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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第九章 一緒に幸せに
148/156

148 蒼井さんの誕生日、開始!


月曜日。とうとう蒼井さんの二十歳の誕生日だ。


この記念すべき朝の最初に彼女が会う相手が俺だということが非常に誇らしい。


「おはようございます」


電車でのあいさつはいつものとおり、仕事モードだ。そのあと、小さい声で「お誕生日、おめでとうございます」と付け足した。生年月日は個人情報だから……というのは二番目の言い訳で、本当は周囲の乗客に俺たちの関係を知られるのが恥ずかしいからだ。


「ありがとうございます」


と、彼女も小声で返してくれた。いつもよりも数倍の笑顔と一緒に。けれど。


(あれ?)


すぐに憂い顔でため息をついた。


「どうしたんですか?」


期待していたのだけど。金曜日のファーストキスのあと、会うのは初めてだから。彼女がどんな表情を見せてくれるのだろう、と。


けれど、あれが気にならなくなるくらい憂うつなことがあったらしい。


彼女はもう一つため息をついて、がっかりした様子で話してくれた。


「きのう、家族で食事に行くってお話ししましたよね?」

「ええ。中華街に行ったんですよね?」

「そうです。でも、知らない人が来てたんですよ。なんだか疲れちゃった」

「知らない人……?」


蒼井さんの誕生会だったはずだ。なのに、本人が知らない人って……?


「紙山さんは来るとは思ってたんです。でも、関係無い人を連れてくるとは思いませんでした。お母さんは聞いてたみたいだけど……」

「関係無い人?」


紙山さんというのが蒼井さんのお母さんの友人だというのは分かっている。その人が彼女の父親代わりのような気持ちでいるらしいということも。でも……?


「紙山さんの甥御さんですって。係長に昇任が決まったそうで、ついでにお祝い…みたいな」

「へえ……」


二つのお祝いを一つの会場でやったということらしい。だとすると、紙山さんとしては食事代が一回分、浮くわけだ。いや、きのうの会は蒼井さんのお母さんが設けた席かも知れないから、紙山さんは負担していない可能性もある。……なんていうのは意地の悪い想像かな。


けれど、お祝いの席に知らない人を連れてくるなんていうのは、彼女に対して配慮が足りないのではないだろうか。


「じゃあ、料理はあんまり楽しめなかったんですね」

「あ、いいえ。それは別です。紙山さんとお母さんが少ししか食べないから、わたしと弟でみんな食べちゃいました」


蒼井さんが思い出した様子で笑顔になった。


「北京ダックもフカヒレの姿煮もあったんですよ。チャーハンも蟹のあんかけで、すごく美味しかったんです。前菜から全部、盛り付けもやたらと高級っぽくて」

「そうなんですか。それなら良かったですね」


無邪気な笑顔を見られてほっとした。


「そんなに良いものを食べた後だと舌が肥えちゃって、今日のお店はいまいちかも知れないな」

「いいえ、そんなことないです」


そこでちらりと周囲に視線を巡らし……口の動きだけで伝えてくれた。


―――宇喜多さんと一緒だから。


その瞬間、頬がぱあっと熱くなった。同時に、食事のあとに彼女を送ることを考えて胸も熱くなった。こんなふうに思ってくれるなんて、俺はなんて幸せなんだろう! ……と、思っていたら。


「姫、二十歳おめでとう」


職場に着くと、宗屋が照れくさそうに小さな紙袋を差し出した。


宗屋の照れた顔なんて初めて見た。思いがけないプレゼントに喜ぶ蒼井さんを見ながら、少しばかり嫉妬してしまう。


「いや、まあちょっとだけ……。チョコレートだから夜にでも食ってくれよ」

「はい! ありがとうございます。すごく嬉しい♪」


なんて嬉しそうな顔をするんだろう。俺にもそんな顔をしてくれるだろうか。


(俺もこんなふうに渡しちゃえば良かったかな……)


夜にと思っていたけれど、なんだか新鮮味が無くなってしまった……。





昼休みの終わりごろ、四階のエレベーター前で「すみません」と呼び止められた。


「蒼井春希さん……はこちらの階ですか?」

「はい、そうです」


スーツの上に黒いビジネスコートを羽織り、ビジネスバッグを提げた男性。


「今、いらっしゃるでしょうか? 休憩時間だとは思うのですが……」


腰の低い物言いは一般の市民とは違う。何かの営業といった雰囲気だけど……?


(何の用だ?)


名指しでやって来るなんて。


でも、職場の場所も知っていたみたいだし、つまり、蒼井さんと事前に接触があったということなのか。生命保険とか……?


「確認してまいります」

「すみません。ありがとうございます」


ほっとしたようにその人は名刺を取り出し、慣れた手つきで差し出した。


「こちらをお渡しいただくとお分かりになると思います」

「かしこまりました。どうぞお掛けになってお待ちください」


向きを変えながら、名刺にさり気なく視線を走らせる。


『イーグル証券(株)営業第一課 主任 紙山貴博』


(証券会社?)


蒼井さんが契約しているのだろうか。投資をやっているなんて聞いたことは無いけれど。


(ん? 紙山……?)


