17 楽しんでくれて良かったけれど…。
「宇喜多の真面目は筋金入りだからなあ。やっぱり今もそのままか。」
「はい。とっても真面目です。ときどき心配になるほど。」
「こら宇喜多! 後輩に心配されるほど真面目って、やり過ぎだろ!」
(やっぱりなあ……。)
あきらめの気持ちでサラダをつつく。蒼井さんをこの中に連れて来たら、俺の話題になることはわかっていた。
(それに、蒼井さんは職場では先輩だよ。)
年下でも、一年間の社会人経験を積んだ蒼井さんは立派な先輩だ。
「俺はそんなに真面目にしてないよ。」
「うそをつくな! 姫ちゃんが言ってるじゃないか、心配になるって。」
「あの、すみません、相河先輩。わたしが勝手に心配してるだけで――」
「いや、心配させるような宇喜多が悪い。次のときは頭をスッパーンと叩いてやればいいんだよ。こうやってさ、スッパーンと。」
「そんな! 無理です!」
「平気だよ〜、宇喜多は怒らないもん。な〜っ?」
相河はやっぱり女の子の相手が上手い。俺にはとても無理だ。
「ほら春吉、ピザが来たぞ。冷めないうちに食え。」
「あ、はい! ありがとうございます。」
(尾野は「春吉」だし……。)
紹介したときに葵が「姫ちゃん」と言ったら、それはイメージと違うと言い放った。そして、蒼井さんに名前を聞くと、すぐに「春吉だな」と名付けてしまった。失礼だと思ってびっくりしたけれど、蒼井さんはそれが気に入ったらしくてさらに驚いた。
「うわ、あつい。からい。けほ。」
「何やってんだよ。タバスコかけ過ぎたな? ほら、水。」
「こほっ、ありがとうございます。」
(まあ、かわいがってるんだからいいけどさ……。)
ああいうかわいがり方も俺には無理だ。
(それに、蒼井さんは楽しそうだし。)
笑顔も笑い声も、いつもより元気いっぱいだ。
(あ。)
こっちを見た。楽しそうににこにこして。
「宇喜多さん。食べてます?」
「うん。」
うなずくと、ますます嬉しそうな笑顔に。
「楽しい?」
訊かずにはいられなかった。
「はい!」
これこそ十九歳の笑顔だ。
連れてきて良かった。蒼井さんが楽しいなら、俺も嬉しい。
「姫ちゃん、宇喜多さんと一緒にテニスやってるんでしょ? 宇喜多さんのテニスってどんな感じ?」
「あ、きのうで二回目だったんですけど、とってもきれいなフォームなんです。見惚れちゃうくらい。」
「蒼井さん、褒めすぎだよ。」
「いいえ! そんなことないです! わたしの目標なんです。」
そんなに真剣に言われると、さすがに恥ずかしい。
「宇喜多が大学でテニス部に入ったって聞いたとき、藁谷がすっげぇ怒ったよな?」
「あ〜、そうそう。『バレーを捨てて、チャラチャラしたテニスを選ぶのか! 裏切り者!』って。ははは!」
藁谷は俺たちの代のキャプテンだ。うちのバレー部の人気が他の運動部にくらべて今一つパッとしなかったせいで、ほかの種目にライバル意識を持っていた。今は遠くの大学で大学院に進み、下宿生活を送っている。
「うちのテニス部はチャラくなんかなかったよ。本気の体育会だったから、練習はきつかったし。」
「わかってるよ。だいたい、宇喜多がチャラいサークルなんかに入るかよ?」
「宇喜多のことだから、毎日、素振り一万回とかやってたんだぜ。なあ、春吉? そう思うだろ?」
「ああ! それであんなにきれいなフォームなんですね。さすが宇喜多さんですね。」
(え!? 蒼井さんまで!?)
目が合ったら、蒼井さんはいたずらを見つかった子どもが大人の機嫌をとるみたいに微笑んだ。俺も思わず笑い返しそうになったけれど、それを飲み込んで、わざと気難しい顔をしてみせる。
「蒼井さんの方が、俺よりも真面目ですよ。」
「え!? そんなことないですよ。宇喜多さんにはかないません。」
「そんなことないよ。俺は宿題を忘れたことがあるし。」
「それを言うなら、わたしは宿題をわざとしなかったことがありますよ。」
「わざと?」
「はい♪ 先生に腹が立ったので。」
蒼井さんが得意気に胸をそらした。
「宇喜多さんのは<うっかり>ですけど、わたしのは確信犯ですから。」
「お前たちなあ。」
見ていた尾野が呆れた様子でため息をついた。
「その程度で真面目じゃないなんて言うなよ。」
「え!? これじゃダメですか?」
「俺だって一回じゃないんだぞ?」
「そんなことを自慢してるあたりが、すでに真面目なんだよ。」
(そうなのか……。)
なんとなく、蒼井さんと顔を見合わせた。どちらもそれ以外の真面目じゃない事例が見つからないようだ。
「ぷ。宇喜多と姫ちゃんって似てるなあ。」
「あ、わたしもそう思ってた。独特の雰囲気があるよね。」
一瞬、きょとんとした蒼井さんが、そのあとすぐににっこりした。
「それは嬉しいかも、です。」
(え……?)
