいた方がいいかも。真面目な顔で、まずは督促状を手に取る。


「三木山△助様でいらっしゃいますね?」

「そう。」


面倒くさそうな返事。でも、用件を言ってくれない。とりあえず、端末機で情報を呼び出してみる。


(怒ってるってことは、行き違いかなあ。)


銀行や郵便局で払われた税金は、システムに反映されるまで少し日数がかかる。督促状は発送ギリギリまで引き抜き作業をするのだけれど、間に合わないデータもあるのだ。


(やっぱりまだ入ってないや……え?!)


思わずぎょっとした。金額が大きい。これではすでに延滞金が発生している。


(ど、どうしよう?)


すでに機嫌が悪いのに、延滞金のことなんか言ったらどうなることか……。


(とりあえず、まずは行き違いの方で訊いてみよう。)


ドキドキする心臓をなだめながら、穏やかな表情――のつもりで三木山様に向き合う。


「もしかすると、この二、三日のあいだにお支払いいただいていましたでしょうか?」

「なんだと?!」


(うわ!)


「何にも無えのにどうやって払えってんだ!」


(ひゃああああ。)


カウンター越しに乗り出してきた。思わず体を反らして半歩下がった。


「いきなり督促状が来たんだよ! どういうつもりだ! まずは『あなたの税金はこれだけです』って連絡してくんのが当然だろうが! ええ?!」

「は、はい。」


用件はわかった。納付書が無いんだ。


「すみません、確認します。」


ますますドキドキしてきた。汗がじわりとわいてくる。


「まったく、自分たちがちゃんと仕事もしないで、払え払えってどういうことだ! 俺はね、毎年きちんきちんと税金は納めてるんだよ! 遅れたことなんか、今まで一度も無かったんだ!」

「は、はい。ありがとうございます。」


どなり声を聞きながら、画面を確認する。納税通知書を送ったときに、あて先不明で郵便局が戻してくる分がある。それは課税係の担当が調査をして、入力をしているはずだ。でも……。


(何にも書いてない。)


ということは、届いているとみなすしかないのだけれど。


「あのう……。」

「なに?」

「こちらからは発送してありまして、戻って来ていないようなんですが……。」

「なんだとぉ?」


恐ろしい形相でまた身を乗り出してくる。カウンターがあって良かったと心から思った。


「俺が失くしたって言いたいのか! 俺は見てねえぞ! 最初から届いてねえんだよ!」


(そんなこと言われても!)


発送して戻って来てないってことは、うちが悪いわけじゃない。ほかのお客様と同じように失くしちゃったか、誤配とか、とにかくこっちのミスじゃない。


(もしかしたら……。)


区役所側のミスだって言いがかりをつけて、延滞金をまけてもらおうっていう魂胆じゃないのか? だとしたら。


(絶対に引き下がるわけにはいかない。)


そんな「ゴネたもの勝ち」みたいなことを、市役所として認めるわけにはいかないんだ。







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