頭の中で読み上げてみたら聞き覚えがある。すごく最近……。


(……紙山! 紙山さん?!)


振り返りたい衝動をぐっと抑えた。


(今の人はおじさんじゃなかった。ということはもう一人の方だ! きのう初対面だったっていう!)


蒼井さんは奥の衝立の中にいるはずだ。今日もお弁当を持っていたから。


(あんな人だったんだ!)


見た目は普通の感じだった。これと言った特徴は無くて――。


「蒼井さん、蒼井さん!」


小声で叫びながら衝立の陰に飛び込むと、紙パックのジュースを飲みながら読書中だった蒼井さんが顔を上げた。


「この人が来てます!」


不思議そうに名刺を受け取る蒼井さん。…と、目をぱっちりと開けて、確認するように俺を見上げた。


「きのうの人じゃないですか?」

「そうみたいだけど……なんで? 何の用だろう?」


蒼井さんにも心当たりは無いようだ。


「分かりません。蒼井さんに会いたいそうです」

「もしかして、株を買わせたいのかなあ?」

「蒼井さんにですかあ?」


思わず声が大きくなってしまった。蒼井さんは株式売買などに興味を持つタイプではないし、投資にまわせるお金の余裕も無いはずだ。


「うん。きのう、しきりに勧められたから。きちんと勉強すれば危なくないって」

「二十歳のお祝いの席で株を勧められたんですか?」


初対面で話題が無かったのかも知れないけれど、いくら何でもそれは無粋じゃないだろうか。お祝いの席でお金の話だなんて。


「まあ、わたしも適当に話を合わせていたから……あ、行かなくちゃ。待ってるんですよね?」

「あ、そうです」

「ありがとうございます。行ってきます」


小走りに出て行く背中に、心の中で「簡単に了承しちゃだめですよ!」と声をかけた。


カウンターから出た蒼井さんにさっきの男――紙山さんの甥御さんが笑顔で歩み寄る。お互いに笑顔であいさつを交わし、何やら楽し気に話し始めた。


(会話……弾んでる?)


営業職だけあって、話を続けるコツも心得ているのだろう。年齢は……原さんより少し上か。係長になるそうだから、仕事もきちんとこなしているのだろう。


じっと見ているわけにもいかないので、給湯室に行きながら二人のそばを通ってみた。


(ふうん)


会話の中身はきのうのお礼やお詫びなど、たいしたことがなかった。ふたりの態度も儀礼的な域から出ていない。特に、蒼井さんが対市民用の対応であるのは間違いない。


(近くに来たから寄ったってところかな)


営業職ならそういうこともあるのかも知れない。もしかしたら、蒼井さんを通して新しい顧客を増やせないかと考えているとか?


席に戻ってきた蒼井さんは証券会社の紙袋を下げていた。


「……どうしたんですか、それ?」


もしかして粗品? 口先上手く乗せられて、契約してしまったのだろうか。


「誕生日のプレゼントだそうです」

「プレゼント? 誕生日の?」

「はい。きのうは急に決まってお邪魔したからって、お詫びも兼ねてみたい」


紙袋から出てきた包みはお菓子のようだ。うちの姉がこの包装紙のお菓子をときどき買ってくる。確かに美味しい店だ。


(だとしても、だよ?)


誕生日のプレゼントと言って渡すなら、会社の紙袋を使うのはどうなのだろう? 俺だって気が利いているとは言えないけれど、プレゼントと言って物をあげるときに役所の封筒を使おうとは思わない。


「蒼ちゃーん。これ、あたしと東堂さんから二十歳のお祝いだよ〜」

「夕方にでもおやつに食べて」


外から戻って来た高品さんと東堂さんが、楽しそうに蒼井さんに紙袋を差し出した。蒼井さんが驚き、喜びながらそれを受け取る……と。


「あ、フローラのお菓子だ! 高いんだよね、そこ! それもプレゼント?」


高品さんが目を輝かせた。


「今、知り合いからいただいたんです。開けますから一緒に食べましょう」

「え、ほんと? いいの? やったあ!」

「うわあ、マカロンですよ、綺麗! 高品さん、何色がいいですか? 東堂さんもどうぞ取ってください」

「うーん、迷うなあ」

「ありがとう。いただきます」

「宇喜多さんは?」

「僕はマカロンはあんまり好きじゃないので」

「あら、それは残念」


(蒼井さん、自分の誕生祝いにもらったのに……)


思わず苦笑してしまう。蒼井さんは本当に欲が無い。


(だから大事にしてあげたいんだよなあ……)


自分のことはいつも後回し。だから俺が彼女の喜びを一番に考えてあげるのだ。


「うわあ、チャイムなっちゃった!」

「まだ食べ終わってない〜」

「高品さん、口の周りに付いてますよ!」


まあ、蒼井さんが楽しんでいるのは間違いないようだけど。


「窓口は僕が出ておきますから落ち着いてどうぞ」

「ありがとう、宇喜多さん! 急ぐから!」


職場でもみんなに可愛がられている蒼井さんは、俺にとっては最高の、そして自慢の彼女だ。







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