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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第二章 仲良くなりましょう。
19/156

19 ◇ 月曜日の朝 ◇


(大丈夫かな……。)


月曜日の朝。


かもめ区役所の階段を上りながら、少し緊張している。着てきた服のことで。


きれいなレモンイエローの丸首半袖カーディガン。きのう、葵先輩が絶対に似合うからと言ってくれたけれど、わたしにはかなり冒険の色だった。いつも無難な茶系や紺、グレーなどを選んでいたから。


だって、自分にどんな服が似合うのかさっぱりわからない。そもそも容姿がパッとしないし。それに、公務員は地味にしていなくちゃいけないような気もしていたから……。


とは言っても、杏奈さんやほかの女性職員はけっこうお洒落だということは気付いていた。それぞれに、可愛かったりかっこよかったりしている。テニス部みたいに職場の外で会うときも、みんなちゃんと自分に似合う服を着てくる。そういうことを見てしまうとますます自信が無くなって、無難な服に走っていた。


そんなわたしに葵先輩が、たまたま通りかかったお店の入り口にあったこのカーディガンを見て、「これ、姫ちゃんに似合いそう!」と手に取ったのだ。そのままわたしに当ててみて、「顔色がきれいに見えるよ」「色も形も合わせやすいし」と薦めてくれた。


レモンイエローのようなきれいな色は少し恥ずかしい気がした。けれど、わたしの服のことで葵先輩が嬉しそうにしてくれていることが嬉しかったし、値段が手ごろだったこともあって、ドキドキしながら購入を決めた。


帰って包みを開けたら急に嬉しくなって、タンスからいくつも服を出して合わせてみた。そうしたら、葵先輩の言ったとおり、どんな色にもマッチするので楽しくなってしまった。コーディネートを考えることがあんなに楽しいと思ったのは初めて!


さっそく着てきたのは、早々にローテーションに組み込む必要があったから。それと、無理に買い物に付き合ってくれていた宇喜多さんにも見せた方がいいかなと思って……。


(変じゃないとは思うんだけど。)


今日は白い半袖ワイシャツとベージュのスカートに合わせてみた。でも、着こなしにはあんまり自信が無い。


(もう着てきちゃったから仕方ないよね。)


これとは別に、宇喜多さんに感謝していることがある。送ってもらったことももちろんそうだけど、わたしに希望をくれたこと。


宇喜多さんが言った「大学に行かなくたって遊べる」という言葉。あの言葉が、わたしの考え方をくるりと変えてくれた。


就職してからずっとわたしの中にあった絶望感。自分はこれからずっと、ただ朝から晩まで仕事をして生きていくんだと思っていた。友だちはみんな夢を追って、充実した大学生活を送っているのに――って。


けれど、宇喜多さんの言葉を聞いて気付いた。わたしにも楽しいことがあるって。


去年一年、花澤さんに面倒をみてもらいながら、ずいぶん笑った。テニス部でも、同期のつながりでも、楽しいことはたくさんあった。本当のことを言えば、一番年下の女の子ということで、みんなに大目に見てもらっていた部分もたくさんあるのだ。


要するに、今の人生を楽しむかどうかは、わたしの気持ちにかかってるってことだ。大学に行けなかったことでいつまでも自分を可哀想だと思っていたら、わたしはずっと可哀想なままになってしまう。でも、それをはずしてこの一年を振り返ってみたら。


自分のお給料で自立している。仕事もちゃんとこなせている。親切な人に囲まれている。縁が無いと思っていたテニスなんかをやっている。少しずつだけど、勉強だってしている。


けっこう幸せだ。


そう思ったら、もっと素直にいろいろなことを楽しもうと思えるようになった。きっとこれからも、楽しいことがたくさんあるに違いないって。


こんなに詳しいことを宇喜多さんに話すことはないだろうけど、感謝の気持ちをお返しできたらいいな、と思う。


(あ、いた。)


もうカウンターを拭いている。


姿を目にしたら、突然、思い出してしまった。きのうの帰りに、宇喜多さんに頭を触られたことを。


あれはとってもびっくりした。宇喜多さんは当たり前みたいな様子だったけど。


そりゃあそうだろう。宇喜多さんの心の中にはたぶん……。


それに、あれは自然な動きだ。「行こう」って。ただ、わたしは他人に触れられることに慣れていない。だから、ものすごく驚いてしまったし、今もまたドキドキしてきてしまったけれど……。


もたもたしていると余計に緊張しそうだから、ここは一気に行くべきだよね。


(何でもない、何でもない。……よし。)


「おはようございます。きのうはありがとうございました。」

「あ、おはようございます。あれ? その服……。」


(良かった! 普通だ! それに、覚えててくれたんだ!)


一気に緊張が消えた。


「あ、そうです。きのう、葵先輩に選んでもらったものです。」

「いいね、その色。雰囲気が明るくなるよ。」

「そうですか? 良かった!」


認めてもらえてほっとした!


