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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第二章 仲良くなりましょう。
14/156

14 ◇ いつもと違う宇喜多さん ◇


青空の下に、パコーン、パコーン……と、気持ちの良い音が響いている。そして、ときどきあがる歓声や悲鳴。テニスコートには独特の音と明るさがある。


テニス部の練習はいつもコートを二面借りている。一つは初心者、一つは経験者。就職して初めてテニスラケットを握った私はもちろん初心者。たぶん、これからもずっと初心者グループにいるだろうと思う。


(本当にきれいなフォーム……。)


休憩に入って気付いた隣のコート。そのまま目が離せないでいる。ダブルスの試合中の宇喜多さんから。


白いTシャツに紺のハーフパンツ、白いソックスとテニスシューズ、紺のリストバンド。ラケットは青に黒いグリップ。特に目立つようなアイテムは身に付けていない。


けれど、その動きは。


サーブ、ストローク、ボレー、スマッシュ、どれも丁寧で安定感がある。そしてそれらをつなぐ軽やかなステップ。すべてが自然でなめらか。それと――。


(あ。)


ポイントを取ったときの笑顔。控えめだけど、嬉しそうな。ペアを組んでいる杏奈さんと目を合わせてうなずく表情も力強くて。


(やっぱり仕事中とは違うなあ。)


当然だ。今日は得意なことをやっているんだから。それに、杏奈さんはテニスが上手いうえに美人だ。


「先輩、上手いっすね〜。」


ペットボトルを手にした宗屋さんも感心している。


「ホントにねー。」


実際のところ、試合はリードされている。相手の前下さんはうちの部でも抜群にうまい。杏奈さんよりも経験の浅い武智さんと組んでいても、前下さんペアの方が強い。


それでもなぜか宇喜多さんに視線が行く。


「そのうち宇喜多さんに教えてもらいたいなあ。」

「ああ、俺もです。」


初夏の太陽の下、髪が濡れるほど汗をかいてボールを追う宇喜多さん。そのいきいきとした表情がなんだか嬉しい。


(本当に良かったよね。)


笑顔を見てしみじみと思う。


宇喜多さんは配属になってからずっと真面目に頑張ってばかりだったから。一生懸命すぎて、大丈夫かなって心配に思っていた。


でも、あの様子ならきっと大丈夫だ。あんな笑顔が出るのなら。それに、ここではうちの課以外の人とも仲良くなれるから、これからの仕事で助かることもある。


(前下さんが誘ったのは大正解だったね。)


前下さんだって、とってもいいひとなんだよね、本当は……。




午後一時に練習が終わり、車に分乗してお昼を食べにファミレスに移動。テニス部にいるときは、前下さんファンの杏奈さんがいつも前下さんのそばにいるので、わたしとしては気が楽だ。それに今日は、みんなとは初対面の宇喜多さんと宗屋さんがわたしのそばにいる。これはたいへんありがたい。


テニス部の集まりでは、杏奈さんと前下さんが中心になって話が弾む。この前までは、そこに花澤さんも入っていた。


今は花澤さんはいなくなってしまったけれど、今日は声の大きな宗屋さんが加わって、またにぎやかになった。隣に座っている宇喜多さんも話が振られれば笑顔で答えている。


(本当に良かった。)


宇喜多さんの笑顔をみるたびにそう思う。今日はもう何回目だろう。わたしって、まるで宇喜多さんの保護者みたいかな。


(……ん?)


目が合った? 何か言われるかと思ったんだけど……。


(気のせいかな?)


もう杏奈さんと話している。ってことは、たいした用事じゃないのね、きっと。





「お疲れさまー。」

「ありがとうございました。」

「またね〜。」


かもめ駅で車を降りたのは五人。あとのひとは、車で来ていた三人が同じ方面だからと送って行く。わたしも前下さんが申し出てくれたけれど、横崎駅で買い物という口実で辞退した。


かもめ駅から二人は上り方面、下りは宇喜多さんと水岡さんとわたしの三人。


日曜日の午後三時すぎは電車もすいていて、並んで腰かけて和やかにおしゃべり。その間も三度ほど、困った様子の宇喜多さんと目が合った。


(なんだろう?)


横崎駅の一つ手前で水岡さんが降りると、宇喜多さんは一言二言話しただけで何か考え込んでしまった。


(今日のテニス部のこと?)


嫌なことがあったのだろうか。それで辞めたいとか。わたしに義理を感じて言い出せないでいるのかな。だとしたら、話を振ってあげる方がいいかも。


「宇喜多さん、久しぶりのテニスはどうでした?」

「え? あ、ああ、楽しかったですよ。」


(うーん、笑ってる……。)


「それなら良かったです。宗屋さんと二人で、『今度、宇喜多さんに教えてもらいたいね』って話してたんですよ。」

「あ、そうですか? 基本的なことならできると思いますけど。」

「わたしも宗屋さんも基本で十分です。」

「じゃあ、次回からでも少しずつ。」

「はい。」


作り笑いという感じではない。ってことは、悩みはテニス部とは関係のないこと?


