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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第二章 仲良くなりましょう。
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16 ◇ 初めまして、先輩 ◇


五月なかばの日曜日、午後三時。横崎駅の西川線改札口前。宇喜多さんの紹介で九重高校の先輩たちと会うことになった。


「始めまして。藍川葵です。」


最初に会った葵さんは、楽しげに瞳をきらめかせた可愛らしい女のひとだった。サーモンピンクの七分袖のセーターとひざ下丈の白いギャザースカートの組み合わせは、少女っぽいのに大人っぽい。ふんわりとカールした髪もよく似合っていて、とてもうらやましい。ボートネックのボーダーTシャツとスリムジーンズなんて地味な服装しか無い自分が少し悲しい。


(でも。)


葵さんはわたしの服装なんて気にしていないみたい。やさしくにこにこしているもの。


今日は葵さんとウィンドーショッピングのあと、男の先輩たちと合流してご飯を食べることになっている。わたしが慣れやすいようにと葵先輩が考えてくれたそうだ。


「初めまして。蒼井春希です。宇喜多さんにはいつもお世話になっております。」


お辞儀をしている隣から、宇喜多さんの「いや、お世話になってるのは僕の方で」と慌てた声がする。顔を上げると、葵さんがくすくす笑っていた。


「あのね、わたしのことは『葵先輩』って呼んでくれる? 名字があとで会うひとと被ってるの。それに、女の子の後輩が嬉しいから。」

「あ、はい。」


やさしそうで、とってもいいひとみたい。そりゃあ、宇喜多さんの彼女さんなら当然かも知れないね。


それに、話し方も女の子っぽくて可愛らしい。男子バレー部のマネージャーだったと聞いたけど、こんなひとがマネージャーだったら、部員はすごくやる気が出るんじゃないかな。


(葵先輩か……。)


「先輩」という響きがけっこう嬉しい。学校時代に戻ったみたいで。職場でのことを考えると、宇喜多さんに使えないのは残念だな。


「わたしは何て呼ぼうかな?」


(あ、そうか。)


わたしの名字も呼びにくいに決まってる。先輩と同じ音なんだから。


「あの、職場では『蒼ちゃん』って……。」

「え〜、そんなのつまらない。」


(わ、かわいい。)


そんな言い方ができるなんてうらやましい。


「宇喜多さん、何か無いの?」


(あれ? 宇喜多「さん」?)


同い年なのに?


「ああ、俺の同期が……」

「何かあるの?」


(え!? まさかあれを!?)


「だめだめだめ! 宇喜多さん、言わないで!」

「え? ふふっ。」

「やだやだ、だめ。言っちゃダメ。」


二人の間に割って入って遮る。でも。


「『姫』って呼んでる。」


笑いをこらえながら宇喜多さんが言ってしまった。


「姫?」


(わ〜ん!)


イメージが違い過ぎて外で呼ばれるのは恥ずかしいのに!


「かわいいね、それ! それにしよう!」

「え、でも。」


(かわいいのは先輩の方なのに……。)


困っているわたしの横で、葵先輩は嬉しそう。


「そうだなあ、姫ちゃんがいいかな、語呂がいいし。ね?」

「でも……。」

「いいの。決まり♪ 宇喜多さんも『姫』って呼んでるの?」

「え? 俺は……」


そこで目が合った。……と思ったら、宇喜多さんが申し訳なさそうに肩を落とした。


「すみません、蒼井さん……。」


わたし、そんなに情けない顔をしてたのか……。


「……いいえ、いいです、もう。」


自分の彼女の嬉しそうな表情を見たら何も言えないに決まってる。


(うん。本当にもういいや。)


まあ、「ちゃん」が付いていれば、そんなに変じゃない気もするし。


「『蒼井さん』って呼んでるの? 宇喜多さんも姫ちゃんって呼ぼうよ。」

「う、あ、いや、俺はいいよ。」

「どうして? 同期のお友だちは呼んでるんでしょ?」

「そうだけど、職場では呼びにくいよ。」

「そう? いいと思うけどなあ。」


(仲良しだなあ。)


思わず微笑んでしまうほど。


宇喜多さんの困った様子がちょっと気の毒。自分の彼女の前でわたしに馴れ馴れしくしないように気を遣ってるんじゃないかと思うけど。葵先輩は気が付かないのかな? だとしたら、話題を変えてあげた方がいいかも。


