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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
139/156

139 ◇ 自分に足りなかったもの ◇


今日は合宿最終日。この三日間、お天気に恵まれて、とても気持ち良く過ごせている。


最終日のメニューは毎年恒例のダブルスのリーグ戦。ペアの組み合わせはくじ引きのあとに、強さのバランスが取れるように調整される。


去年は花澤さんと組ませてもらって三勝二敗だった。始めて半年の超初心者だったわたしはほとんど球に手を出せず、花澤さんが一人で試合をしていたのと変わらない状態だった。


今年は前下さんとペアになった。前下さんに対してはもう嫌な気持ちは持っていないけれど、今回は自分が下手過ぎて申し訳ない。コートの中で邪魔になってしまう気がするし、わたしとじゃなければ簡単に勝てるのにと思うと……。


「フォルト。セカンドサービス」


(やっぱりダメだ……)


わたしのサーブから始まった試合。プレッシャーで緊張しっぱなしで、サーブが一球も入らない。


ファーストサーブはもともと成功率が低いから仕方ない。でも、セカンドもネットに引っかけてばかり。緊張で力も動きもコントロールできていない。


相手コートには杏奈さんと宗屋さん。前下さんと組んでいることが杏奈さんにも申し訳なくて落ち着かない。杏奈さんはこんなことを気にしていないのかも知れないけど。これだったら、初心者同士でも宗屋さんと組んだ方がどれほど気楽だったか。


「蒼ちゃん、落ち着いて!」


コートサイドから武智さんが声をかけてくれている。でも、まだ一球も入っていないのは確かで。


(リラックス、リラックス)


小さくジャンプしたり、肩を回してみたり、深呼吸をしたりしてみる。でも、いくら何をしても、動きがぎくしゃくしているのが自分で分かる。


前下さんがちらりと振り向いた。不機嫌そうではないけれど、気分が良いはずはない。


(せめて一回くらいは!)


……という願いも空しく、球はネットを越えなかった。


「ダブルフォルト。ゲーム。ゲームカウント、0−1」


(ああ……)


前下さんに悪いだけじゃなく、杏奈さんと宗屋さんとってもつまらない試合になってしまった。本当に申し訳なくて落ち込む。


次はレシーブだ。とにかく一球返さないと試合にならない。


「ちょっとタイム、いい?」


前下さんの声がした。審判がうなずき、杏奈さんたちは構えを解いた。前下さんに手招きされて、わたしは急いでコートの中央へ。


「蒼ちゃん、俺とペアなのが気になるんでしょ」


小声だったけど、図星で焦る。以前のこともあるし。


「あ、あの、でも、前下さんがどうとかってことじゃなくて、わたしが下手だから」

「あはは、分かってるよ、それは」


笑ってくれたのでほっとした。


「上手じゃないから俺に悪いって思ってるんだよね? だったら遠慮しないでやってほしいな」

「でも……」

「試合でコートに入ったら、みんな平等なんだよ。上手とか下手とか関係ないんだ。とにかく勝つのが目標だから。下手だと思うなら、ますます余計なことを考えてる場合じゃないよ?」

「あ……」


確かにそうだ。練習中だってボールに集中しないと良いプレーはできないし。


「蒼ちゃんは攻める気持ちが足りないよ。俺に迷惑をかけるとか、そんなことは考えないで、とにかく勝つことを考えてよ。あとは俺を信頼して。パートナーなんだからさ」


(パートナー……)


その言葉で、ふんわりとやさしく光る玉を手渡されたような気がした。


「蒼ちゃんがミスっても、俺、怒ってボールぶつけたりしないよ? ラケット投げたりもしないし、罵声浴びせたりもしないから」

「そ、そんな前下さん、想像できません」

「え? そういうのが怖かったんじゃないの?」

「違いますよ! やだもう、あははは」


冗談を言う前下さんの明るさにつられて思わず笑ってしまった。


「そうそう、笑って行こう。で、レシーブしたら前だよ。後ろは俺に任せて」

「はい」


一回笑ったら肩の力が抜けていることに気付いた。体が軽くなったような気がする。


(「コートに入ったらみんな平等」か……)


言われてみればそのとおりだ。そして、試合の目標は「勝つこと」。


(うん、そうだよね!)


迷惑をかけたくないなら必死でやるしかない。確かにわたしには攻める気持ちが足りなかった。


宗屋さんがサーブの態勢に入った。


(とにかく打ち返す)


下手でも一人分として数えられている以上、役割をこなさなくちゃ。失敗を怖がって小さくなっていたら、余計に迷惑をかけてしまう。


(来た!)


どうにかラケットに当てた。でも、振り切れずに跳ね返しただけの球は山なりに宗屋さんの前に戻るだけ。


(あ)


それを宗屋さんが豪快に空振りした!


「やったあ!」

「蒼ちゃん、ナイスリターン」


ただラッキーだっただけ。でも、ポイントを取れるとこんなに嬉しい!