(あ、まただ。)


何か言いかけてやめた。いったい何? 次の横崎駅でわたしは降りるのだけれど。


(明日から宇喜多さんは研修で、会わないんだけどなあ。)


三日間の税務研修。初めて税務にかかわるひと全員が集まって、花澤さんの職場のひとが講師役で。参加者は会場に直行直帰。


駅が近付いて電車がスピードを落とした。


「じゃあ、ここで失礼します。」


そこで宇喜多さんがハッと目を向けた。


「研修、頑張ってくださいね。お疲れさまでした。」


バランスを取りながら立ち上がる。忘れ物が無いか確認してドアに向かう。


「あ、あの、僕もここで。」

「あ、そうなんですか?」


お買い物でもあるのかな。慌てた様子の宇喜多さんがなんとなく面白い。


「どちらの方にご用なんですか?」


ホームに降りながら訊いてみる。改札口は三つあるから、方面が違えばここでサヨナラだ。


「ええと、西口です。」

「じゃあ、同じ方向ですね。」

「はい。」


答える表情が緊張しているように見える。これから何か大変な用事でもあるのだろうか。それで車内で考え込んでいたのかも。


宇喜多さんの緊張には気付かないふりをして、軽い話題を出してみる。でも、宇喜多さんはやっぱり難しい顔で相槌を打つだけ。


「じゃあ、わたし、西川線なのでこれで。」


改札口を出て、続けて「お疲れさまでした」と言おうとしたそのとき。


「ああ、あの、蒼井さん。すみません、ちょっと。」

「え? はい?」


返事をしたと同時に肘の上をつかまれていた。そのまま壁の方に引かれていく。それは決して強引ではなく、気を遣われていることはちゃんとわかった。でも、なぜなのかがまったくわからない。


「あの、蒼井さんに、その、お願いがあるんです。」


困り果てた様子の宇喜多さん。何度も言いかけていたことだろうか。お役に立てるのならもちろん協力してあげたい。でも、それは何?


「ええと実は、僕の友だちが、ですね、その、蒼井さんに会いたいって言っていて……。」

「わたしに、ですか?」

「はい。」


(なんのために?)


女の子を紹介してほしいとか、そういうこと? 宇喜多さんがそういうことをするなんて、すごく意外だけど……。


「あ、あの、いや、へ、変な話じゃないんです!」


慌てて否定している。わたしが疑っていることがわかったみたい。


「会いたがっているのは女子で、あの、マネージャーだった葵っていう子で。」

「え? あおいさん……?」


よく見たら、宇喜多さん、真っ赤になってる。


「いえ、あの、葵って名字じゃなくて名前で……、ああ、その、マネージャーっていうのは九重のバレー部のときのマネージャーなんですけど……、ええと、その葵が……。」


こんなに赤くなってしどろもどろになってるってことは、もしかして葵さんって宇喜多さんの彼女さん? 呼び捨てだし。


(そうか。)


彼女の話をするのが恥ずかしくてそわそわしてたんだ。やっぱり宇喜多さんは真面目なひとだ。


(真面目って言うよりも純真?)


「ええと、その葵さんっていう方が、わたしに会いたがっているっていうことですね?」

「ええ、はい。あの、ついでにバレー部の同期が。」

「え? バレー部の?」


ということは、男のひとだろうか。


(どうしよう?)


あんまり初対面のグループって得意じゃないんだけど……。


「あ、あの、蒼井さんも楽しいと思うんです。みんなしゃべるの上手いし。高校の後輩だって言ったら、みんな会いたいって。女子の後輩がいなかったから。」

「ああ……、そうですね……。」

「あの、失礼が無いように、僕がちゃんと見張ります。もしも不愉快なことになったら、僕が責任を持って蒼井さんを連れ出します。」


(ふふ、まるで保護者みたい。)


「あの、でも、そんなことにはならないと思うんです。みんないいヤツで。」


こんなに熱心に誘ってくれるってことは、宇喜多さんがお友だちを断れなかったってことなのかな。まあ、宇喜多さんのお友だちと彼女さんなら、変なひとではないんだろうな。それに九重の先輩っていうところは、まったくの初対面よりは気が楽だし。


「……いいですよ。」

「ホントですか!? 良かった!」


そんなに喜んでもらえるとわたしも嬉しいけれど。


「葵さんって、どんな方ですか?」


そこはちょっと興味がある。


「あおいさん? ああ、葵ですか? そうですねぇ、おっとりしているように見えるのに、割と短気で雑なところがあるんです。で、そそっかしいけどしっかり者で、……一言では言い尽くせないんですけど、いいひとですよ。」


男のひとが放っておけないタイプかな。きっとかわいい感じのひとなんだろうな。


それにしても素直に褒めるなあ。よっぽど葵さんのことが好きなのね。


「そうなんですか。お会いするのが楽しみです。」

「はい。みんな蒼井さんのこと、かわいがると思います。あ。」


(あらら……。)


片手で顔を覆った宇喜多さんの耳が真っ赤だ。こんなに恥ずかしがる宇喜多さんなんて想像もしなかった!


(それにしても、わたしを「かわいがる」って……。)


いくら何でも、それは言い過ぎだ。わたしが仕方なくOKしたと思って気を遣ってくれてるんだろうけれど。


「そうですか? それじゃあ、楽しみにしています。」


でも、本当のプライベートな宇喜多さんも見られるんだ。彼女の前でどんなふうなのかも。


それはとっても楽しみな気がする!







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