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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
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138 進むために必要なこと


「――五球。オーケー、交代!」


ネット前で球出しをしている鮫川さんが指示すると、向こう側で打ち返していた北尾さんがコートから出て岡さんが進み出た。鮫川さんの後ろでボールを集めていた俺は北尾さんと交代し、練習待ちの列に向かう。


(蒼井さん、気が付いたかなあ……)


練習中だというのに、彼女の様子ばかり気になってしまう。


(昼ご飯のときもバラバラだったんだけどなあ……)


隣のコートで真剣にサービス練習に励んでいる蒼井さんには、俺のことを考える暇などないと分かってはいるけれど。


(無視してるわけじゃないからなあ……)


いくら俺がいない淋しさを味わってもらおうと思っても、無視まではできない。そんなことをしたら彼女が傷付くだろうし……、俺の根本の部分で、彼女に話しかけられたり目が合ったりすると喜びが先に立って、淋しさを味わってもらうことなどどうでもよくなってしまうのだ。


(あ。手振られちゃった)


コートから出た蒼井さんが俺に気付いてくれた。


(返さないわけにはいかないよなあ。かわいいし)


あくまでも「今は練習中」モードで、ちょっと手を上げて合図。


(うん。クールに決まったかも)


「はい、次」

「はいっ。お願いします!」


見ていてくれるのなら、やっぱり格好良いところを見せたい。テニスは蒼井さんにいいところを見せられる数少ないものでもあるし――。


「あれ?」


ラケットに当たった感触が違った。


「宇喜多くん、力み過ぎ!」


球がとんでもない方向に飛んで行く。球拾いの元藤さんが走って追いかけて行った。


やっぱり、練習中に余計なことを考えてちゃダメだ。




夜まで蒼井さんに近付かないで過ごしてみたけれど、結果は惨敗だった。


彼女はたいてい女性陣の中にいて、楽しそうにしている。まあ、それは問題無い。ただ、一人になることもあり、俺を探してくれるのではないかと期待していたのに、蒼井さんは一人になっても憂い顔など見せなかった。空や宙を見つめて満足そうにぼんやりしているだけ。


確かにスポーツで疲れたあとにぼんやりするのは心地良いものだ。でも、今日は一日、俺からは近付いていないのに、何も感じてくれないなんて!


自分の計画に自分で淋しい思いをしながら夕食後に宗屋と連れ立って洗濯場に行くと、宗屋が不意に尋ねてきた。


「お前さあ、姫のこと、いつまで待つつもり?」


後ろめたさでドキッとした。思惑があったとはいえ、彼女を一日中ほったらかしにしたのは間違いの無いことだから。


「うーん……、どうかな……」

「宇喜多、前に『いつまでも待てる』って言ってたけど、今日はあんまり姫のことかまってやってなかったみたいだから、どうなのかな、と思って」


(しまった……)


最初の質問には「いつまでも」と答えるべきだった。しかも、俺の行動に気付かれていたなんて。これでは気持ちが蒼井さんから離れかけていると疑われても仕方がない。


でも、ここは余裕の顔で受け流さなくては。


「もちろん、いつまでも待つよ。それに、今回はみんなで一緒だから」

「まあ、そうだけど」


自分の服を手際良く針金ハンガーに掛けながら、宗屋がくるりと振り向いた。そしてニヤリと笑って。


「宇喜多がやめるんなら、俺が行こうかと思って」

「?!」


驚いて手が止まった。


(引いてみてる場合じゃなかった!)


まさか、ここでほかの候補者が出てくるとは思わなかった!


「ほら、姫ってけっこうスキンシップ来るだろ? 俺、わりとそういうの平気なんだけど、姫に触られるとなんかこう……違うんだよな。くすぐったいって言うか……、分かるだろ?」

「うん、まあ……」


うなずき返したけれど、実際には分からない。だって、蒼井さんは宗屋にやるようには俺に触れてはくれない。気軽に押したりつついたりするのは宗屋に対してだけなのだ。


「甘えられてるみたいで可愛いんだよなあ。膝の上に乗せて『よしよし』ってやりたくなるよ」


笑顔でそんなことを言う宗屋に、胸の中が嫉妬と警戒で熱くなる。大急ぎで思いとどまらせる理由を探した。


「だけど、宗屋は兄の立場だって前に言ってたよな?」

「まあ、今だってそうなんだけど。そういう組み合わせだってあるだろ? それに俺、姫となら上手く行くと思うんだよな」

「どっ、どど、どうして?」


これは落ち着いている場合じゃない!


