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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第一章 社会人になりました。
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02 よろしくお願いします。


俺たちを紹介する課長の声を聞きながら、気持ちを引き締めて職場を見渡してみる。ここの職場の人たちに、俺はいったいどう見えているのだろう。


ここ葉空市は首都圏にある政令指定都市。市内は十五の区に分けられ、人口は三百万を超える。当然、面積も大きく、地域によって環境や状況が異なる。市役所の組織は十五の区役所のほかに、総務、財政、消防などの局が二十以上ある。


そして、俺たちが配属されたかもめ区は市の北部にある。海に面した東側は工業地帯、南北に通る鉄道を境に西側は住宅地、そのもっと奥には農地もあるそうだ。十五区の中では人口も企業の数も上位に位置している。そのため、区役所の職員数も比較的多い。……なんていうことを、午前中の区研修で教わった。


この四階のフロアは全部が税務課。左右に広がる執務スペース、その向こうにカウンター、そして待合所を兼ねた広い廊下。左手のカウンターの向かい側にはエレベーターと階段とトイレが見える。俺たちが降りてきた右奥の階段は建物の裏側にあたるらしい。


「係長、こっちに来て。」


紹介が終わってから、係長に引き合わされた。


二人の係長のうち「納税係長の田巻です。」と名乗ったのは、人の良さそうなぽっちゃり体型の男性だった。


(俺の上司だ。)


こんなに柔らかい雰囲気の人だなんて、またしても予想外だ。


納税係は俺と異動者の島さんという女性。田巻係長について右側へと進む。


「こっちの二列が滞納関係で」


と、田巻係長が向かい合わせに並んだ机二列分を示す。横に四人が並んでいる席はほぼ在席。男女比は六対四くらいだろうか。比較的年齢の高いひとが三分の一くらい。


「奥の一列が決算や還付、あと庶務関係もやってます。」


壁際の列は向かい合わせの机が六つ。窓側には衝立で仕切られた打ち合わせスペースらしきものがある。


壁面書庫を背にした一番奥では男女二人が立ったまま和やかに話をしていた。どちらも若い。リラックスした態度と明るい表情から人間関係がうまくいっていることがうかがえる。


こほん、という軽い咳払いをして田巻係長が俺たちを紹介してくれた。


「新採用の宇喜多雷斗さんと、白鷺区からいらした島由梨江さんです。島さんは滞納整理でこちら、宇喜多さんは決算担当中心でそちらになります。」


係長が俺に奥を示す。立っている二人のうち女性の方が、にっこりと笑いかけてくれた。ほかの人たちにも反感やがっかりした様子は見えない。


「原さん。」


係長に声をかけられてやって来たのは奥に立っていた男性の方。年齢は二十代後半だろうか。


「こちらの原さんが宇喜多さんのチューターをやってくれます。席も隣なので何でも相談してくださいね。」

「はい。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」


賢そうでありつつ、あくまでも嫌味のない穏やかな笑顔。親切そうだし、とても頼りになりそうだ。背格好は俺と同じくらいの中肉中背というところ。


「席はこっちだよ。」

「はい。」


原さんのあとについて自分の席へと向かいながら先輩たちに軽く頭を下げると、どの人も親切そうな笑顔でうなずいてくれた。


(大丈夫みたいだ。)


とりあえず受け入れてもらえたようでほっとする。


「ここが宇喜多さんの席。」


示されたのは壁面書庫の前の三人並んだ真ん中。


「俺がこっちで、向こうは蒼井さん。」


(あおい、さん?)


