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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
133/156

133 察しが悪くてごめんね


「あのう、宇喜多さん?」


そぞろ歩きを再開して少し経ったころ、蒼井さんが顔を上げた。


ちょうど話題が途切れたところ。この顔つきだと、何かあらたまって伝えたいことがあるらしい。


「あの……ですね、ええと、あのう……」


ずいぶん話しにくそうだ。


視線をふらふらさせて迷ったあと、彼女はがっかりした様子で肩を落とした。


「……すみません。何でもありません」


何でもないという雰囲気ではない。


「どうしたの? 遠慮しないで言ってみて」


さっきのお詫びのためにも、蒼井さんの望むことなら何でも叶えてあげたい。


「ああ、いいえ、いいんです。大丈夫です」


笑顔を向けてくれたけれど……。


(うーん……)


心の準備が整っていないのか。


言いにくいなら無理に話させようとするのはやめた方がいいかも知れない。決心がついたら話してくれるだろうから。


「そろそろ車に戻ろうか」

「あ、はい。……あれ? もう、こんな時間? びっくり」

「蒼井さんは明日も仕事あるもんね?」

「うわ〜、宇喜多さんは連休なんだ〜。いいなあ」


俺としては仕事を先輩方に任せているという罪悪感がまだ消えない。それに、出勤して蒼井さんと一緒にいる方がどんなに楽しいか。


「あの、宇喜多さん」


向きを変えた瞬間に呼びかけられて、振り返る。


「ん?」

「あの……、あのですね」


さっきと同じ? 何か言いづらいことを言おうとしている。困ったような、訴えかけるような表情で。


「ええと、あの」


何度か口をパクパクさせたあと、小さく手招きした。俺は一歩近づき、内緒ばなしのポーズに応じて少し屈んだ。彼女に触れないように注意して。


「あの、さっきのことなんですけど」

「うん」


耳元でささやかれていると思うと、またドキドキしてしまう。でも、ここは我慢だ。「さっきの」とはきっと、キス未遂事件のことだ。浮かれている場合じゃない。


「あの、人前では、ハグ以上のことはしないでくださいね?」


思わず彼女を見返した。すぐ前に、真剣な蒼井さんの顔。潤んだ大きな瞳で俺を見上げている。かなり必死の雰囲気だ。


だけど。


「あの……、ごめん。ハグって……なに?」


言われていることの意味が分からない。


大きな瞳がさらに見開かれる。そこに失望の色も見える気がした。


「ああ……、ごめんね、無知で」

「そんな! いいえ。あのですね、ええと」


それも言いづらいことらしい。訊いちゃいけなかっただろうか。申し訳ないので、また屈んで耳を近づけてみる。


「あの、あの、う……、ぎゅーってすることです」


(ぎゅーって……)


さらに訊くのはかわいそうな気がして想像力を使ってみた。人前で、ぎゅー……。


(なるほど。分かった!)


蒼井さんは俺に、抱き締めるのはやめてくれと言っているのだ!


(釘を刺されちゃったよ……)


恥ずかしそうにもじもじしている蒼井さんに、心の底から申し訳ないと思った。男女が触れ合う話を口に出させてしまったことを。それでも念を押しておきたいほど、彼女はさっきのあれが嫌だったのだ。


(ごめんね。だけど……)


今度は、恥ずかしがっている彼女のかわいらしさが俺の理性を攻撃する。それこそ「ぎゅー」っとしたい。


(いや! 自粛するって誓ったし!)


彼女が嫌がっているからではない。俺が自主的にそうするのだ。


「うん、分かった」


気持ちを奮い立たせ、うなずくだけで済ませた。我慢するのなんて何でもない、という表情をつくって。


「これからは慎むから心配しないで」

「……はい」


安心してくれると思ったのに、蒼井さんはまだ何か言いたそうな顔をしている。簡単に信じてもらえないほど俺は株を下げてしまったらしい。


「じゃあ、行こうか」


明るく爽やかに声をかける。信頼を回復するためには行動で示すしかないのだから。一緒にいても何も危険は無いのだと信じてもらわなくちゃ。


楽しい話題を心がけながら公園の出口へ向かう。公園から駐車場までは五分もかからない。車に乗ったら、蒼井さんのアパートまでは二十分くらいで着くだろう。一緒にいられるのはあと三十分ほど。


(もっと時間があったらいいのに)


一日が二十五時間あったら、あと一時間は一緒にいられるのに。もっと落ち着いて話したり……、ただ並んで座っているだけでもいい。寄り添っていられれば……。


「あ、あの。宇喜多さん、すみません」


いつの間にかぼんやりしていた。道に出る手前で立ち止まった俺の少し後ろで蒼井さんが、困ったような、怒ったような顔で止まっている。


「あの、歩くの速いです」

「あ……、ごめんね」


どうして俺はこんなに気が利かないんだろう!


