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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
143/156

143 恋人同士になったから


(やった……)


待ちこがれた返事をもらった。


「ノー」はほとんど無いと分かってはいたけれど、実際、その場になってみると感動で胸がいっぱいだ。あんなに素直な言葉で伝えてくれて。


(だけど……)


その言葉が引き金になった。「一緒にいたい」だなんて!


もちろん、彼女の言う意味は分かっている。べつに今夜一緒にいたいと思っているわけじゃない。だけど。


(この態勢はヤバい。動けない)


密着し過ぎた。今にも蒼井さんに何かしてしまいそうだ。暴れる心臓も乱れる呼吸も、気付かれたら軽蔑されるかもしれない。そうは言っても離れがたい……。


(あ……)


この上すり寄ってくれるなんて。ああ、今日の蒼井さんはもう……!


(ん?)


もぞもぞ動き過ぎじゃないか? 何か言いたいことでもあるのか?


仕方なく腕を緩めると、半身で振り返った蒼井さんと間近に目が合った。


(いける!)


天からの啓示が!


角度。高さ。雰囲気。すべて申し分ない。そして今は俺たちの関係も。


思わずゴクリとのどが鳴った。


蒼井さんが軽く首をかしげ、尋ねるように微笑む。俺から離れようとする気配は無い。


(よし)


覚悟を決めて、焦らずに。ここなら誰も見ていない。邪魔も入らない。軽く開いたその唇に――。


「ソロソロカエラナイト……」


(………?)


彼女の唇が動いた。ソロソロカエラナイト? 何かの呪文みたいな……。


「明日から仕事ですよ? しっかり体を休めて、ふわああああ……」


(あくびした……)


かわいいけど……。


「ご、ごめんなさい」

「い、いや、そんなこと。お腹もふくれたしね、あははは」


(伝わってなかったー……)


蒼井さんも俺と同じ気持ちだと思ったのに……。


(そうか……)


帰れって言われたんだ。明日から仕事だから。だけど。だけど……!


(このまま帰るのは嫌だよ!)


気持ちと行動が一致した。蒼井さんを力いっぱい抱き締めて。


「う、宇喜多さん?!」


蒼井さんがあわててる。その気持ちは分かるけど。


「う……、何かお土産ちょうだい!」


そうだ。せめて。せめてお土産を。


「お、お土産……?」

「うん」


そうだよ。恋人同士になったんだから、その証に。


「お、おやすみの……キス、とか」


この際だからちゃんと言わないと。蒼井さんのことだから、「お土産」はお菓子か何かのことだと思っているかも知れないから。


彼女の両肩に手を移動。瞳を見つめてさらに尋ねてみる。


「だめ?」


彼女の瞳がゆらゆらとさまよう。それからちらりと俺を見たあとで。


「ええと……玄関でなら」


(よっしゃー!)


「分かった」


どこでだってオーケーには違いない。


場所の指定は蒼井さんの安全対策なのだろうから仕方ない。むしろ、突然言われてここまで譲歩してくれたのだから喜ぶべきだ。と言うか。


(ファーストキス……)


蒼井さんの。……俺もだけど。


帰りの支度はあっという間にできた。バッグを肩に掛けて玄関に向かう俺を追いかけながら、蒼井さんが忘れ物は無いかと問いかけてくる。


「大丈夫」


鍵、財布、その他。オーケー。


(靴は……?)


目で問いかけたけれど、蒼井さんは何も言わずに待っているだけ。ということは、履いてからということらしい。本当の最後にということだ。安全対策は徹底している。


(よし)


振り向いて、向かい合って。


「す、すみません。ドキドキします」


下向き加減の蒼井さんが胸に手を当てて言った。俺の心臓も同様だけど、虚勢を張って、自信のありそうな顔をしておく。


息を大きく吸って、いざ!


「おやすみ、蒼井さん」


声が震えなかったのでほっとした。


「おやすみなさい」


屈んだ俺の肩と頬に、そっと蒼井さんの手がかかって。


(あ……)


やわらかい唇がふわりと触れて、離れていった。


「……おやすみなさい。気を付けてね」


恥じらいを含んだ笑顔に胸がキーンと締めつけられる。言いたいことがこみ上げてきたけれど、それは今は言葉にできない。


「う、うん。じゃあ……また明日」


ぼうっとした頭でドアノブを探り当て、名残惜しい思いで彼女を見つめながら外に出た。そのまま、閉めたドアに思わず背中をあずけた。


(ち……、違った……)


脱力感でへたり込みそうだ。


(そこじゃなかったのに……)


そう。そこじゃなかった。


間違いなくおやすみのキスはもらった。もらったけれど、彼女のおやすみのキスは……頬にだった!


(そんなところに罠があるとは思わなかった……)


俺のこの唇のむなしさはどうしたらいいんだ!


(あ。行かないと)


蒼井さんはきっと窓から見送るつもりでいるはずだ。早く行かないと不審に思われてしまう。


認識の差があるとは言え、蒼井さんは俺の願いを聞いてくれた。恥ずかしがりながらも頑張ってくれた。なのに、俺ががっかりしているなんて悟られるわけにはいかない。


少し急いで道路に出ると、いつものとおり、蒼井さんが窓から手を振ってくれた。それを見た途端、胸の中に喜びが湧き上がる。今さっきの落胆などたちまち薄れてしまう。手を振っている彼女は、今では俺の恋人なのだ!


(そうだよな)


歩き出しながら自分でうなずいた。


相手はあの蒼井さんだ。最初のキスは頬だと思っていても仕方ない。


それに、そもそもお土産を「ちょうだい」と言ったのが間違いだったかも知れない。その言葉で、彼女の中ではお休みのキスは「一方的にあげるもの」だという認識が生まれた可能性もある。


(まあ、そういうところも可愛らしいよなあ……)


正直に「ドキドキします」なんて言ったり、終わったあとのあの目つきも! ああ、たまらない! 彼女の中に俺への愛情が存在していると思うと!


ただ、これからは誤解されない言葉を選ぶように気を付けよう。


(だけど……)


俺の急な要求に「玄関で」と答えるなんて、意外に用心深いところもある。しかも、俺が靴を履くまで待っていたし。ということは、キスを頬にしたのもその一環で、俺が変な気を起こさないようにという予防策かも……と言うことは。


(俺もとうとう「危険な男」の仲間入りか?)


それはそれで嬉しい気がする。


(まあ……、いいや)


今日から俺たちは恋人同士。そして、これからずっと一緒にいるつもりなのだ。つまり、焦らなくてもいつかは……ってことだ。


(蒼井さんも今、俺のことを考えてくれているかなあ?)


考えてくれているような気がする。だって、今日は記念すべき日になったはずだから。


(あ、そうだ!)


宗屋には帰ったら連絡しておこう。ちゃんと返事をもらったって。いろいろ心配してもらったし……。


(べつに疑っているわけじゃないけど!)


もしも、宗屋が蒼井さんとの未来の可能性を本気で考えているならあきらめてもらわないと!






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