「あの。」

「ん?」

「なあに?」


二人が同時にこちらを向いて微笑んだ。やさしい表情もよく似ているし、タイミングまで合うなんて、本当に仲良しだ。


「あの、葵先輩はどうして『宇喜多さん』なんですか? 同い年なのに。」

「え? ああ、そうだよね、うふふふ。」


楽しそうに思い出し笑いをする葵先輩と苦笑する宇喜多さん。あたたかい雰囲気が二人を取り巻く。


「僕が気難しい顔をしていて、葵を怖がらせちゃったんですよ。」

「違う違う、違うんだよ。あのね、宇喜多さんって真面目そうでしょ? 『宇喜多くん』なんて、恐れ多くて言えなかったんだよ。」

「同じことじゃないのかよ?」

「違うよ。怖いんじゃなくて、宇喜多さんへの尊敬の気持ち。」


(いいなあ……。)


尊敬できるひとが彼氏だなんて。しかも、高校でそんな相手を見付けられたなんて。


「あ、ちなみに、宇喜多さんとわたしはお付き合いしてないからね?」


(え!?)


「違うんですか!?」

「え!? そう思ってたんですか!?」


わたしは二人を、宇喜多さんはわたしを驚いて見つめる。


「やっぱり勘違いしてた?」


葵先輩が可愛らしく首をかしげる。その隣で宇喜多さんは何とも言えない顔をしていた。


「宇喜多さんがわたしを名前で呼ぶのは、バレー部に同じ名字のひとがいたからなんだよ。」

「ああ、あとでお会いする……。」

「そうそう。でね、そのひとがわたしの彼氏だから。ね、宇喜多さん?」


宇喜多さんがコクコクとうなずいた。


「あ、そ、そうなんですか。」


ここで言ってくれて良かった……。


「宇喜多さんのことだから、ちゃんと説明してないと思ったんだよねー。」

「そうですね……。」


(あんなに仲良しなのに彼氏じゃないんだ……。)


じゃあ、宇喜多さんには彼女はいないのかな? 葵先輩が何も言わないってことは……。


(でも、あのとき赤くなってたのになあ……。)


「それじゃあ、行こうか。姫ちゃんは見たいお店とかある?」

「え? ええと、あんまりお買い物とかはしてなくて……。」

「そう? じゃあ、雑貨屋さんをまわってみようか。アクセサリーとかポーチとか文房具とか……宇喜多さん、どうしたの?」


歩き出そうとした葵先輩が振り向いた。


「え、あの、俺はここで別れて、あとでまた――」

「何言ってるの? 一緒に行くんだよ。」

「え? でも俺、邪魔じゃないかと――」

「そんなことあるわけないでしょ。それに、宇喜多さんがいなくなったら姫ちゃんが心細いじゃないの。」


呆れたようにそう言ったあと、葵先輩はわたしに小声で言った。


「ほら、心細そうな顔して。」

「え? あ。でも。」


そんなこと言われても、どうしたらいいのかわからない。もちろん一緒にいてもらえれば心強いけど、女の子のウィンドーショッピングに付き合うのは退屈だろうと思うし……。


(宇喜多さん、どうしましょう?)


困って宇喜多さんを見る。すると、目が合った宇喜多さんは数秒迷ったあと、力を抜いて微笑んだ。


「いいですよ。僕もお供します。」


葵先輩がそれを聞いてわたしにウィンクした。


「そうだよ、宇喜多さん。なんたって『姫』なんだから、お付きのひとがいなくちゃね。」

「はいはい。せいぜい頑張って守らせてもらいます。」

「むー。そんな言い方、姫ちゃんにしていいの?」

「い、いや、すみません、蒼井さん。そんなつもりじゃ――」

「いえそんな、いいんです、わたしのことは。」

「いいから、姫ちゃんは威張ってなさい。宇喜多さん、ちゃんとついて来てね。」

「了解。」


真面目な宇喜多さんも、葵先輩には弱いみたい。


(でも……。)


歩きながらこっそり宇喜多さんを見たら目が合った。それからちょっと肩をすくめて微笑んでくれた。


(やっぱり一緒にいてくれた方が心強いな。)


葵先輩はやさしいけれど、初対面だもの。


そういうところに気付かない宇喜多さんだから、葵先輩は宇喜多さんのことを好きにならなかったのかな……?







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