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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第九章 一緒に幸せに
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149 蒼井さんの誕生日 その2


定時になると、ふたりとも何事も無いような態度で仕事を切り上げた。もちろん、職場では一緒に出かける話などしていない。席を立つときも合図や目配せなどもしなかった。


それでも、先輩たちがどう見ているのか気になってしまう。誰も何も言わなかったけれど、気付かれているのだろうか?


気付かれていたら恥ずかしい。冷やかされなくても、いないところでウワサされているかも知れない。それを考えると挙動不審になりそうなので、気付かれていないと思いこむことにしよう。


途中で一緒になった知り合いと別れて横崎駅で降りたとき、蒼井さんは最高ににこにこしていた。事前に下見に行った話をしてあったので、そこからあれこれ想像していたらしい。


「あのね、梅酒を飲んでみたいんです」


まるで秘密を打ち明けるように彼女は言った。


「杏奈さんが美味しいって言ってたし、注文するとき『ロックで』って言いたいから」

「ロック? 氷だけでいいの? 炭酸で割った方が飲みやすいと思うけど」

「いいんです。だってカッコいいじゃないですか。慣れてるみたいに見えて」


とても楽しそうだ。要するにこれは彼女の憧れなのだ。


「じゃあ、そこは蒼井さんに言わせてあげるね」


そのくらいのことならお安い御用だ!


店のある駅前のビルの七階に着いたところで、用意してあったプレゼントを取り出した。ポケットのふくらみがずっと気になっていたけれど、気付かれずに来られてほっとした。


「二十歳、おめでとう。何にしようかすごく迷ったんだけど……」


ほっとしたのも束の間、今度は照れくさいのと気に入ってもらえるかという不安で落ち着かなくなってしまう。


白に銀色の模様が入った包装紙に真っ赤なリボンをかけた小さな箱。俺の手に乗ったそれを見て、蒼井さんは戸惑いの表情を俺に向けた。アクセサリーだと気付いて警戒しているのかも知れない。


「ええと、心配しなくていいよ。婚約指輪じゃないから」


自分の不安も消したくて、ふざけ気味に言ってみる。


「あの……、でも、高いものでは……?」


困った様子で彼女が言った。こういうことを言われるのではないかと予想はしていた。


「そんなに高価なものじゃないよ。……って言ったら変かな? プレゼントなのにね、はは」

「でも、わたしが宇喜多さんにあげたものに比べたら、ちょっと……」

「バランスが取れない?」


彼女が上目づかいにうなずいた。


「でも、今日は特別だよ、二十歳の誕生日なんだから。一生に一度だよ?」

「くふ、宇喜多さん、どの年齢でも一生に一度ですよ」


冗談を言いながらも彼女はまだ手を出さない。


「本当言うとね」


そこでちょっと声を落とした。蒼井さんがそれに応じて軽く耳を向ける。


「俺、ボーナスの使い道が無いんだ」


ささやくと、蒼井さんが何とも言えない顔をした。


「とりあえず必要なものは足りてるし、家には普段入れてる分で十分だって言われたし。あとは貯金するしかないんだよ。でも、それってつまらなくない? せっかくもらったのに」

「まあ……、うーん……」

「もちろん、貯金しておけば結婚資金になるからいいんだけど、やっぱり少しは楽しいことに使いたいんだよね」

「ええ、まあ、それは……そうですね……」


曖昧なうなずきが返ってくる。


「だから蒼井さん。これ、もらってください。俺の一番楽しい使い道ってこれなんだ。蒼井さんに喜んでもらうこと。ね、お願い!」

「え、そんな、宇喜多さん、お願いだなんて、逆ですから」


あわてている蒼井さんも予想どおりだ。


「じゃあ受け取って」

「うーん……」


まだ迷ってる。


「それなら、値段言ったら受け取ってくれる?」

「え」

「一万五千円」

「は、はあ」

「ウソじゃないよ。どう? このくらいの値段なら受けれるでしょ?」


少し驚いた顔のまま、彼女はこくこくとうなずいた。値段よりも俺の勢いに押されたのかも知れないけれど。


「ふふふ、宇喜多さん……」


あきらめた様子で彼女が笑った。それはそうだろう。プレゼントの値段をわざわざ告げるなんて――しかも、安いことを説明するために――普通とは違う。


「ありがとうございます。いただきます」


包みを手に乗せてあげると、彼女はそれを見てゆっくりと微笑んだ。きっと「つぼみがほころぶように」という表現は、こういうときに使うのではないだろうか。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」


気に入ってくれるだろうか? 俺はとても彼女っぽいと思って選んだのだけど……。


解かれたリボンと包装紙を受け取り、現れた水色の箱のふたを開ける彼女を息をひそめて見守る。


「うわあ、かわいい……」


目を輝かせた彼女に今度こそほっとした。


取り出されたネックレス。ピンクゴールドの細いチェーンの先には小さな星と赤い石が一つ。


「蒼井さん、指輪もピアスもしないけど、それはいつもつけてるよね? だから選んだんだけど……」


本当はアクセサリー売り場に行くのも初めてで、おどおどしどおしだった。商品は見たいものの店員さんの笑顔が逆に恐ろしくて、黙って通り過ぎてしまおうかとも考えた。でも。