トクン、と鼓動が聞こえた。ふと周囲の音が消え、けれど次の瞬間にはまたにぎやかな空間に戻っていた。
「宇喜多さんってきちんとしてるし、絶対的に信用できる感じがしますよね。宇喜多さんと似てるっていうのは、わたしには褒め言葉です。」
(うわ、そんな。)
恥ずかしくなってしまう。そんなにきっぱりと言われると。……と思っているうちに、顔が熱くなってきた。こうなると、「見ないでくれ!」と祈るしかない。
「宇喜多さんのことは心から信頼して大丈夫だよ。」
葵が笑顔で保証してくれている。
「わたしもね、特に大事なことは宇喜多さんに相談するの。」
「え? 葵先輩……そうなんですか?」
蒼井さんはちらりと相河を見た。気付いた相河はニヤニヤ笑うだけ。
「だって、相河くんはふざけるんだもん。本気で相談してるときはとっても困るよ。宇喜多さんならどんな相談でも真面目に考えてくれるもん。」
「それは有り難いですね。」
「ま、俺みたいに面白味はないけどな。」
また相河がやきもちをやいている。葵がどんなに俺を褒めたとしても、一緒にいたいと思うのは相河だけだ。なのに、いつまでたっても俺にライバル意識を持っているのだから、相河のやきもちこそ筋金入りだ。
「宇喜多は女子に人気があるんだよなあ。」
「なんで尾野がそれを言うんだよ? 人気があるのは自分だろ?」
この店に来てからだって、周囲の女性の視線がたびたび向けられているのだ。
「普段は存在感無いけど、いざってときにハッとさせたりするんだよ。」
「そうか?」
そんな覚えはまったく無いが。
「お前のその真面目さがさ。みんなの前でズバーンと本質を突くようなことを言ったりすると、かっこよく見えるんだよ。」
「ふうん。」
「じゃあ、モテたんですね?」
(え?)
気付いたら、蒼井さんが目をキラキラさせていた。やっぱり女の子だ。こういう話が好きらしい。
「そんなことな――」
「もちろん、モテたよ!」
(葵……。)
葵の表情が輝いている。こっちもやっぱり女の子だ。
「ほら、九重の文化祭って、二年生が劇をやるじゃない? あのときに宇喜多さんは主役をやってね。」
「わあ、そうなんですか! すごい!」
「でしょ? 学園推理もので、なぞ解きをする生徒会長の役だったの、メガネをかけて。それを見てた客席の女の子たちがみんなため息ついて見惚れちゃって。」
「うわあ、じゃあ、とってもかっこよかったんですね!」
「いや、あれはお芝居だし――」
「あのあとも、部活のときに女の子たちがのぞきに来てたり、わたしも『宇喜多さんには彼女いるんですか?』なんて訊かれたりしたよ。」
「へえ……。」
「でもあれは、みんな劇の俺と勘違いして――」
「そんなことないよ! だいたい、宇喜多さんを主役に推したのも女子だったんでしょ?」
「う……、まあ、そうだけど……。」
この様子だと、どんなに反論しても無駄らしい。
「ははは! まあ、宇喜多はそういう女子のこと、全然、わかってなかったからなあ。」
「そうそう! バレンタインにもらったチョコレートを見ながら、『どうしてよく知らない相手に渡す気になるのか理解できない』なんて首ひねってたよなあ、たしか。」
「それは今だって理解できないよ。」
相手の本当の姿を知らずに想いを寄せるなんて、あり得ないと思う。しかも、それを相手に伝えるなんて。
「もしも『じゃあ、付き合いましょう』となったとして、そのあとに想像と違うとわかったら、別れなくちゃいけないじゃないか。そんなの、お互いに嫌な思い出を残すだけだろ。」
相河と尾野が呆れたように視線を交わす。
「宇喜多さんって本当に真面目でしょ?」
葵が蒼井さんに言うのが聞こえた。
「だから、大袈裟なこととか、冗談を言うときは気を付けてね? なんでも信じちゃうから。」
「あ、はい。」
蒼井さんが真剣にうなずいている。
「大丈夫だよ。いくら何でも、俺だって冗談と本気の見分けくらいつくよ。」
「いやいや、無理無理! 春吉、宇喜多のこと頼んだぜ。変な勘違いしてないか、ちゃんと見張っててくれよな?」
「あっ、はい! 頑張ります!」
蒼井さん。
それこそ冗談と本気がわかってないんじゃないかな……。