「んー、なんか、背景が似てるって言うか……」

「背…景?」

「うん。たぶん…なんだけど、育った家庭の環境とか?」


(家庭の環境……)


思わず言葉を失った。それは俺が立ち入ることを遠慮している、まさにその場所だから。


「姫が宇喜多相手で迷ってるのもそこじゃないかと思うんだ。だとしたら、俺の方がオーケーしやすいんじゃないかなって」


ずばりと言い当てた。そのうえ、自分の方が有利だなんて。


「なん……で?」

「宇喜多ってさあ、いいとこのお坊ちゃん風な雰囲気あるじゃん?」

「うちは普通の庶民だよ!」

「まあ、そんな雰囲気だってこと。新車を一括払いで買ったって言うのもそう。うちよりも裕福な家なんだろうなって思うよ。金のことで悩んだことなんかないんだろうなって。べつにひがんでるわけじゃなくて」

「そんなこと……」


確かに俺はお金の心配をした記憶が無い。学費も服も小遣いも足りていた。でも、だからと言って、それを無駄に使ってきたわけじゃない。


それに、仕方ないじゃないか。それは俺のせいじゃない。


「姫は自分が貧しい家庭で育ったって自覚してる。うちもそれなりに苦労してるから、自然と分かり合える部分があるんだ。言葉で説明しなくても、身に付いてる感覚みたいなものが」

「でも……」

「分かってるよ、宇喜多が悪いわけじゃないって。べつに宇喜多を仲間外れに思ってるとか、そういうことじゃないから。ただ、事実としてそういう部分があって、姫が迷ってるのはそのせいなんじゃないかってこと」

「うん……」


宗屋が俺を友人だと思ってくれていることはちゃんと分かる。蒼井さんが俺を好きだということも疑ってはいない。けれど、二人の間に俺には理解できない通じ合うものがあると聞かされると……。


「蒼井さんに……言うの? 思ってることを」

「いや。そんなつもりはないよ」

「どうして?」


自分となら彼女が幸せになれると思っているのに。……でも、ほっとしているのも事実だ。


「だって、姫は宇喜多のことが好きなんだろう? だったら、俺の出る幕じゃないよ」

「だけど……」

「それに、俺と姫だったら、いつの間にかって感じだから。特別に口に出したりしないな」

「いつの間にか……?」

「二人で遊びに行ったり、メシ食いに行ったりして、そのうちお互いの部屋に行き来して……みたいな。気付いたときには彼女になってるってパターンで。たぶん、姫は真面目だから、自分で納得したら一気に進むと思うな」

「宗屋……」


そんなに簡単に道筋が描けるなんて。それは分かり合える部分があるから? 俺では立ち入れない事情も越えられるってこと?


「そんな顔するなよ」


宗屋はさらりと言う。けれど……。


「俺を応援してくれてると思ってたのに……」

「それは今だって同じだよ。俺はまあ……保険みたいなものかな」

「保険……」


つまり、俺とのことが上手く行かなかったときにってこと?


「姫がもしこのまま決心がつかないなら、その気持ちごと俺が引き受けるって話。宇喜多から奪おうってわけじゃない」

「それで……いいの?」

「まあ、今のところは」


今はまだそれほどの気持ちではない……ということなのか。でも、蒼井さんがこのまま迷い続けるなら……。


「俺はさあ、宇喜多と姫はお似合いだと思ってるよ。だけど、お前も姫も止まってるんじゃあ、どうにもならないだろう?」

「あ……」


それが言いたかったのだろうか。いつまでも待っているだけじゃダメだって。


「姫はお前に対しては自分からは動かないよ。自分のマイナス要素ばっかり考えてるから。だとしたら、宇喜多がそれを埋めてやらなくちゃならないんじゃないか?」


(そうか……)


蒼井さんが不安になっているなら、それを解消させるのが俺の役目なんだ。なのに俺は、彼女を悪者扱いして知らんぷりをしたりして……。


(ダメだな、俺は)


もしかしたら、無理に事情を話さなくて良いと言ったのは、自分が聞く覚悟ができていなかったからかも知れない。蒼井さんの暗い部分を知りたくなかったのかも。口ではどんな事情も関係ないと言ったけれど。


「……そうだね。よく考えてみるよ」

「まあ、お前が姫を動かせなければ、後には俺が控えてるから。遠慮なく撃沈していいぞ」

「あはは、そう簡単にはあきらめないよ」


宗屋の助言がありがたかった。そして、蒼井さんに意地悪をしていた自分が情けなくなった。たとえ彼女が気付いていなくても。


部屋に戻る途中で蒼井さんとすれ違った。


彼女は俺と宗屋ににこにこしながら話しかけてくれた。それに答えながら、自分が今日一日、こういう楽しいチャンスを棒に振っていたことに気付いた。俺はなんてもったいないことをしたのだろう。まったく、自業自得というやつだ。


合宿は明日で終わり。もしかしたら、これも一つの節目かも知れない。


(帰り道で言ってみようかな……)


話してほしいって。俺を信じてほしいって。


それを越えれば。


きっと俺たちは先に進める。







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