そのまま前下さんとハイタッチ。宗屋さんが「俺を狙ったな!」と悔しがってる。それを杏奈さんが「フォームは完璧でしたよ!」と笑顔で激励。コートに明るい活気が満ちてくる。


(攻撃の気持ちで)


宗屋さんのサーブを前下さんがレシーブ、それを杏奈さんが受けて――。


「うわ、あ」


ボレーしようと手を出したけど、ボールはフレームに当たってコートの外へ。


「オーケー、その調子! 次は返せるよ!」

「はい!」


失敗したけれど、前下さんの言葉で元気が出た。次は絶対に返してみせる!


(ボールを最後まで見て、こう)


次はレシーブ。位置に着きながら軽くラケットを振ってみる。


「姫! 勝負!」


宗屋さんがサーブの態勢に入る。その姿をしっかり見つめて構える。


(試合中はみんな平等。パートナーを信頼する。そして、勝つことを考える)


前下さんの言葉を心の中で唱えて。


とにかく集中だ!




最終的にセットカウント二対一でわたしたちが勝った。勝てたのは前下さんと杏奈さんの力の差だと思う。でも、わたしと宗屋さんもそれぞれ本気でプレーしたし、少しはポイントも取れた。試合もとても盛り上がった。みんなにも褒めてもらえた。


終わってからも高揚した気分は続き、四人で一緒に休憩しながら試合を振り返ってみた。テニスの話に自分が混ざっているということがとても新鮮な気分。


今までだって、同じような場面は何度も経験している。そういうとき、わたしはいつも聞き役で、先輩たちの話に感心しているだけだった。それだけでも十分だと思っていた。


でも今日は、自分がその話の中に入っている。そうしたら、聞いているだけよりもずっと楽しい!


(頑張ったもんね)


それは間違いない。


今までも練習で手を抜いてきたわけではない。けれど、試合形式でやるときはどうしても自信が無くて、自分で限界を作っていたような気がする。「下手だから仕方ない」って。心の中に、みっともない姿を見られたくないという気持ちもあって。


(それが……本当の気持ちだ)


みっともない姿を見られたくない。下手でも「きれいな」下手でいたい。


実はそれは、わたしが心の底で消しきれないプライドだ。――格好悪いことを嫌悪している自分。みっともなくないように手を抜いている自分。


高校生の頃は今よりももっと強く思っていた。だから良い子の部分しか外に出していなくて、そんなわたしを「優等生」と皮肉る子がいたのだ。でも、花澤さんと出会ってから少しずつそれを解消して、今ではずいぶん壁は低くなってはいるのだけれど。


(みっともない自分、か……)


ふと、宇喜多さんに目をやった。今はネット横の高い椅子の上で審判をしている。


(そういうことなんだよね……)


宇喜多さんにみっともない自分を知られたくない。だから前に進めない。つまり、根っこの部分は同じってこと。


(だけど……)


前下さんは「パートナーを信じて」と言った。「遠慮しないで」って。


遠慮するってことは、本心では信じていないから? 相手が怒ったり、自分を嫌ったりすると思うから?


(そうだ)


宇喜多さんが本当のわたしを知ったら軽蔑するって思った。嫌われるから話したくないと思った。


でも、宇喜多さんは、どんな事情があっても気持ちは変わらない、と言ってくれた。だから、話したくないことは話さなくていい、と。それは「俺を信じて」というメッセージでもあるのかも知れない。


(そろそろ答えを出すべきだよね……)


あと何日かで告白から一か月だ。


お誕生日のあと、自分の行動と気持ちが整理できなくて、勉強を理由にして考えることを先延ばしにしてきた。でも、考えてみても、わたしには結論を出せない気がする。だったら、こちらの事情を話して、宇喜多さんに判断を委ねるのも良いような気がする。


(ただ……)


心配なのは、宇喜多さんが我慢する事態になるんじゃないかってこと。わたしを憐れんで、断れなくて。


(やさしいからなあ……)


今は良くても将来は分からない。何かで気持ちが変わるかも知れない。そういうときに、我慢しないで言ってほしい。それもきちんと伝えよう。


(うん。そうしよう)


考えてみると、あれからいろいろな話を聞いた。


花澤さんは「賭けも有り」だと言った。「もっと欲を出してもいい」とも。


杏奈さんは「一緒にいたいなら努力できる」と言った。わたしもそれができたらいいな、と思う。


前下さんは「パートナーを信じて」と言った。……テニスの話だけど。


みんなの話を総合すると、やっぱりわたしは勇気が足りないみたい。


花澤さんの交差点の話もそうだし、前下さんには「攻める気持ちが足りない」って言われた。自分でもそう思う。そう言えば、鈴穂には偉そうに「勇気を出して」みたいなアドバイスをしたかも。


今までも、自分は幸せだと思えることもあった。でもそれは、与えられるもので十分だと自分に言い聞かせて自覚した幸せのような気がする。


もっと大きな幸せを望むなら、頑張らなくちゃダメなのかも知れない。今までよりも難しいことに挑戦しないと。


もしかしたら失敗するかも知れない。大きなものを失うかも。


でも。


このまま何も話さずに、ずっとお友だちでいられるかどうかも分からない。


何もしないでいつまでも後悔するよりも、チャレンジして失敗する方が――ショックは大きいけれど――気持ちを切り替えて前に進める気がする。


(うん、そうだ)


宇喜多さんに話そう。そして、あとは……。


そのときにできる一番良いことを選べばいいのかな。







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