「とってもかわいいです。すごく嬉しい」

「良かった」


あそこで踏ん張った甲斐があった……。


蒼井さんはその場でネックレスを着け替えてくれた。オフホワイトのセーターにやわらかい光沢のピンクゴールドが良く映える。星の飾りも、思っていたとおり、彼女の雰囲気に似合っている。


「本当に嬉しいです。ありがとうございます」


スマホのカメラで胸元を確認した彼女がもう一度お礼を言ってくれた。俺にとってはその笑顔がネックレスの何倍もの価値がある。


「じゃあ、お店に入ろうか」

「はい」


いよいよ蒼井さんの初アルコールだ!


店では窓側の席に案内してくれた。大きくとられた窓からは駅前広場のクリスマスツリーも見下ろせる。夜景に感嘆の声を上げる蒼井さんと一緒に外を眺めながら、俺は蒼井さんのその反応が嬉しくて仕方がなかった。


注文を取りに来た店員に梅酒を頼むと、蒼井さんの希望どおり「飲み方はどうしますか?」と尋ねられた。それに「ロックで」と答えた彼女のいかにもさり気ない風の態度に、俺は思わずニヤリとしてしまった。彼女はそんな俺に誇らしげに目配せをした。


梅酒の大ぶりなグラスが届くと、蒼井さんは満足そうに微笑んだ。俺はハイボール。いよいよ乾杯だ。


「二十歳の誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます」


軽くグラスを合わせ、そのまま彼女の一口目を見守る。


ゆっくりグラスに口を付け、真面目な表情でそっと試すように傾ける。明るいオレンジ色の液体が唇に触れ、氷がゆらりと動いた。


「……甘い…………美味しい!」


目をぱっちり開けてにっこりする。


「うん。美味しい。これ好き」


うなずいて、もう一口。どうやら口当たりが気に入ったらしい。


「お酒の味って特に無いんですね。普通のジュースみたい」


そう言って、もう一口。


「あはは、まあ、ゆっくりどうぞ」


口当たりは良くてもアルコール度数は低いわけじゃない。


「でも、飲み比べてみたいんです。これ」


そう言って示したメニュー帳には梅酒が五種類。


「これ全部?」

「はい」


大きくうなずいた。


「あと、どれくらい飲めるのか確認しておきたいから」


まるで大事な実験をするみたいな真剣さだ。こんなときでも彼女は大真面目なのだ。


(分かるけどね……)


蒼井さんが言っているのは、たぶん、限界まで飲んでみたいという意味だろう。そんな飲み方をしたら、お酒の効果は分かっても楽しめるかどうかは分からないし、嬉しくない結果になる可能性もあるのに。


でも、彼女がこの日をとても楽しみにしていたことを思うと、真正面から「やめておいたら」などと言ってがっかりさせるのは可哀想だ。


「まあ、飲める量を知っておくのは悪くないけど、今日じゃなくてもいいんじゃないかな」

「うーん、でも、早いうちに知っておいた方が良くないですか? それに、今日は宇喜多さんと一緒だから安心かなーって」


(うわあ……)


そんな目つきをされたら、蒼井さんを酔わせてみたいと思ってしまう。いつもよりも甘えてくれたりするのだろうか? それとも眠っちゃうとか?


(いやいや)


気を確かに持たないと!


「うん。もちろん責任を持って送るから、そこは心配いらないよ。でも、気持ち悪くなるとつらいよ?」

「あ、そういうこともありますね」


そこは思い付かなかったのか。ときどき急性アルコール中毒で救急車が呼ばれたニュースも流れるのに。


「まあ、大丈夫かも知れないけど、とにかく急いでは飲む必要ないよ。宴会と違って時間制限が無いから。お腹が空いたまま飲むと酔いが早くまわるって言われてるし」

「はい、分かりました。……あ、そうか」

「ん?」

「また来れるんですよね?」


途端に明るい笑顔が戻る。


「もちろん。何度でも連れてきてあげる」

「はい!」


いつかアラビアンの店にも……と心の中でささやく。


「じゃあ、様子を見ながら飲みます」

「そうだね。あ、料理も来たよ」


通路を隔てる縄のれんをくぐって店員が現れた。


「海藻サラダに卵焼き、国産豚の蒸し鍋でございます」


テーブルに並べられる料理と店員の説明に蒼井さんの目が輝く。この様子だと、お酒ばかり飲んでしまう心配はなさそうだ。


「蒸し鍋って初めてです〜」


わくわくした表情で店員が火を点ける様子を見守っている。こんなふうに些細なことでも楽しんでしまう彼女が本当にかわいくて、大好きだ!


「じゃあ、食べようか。この卵焼きが焼き立てで美味しくてね。はい、どうぞ」

「あったかい卵焼きって初めてです。自分ではお弁当用にしか作らないから。わあ、ふわふわしてる」


楽しんでくれて良かった。下見をしたのは正解だった!







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