「疲れちゃった? 気が付かなくてごめん。そう言えば、ベンチで休めば良かったね。女の子の靴って――」

「そうじゃなくて」


遮られた。まるで俺に言い聞かせるような口調で。それから。


「こういうことです」


きっぱりと差し出された手。


(…………?)


何かを渡せと言っているのだろうか。


(何を?)


車のカギだろうか? それとも駐車券?


(あ、そうか)


駐車場代を払ってくれるつもりなのかも。俺の誕生日だから気を遣って。


「駐車場はレストランと提携してたよ? たぶん、料金はかからな――」

「ちがいます」


じれったそうに遮られた。今度は両手を握りしめて、「どうして分からないの?」というような身振りをしている。


(じゃあ……?)


蒼井さんに渡すものと言えば?


(え、まさか)


怒っているみたいだし……。


(プレゼント……かな?)


返してほしいのだろうか。俺なんかに渡すのはやめたいと?


「ええと……」


肯定されたらショックだ。できれば聞きたくない。


「もうっ。これです」


とうとう蒼井さんが怒った。そして一歩前に出ると――。


(え?)


俺の手を握った。


「どうして分かってくれないんですか? ハグ以上のことはダメって言ったのに……」

「え……?」


(ハグ以上のこと……?)


蒼井さんのやわらかい手を自然に握り返している自分。間違いなく今、俺たちは手をつないでいる。


「え? あ? あれ?」


混乱して首をひねる俺の隣で蒼井さんはまた困ったような顔をしていて……。


(じゃあ、あれは……)


俺の行動に釘を刺したわけじゃなかったってこと?


言われてみれば確かに、「以上」という表現の下には「未満」という領域があるはずだ。つまり、蒼井さんが言いたかったのは、「未満」の行為なら……。


「ご、ごめん」

「……はい」


少し不機嫌な表情を浮かべた蒼井さんが肩が触れ合うほどの距離に並ぶ。


(そうか……)


蒼井さんも俺と手をつなぎたいと思っていてくれたんだ。でも言えなくて、だからあんなふうに遠回しな言い方で……。


「ふ」


思わず笑みが口許にのぼってくる。


お互いの気持ちが向かい合ってるって、なんて幸せなんだろう!


(だとすると……)


歩き出しながら思い出してみる。


(人前ではダメってことは……)


つまり、人がいない場所なら?


「ええと、蒼井さん?」

「はい?」


視線が合うと、あわててよそ見をする蒼井さん。そんな姿に胸がじりじりする。


「ふたりきりだったら……いいの、かな?」

「え?」


蒼井さんが立ち止まった。手をつないだままの俺も当然、止まる。


「ふたりきりだったら、その……ぎゅーってしても……?」


口に出すのはやっぱり恥ずかしいものだ。言いながら思わず顔を背けてしまった。


「そんなことは……」


小さな声。どんな顔をしているのかそっと見ようと思ったのに、目が合ったので、急いでまたそっぽを向く。


「それは、わたしたちの関係を、考慮して、ですね……」


蒼井さんがひと言ずつ区切って、確かめるように答える。そこで突然、歩き出した。今度は俺が手を引かれる番だ。


「宇喜多さんが、自分で、判断してください」


(俺が? いいの?)


蒼井さんの答えに心が躍り出す。俺が決めていいと言うのなら……。


(いや、ダメだ)


すぐに結論は出た。


やっぱり今までと同じだ。人がいない場所でもハグ――覚えたぞ!――までだ。


だって、蒼井さんは断言した。「まだそういう関係じゃない」って。つまり、俺たちはまだ恋人未満のまま。


けれど、こうやって手をつないでもいる。しかも、今回は蒼井さんからだ。これはたぶん、今までの俺の言い分が通っている証拠だ。


だから。


でも。


すぐ前を行く蒼井さんの頭を見ながら思う。


(蒼井さんは分かってないよ)


こうやって触れ合っていると、もっと触れたくなるってことを。


片手だけじゃ足りなくなる。その髪も、頬も、肩も――。


(あ)


振り向いた蒼井さんが意味ありげな目配せをして、いたずらっ子みたいに笑った。照れ隠しの意味もあるらしい。


(あーあ……)


そういう無邪気さが俺にとってどれほど魅惑的かなんて……気付いてないんだろうなあ。







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