「あれ? 姫、新しい服?」


ロッカー室から出てきた宗屋さんも気付いてくれた。


宗屋さんに「姫」と呼ばれるのはもう慣れた。でも、宇喜多さんの「先輩」の方は面倒になってしまったみたい。


「はい。これ、宇喜多さんのお友だちの先輩が選んでくれたんです。」

「へえ。その色、似合いますよ。そう言えば、先輩の友だちに会うって言ってたっすね。」

「はい。葵先輩って、すっごくかわいらしいひとなんですよ。」


葵先輩のことを考えると、自然と笑顔になってしまう。本当にかわいくて、やさしくて、楽しくて、素敵な先輩だから。


「へえ、いいなあ、かわいい彼女。宇喜多、写真持ってないのかよ?」


(あ!)


宗屋さんもそう思ってたんだ……。


「葵は俺の彼女じゃないよ。」


宇喜多さんは……苦笑してるだけ?


「違うのか?」

「違うよ。葵はマネージャーだったって言っておいたのに。きのう、集まった中に葵の彼氏もいたんだよ。」

「なんだ〜。俺はてっきり……。」

「蒼井さんも誤解してたんだよな。なんでだろう?」


本気で首をかしげている。こういうことがよく分からないから、宇喜多さんには彼女がいないのかな。とってもいいひとなのに。


(でも……。)


宇喜多さんは、葵先輩のことを話すとき、恥ずかしそうだったり嬉しそうだったりする。葵先輩のことをよく理解して、大事に思っているのを感じる。だから宗屋さんもわたしも、葵先輩は宇喜多さんの彼女なのだと思ったのだ。


きのう、葵先輩には別の彼氏がいると聞いて、その相河先輩と葵先輩が一緒にいるところも見た。二人はとても仲が良くて、やっぱりお似合いだった。


そして、宇喜多さんは相河先輩とも仲良くしていた。何もわだかまりなんて無いように見えた。


それでも。


わたしは、宇喜多さんは葵先輩のことが好きなんじゃないかと思う。


宇喜多さんは葵先輩を相河先輩から横取りしようなんて、絶対に考えないに違いない。それに、彼氏がいる葵先輩を、真面目な宇喜多さんが理由も無く誘ったりできるはずがない。だから、葵先輩がわたしに会ってみたいと言ったことは、宇喜多さんにとっては嬉しい話だったのではないかな……?


「そう言えばね、宗屋さん。その葵先輩が宇喜多さんのことを「さん」付けで呼んでいて、ちょっとびっくりしてしまいました。同い年なのに、珍しいですよね?」

「うぇ? 俺、学校の友だちに『宗屋さん』なんて呼ばれたこと無いっすよ。」

「俺だって、友だちの中では葵しかいないよ。あれはその……、よっぽど俺のことが怖かったんだと思うよ。」

「葵先輩は、尊敬の気持ちだって言ってましたけど。」

「ははは、いや、あれは絶対に怖かったんだと思うな。」


やさしい顔。葵先輩と初めて会ったときのことを思い出してる? きっと、何か思い出になるようなことがあったんだ。


「今の宇喜多には全然、怖そうなところなんか無いのになあ。」

「ああ、それは葵のおかげなんだよなあ。俺、葵に会ってから、雰囲気がやわらかくなったってよく言われたよ。」

「なんだか運命の出会いみたいですね。」

「あはは、それを言ったら相河が怒るよ。」


(笑ってるけど……。)


やっぱり宇喜多さんは、葵先輩のことが好きなんじゃないかな。自分を変えるほどの影響力があった女の子だもの。


「そう言えば、宇喜多さんがカラオケの曲を相談したお友だちって、相河先輩ですか?」

「え、わかった?」

「はい。相河先輩ならああいうことしそうです。」

「そうなのか。俺は信じたのになあ……。」


相河先輩も尾野先輩も宇喜多さんをからかうのが好きみたいで、宇喜多さんだってそれはわかっているようだった。それでも相河先輩にカラオケのアドバイスを頼むなんて、宇喜多さんには純粋なところがあるみたい。


「そうだ、宇喜多さん。」


税務システムの端末を立ち上げながら思い付いた。きのう、いろいろお世話になった宇喜多さんへのお礼。


「このカーディガンのこと、葵先輩に『ありがとうございました』って伝えてください。『これからの季節に大活躍しそうです』って。」

「ああ、はい。わかりました。」


(嬉しそうな顔するよね……。)


わたしからのお礼を伝えるっていう用事があれば、葵先輩に電話をかけることができるものね。


(でも……。)


葵先輩は、どうして宇喜多さんを好きにならなかったんだろう。


そりゃあ、相河先輩の方が背が高いし、目鼻立ちもくっきりしている。髪型や服装もおしゃれでかっこいい。おしゃべりも上手だし、やさしくて、よく気が付いて、絶対に女の子にモテると思う。


でも、宇喜多さんの価値は違うところにあると思う。


落ち着いた雰囲気とか、誠実さとか、穏やかな性格とか……やさしいところも。葵先輩が宇喜多さんを頼りにしているのも、そういうところを認めているからだよね?


(それでも相河先輩のことを好きなんて……。)


そんなに相河先輩って素敵なひとなのかな? わたしにはよくわからない。


(わたしだったら……。)


もしもわたしが葵先輩の立場だったら、という仮定の話だけど。


相河先輩よりも宇喜多さんを選ぶけどな。







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