ハッとした。


驚きを隠して原さんの反対側に顔を向ける。そこには、さっき遠くから笑いかけてくれた若い女性職員が座っていた。仕事の手を止めて椅子をくるりとこちらに回し、胸に留めたIDカードを手で俺に向けてにっこりする。


(「蒼井」。名字か。)


「蒼井春希(はるき)です。去年の新人です。どうぞよろしくお願いします。」


そう言って、丁寧に頭を下げた。去年の新人ということは、俺よりも少なくとも一つは年上ということだ。


薄いブルーのワイシャツに紺のカーディガンを羽織り、グレーの膝丈のスカート。ふわふわとたっぷりした黒髪は広がらないようにピンで留められて、軽く波打ちながら肩にかかっている。髪型も服装も、きちんとした働く女性。


「よろしくお願いします。」


「あおい」という言葉でまだ大学生をやっている高校からの友人を思い出す。そう言えば、髪型が高校時代の彼女と似ている。


「それから、蒼井さんの前が古森(こもり)さん。そして、高品さんと東堂さん。」


男性の古森さんはかなり年上に見える。高品さんと東堂さんは少し落ち着いた雰囲気の女性だ。名前を憶えないと失礼だと思って頭の中で繰り返していたら、原さんにあっさりと「座席表はデスクマットにはさんであるからね」と言われた。


「わたしと組む仕事もあるので……あ、どうぞ座ってください。」


蒼井さんがにこにこと俺の椅子を引いてくれる。その口調や動きがやたらと楽しそうだ。ウキウキしていると言ってもいいような。文字に書いたら絵文字がたくさん付きそうだ。


「あ……、ありがとうございます。」


先輩に椅子まで引いてもらったりするのは申し訳ない。恐縮しながら原さんの方をうかがうと、先に座っていた原さんも面白そうな顔をしていた。


「必要そうな事務用品は、一応、用意しておいたんですけど……。」


腰掛けた俺に、蒼井さんが机の一番上の引き出しを開けて見せてくれる。そこには筆記用具やスタンプ台、付箋にはさみに定規その他、事務用品がきれいに整理して入れてあった。


「古いものばっかりでごめんなさい。新人さんなのに。」


申し訳なさそうな顔。蒼井さんはなかなか表情豊かだ。


「あ、いえ、いいんです、そんなこと。」


そんなふうに言われたら逆に申し訳なくなってしまう。


文房具なんか、使えるものであれば古くてもべつに気にならない。そんなことよりも、職場の人が俺を迎える準備をしてくれたということの方が嬉しい。蒼井さんの親しみやすい態度も。


「どうもありがとうございます。」


お礼を言うと、蒼井さんは嬉しそうににっこりしてくれた。


(ずいぶん可愛らしいひとだなあ。)


可愛らしいと言うよりも、子どもっぽいと言う方が当たっている気がする。パッと見た感じはそれほどではないけれど……。


目の上で切りそろえた前髪と少し丸みを帯びた顔。ぱっちりと丸い瞳は笑うと三日月形になる。小さめの口とふっくらとした唇。笑顔になるとほっぺたが両側に出っ張るシルエットになる。そして楽しげに、ときおり問いかけるように、首を傾げる様子。そのどれもが子どもっぽい。


プルルルル……と、俺と彼女の間にある電話が鳴った。


「はい。かもめ区役所税務課、蒼井です。」


(あ……。)


早かった。そして凛々しい。その変化に感嘆した。


はきはきした受け答え、声のトーン、用件に集中する表情。いつの間にか右手にシャーペンを持ち、相槌を打ちながらメモをとっている。それらはもちろん就活時代のセミナーやきのうまでの研修の中でも練習してきたことだ。でも、実際に現場で見ると、俺たちのやってきたことは単なる「練習」でしかなかったとわかる。それほど蒼井さんの電話応対は真剣で、それでいて自然体で、社会人としてはこれが当たり前なのかも知れないけれど、ただただ感心するほかなかった。


(頑張ろう。)


あらためて気を引き締めた。


「じゃあ、最初はロッカーに案内するよ。」


原さんの声で我に返った。


「そのあとうちの課の説明を簡単にするから。」

「はい。」


原さんのあとについて、カバンを持って立ち上がる。受話器を耳にあてたままの蒼井さんが、楽しそうにちらりと目くばせしてくれた。







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