表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
132/156

132 ★ 思い違い、すれ違い ★ 春希&宇喜多


(どうしたんだろう? やけに真剣な顔してるけど……)


真面目な顔は宇喜多さんのトレードマークだけど、それにしては何か思いつめたような雰囲気が気になる。それに、離してくれないことも。


(「何もしないつもりだった」って言った……?)


「だった」……って過去形だよね? じゃあ、今は何かするつもりなの?


(え? そうなの?)


何かでスイッチが入っちゃった? さっきまではそんな雰囲気じゃなかったのに。すごくまずい気がする……。


「蒼井さん……」


ささやくような声。これは危険信号だ――いや、危ない。


(え、ちょっと待って!)


近付いてくる! キスされる!?


(だめだよ!)


咄嗟に手をかざしたら、プレゼントを握っている手だった。間一髪、宇喜多さんの顔は細長い包みの向こうで止まった。リュックを抱えていたおかげで距離があったのが良かったみたい。すぐ目の前に、目をぱっちり開けてきょとんとした宇喜多さんの顔が。


(こんな場所じゃ嫌に決まってるでしょ!)


こんなに人がたくさんいる場所でなんて! 絶対に無理! 当たり前のことだよ!


それに!


「う…宇喜多さんとっ…わたしは、ままままだ、…そういう関係じゃ、ありま、せんっ」


ドキドキして舌がもつれる。でも、ちゃんと言い切った。これは間違っていないはずだ!


(ですよね?!)


気持ちを奮い立たせて視線で問いかける。


「…………すみません」


謝罪の言葉と一緒に離れる手と体。同時に視線も。これで体も心も自由になった!


(はー………)


……見られているだろうか。


誰もこちらを向いてない? でも、そんなのきっと、ふりだけだ。気付かなかったはずがない。だって、ここは街灯の下。スポットライトを浴びてるのと同じだもの!


「ちょっと歩きませんか?」


ここから離れた方がいい。早くほかの人たちに紛れてしまおう。


「はい……」


宇喜多さんの返事。さっきとは違う意味で小さい声だ。このしょんぼり具合からすると、怒られたと思っているのかも知れない。


(でも、仕方ないよね?)


いきなりキスしようとするんだもの。こんな場所で。


そうだ、それに。


「この前から思っていたんですけど、宇喜多さん、わたしとの関係を自分に有利なように解釈してませんか?」


思っていたよりもとげとげしい口調になってしまった。まだ動揺が収まっていないみたい。しょんぼりしている宇喜多さんに少しばかり罪悪感が湧いてくる。


「……すみません」


言い返さないってことは認めるってこと? ちょっと強く言っただけなのに、こんなに弱気になってしまうなんて。


(仕事ではこんな態度、見せないのになあ……)


相変わらずうなだれたまま隣を歩いてる。いかにも、ただわたしに従っているという感じ。やっぱり言い方がきつかっただろうか。


(でも……)


今回は宇喜多さんが悪いと思う。突然だし、やり過ぎだ。


(うん、そうだ。やり過ぎだ)


もう一度そっと確認してみる。相当反省している感じ……だけど。


(なんだか……ずるい気がする)


これじゃあ他人から見たら、わがままな彼女に困らされている気の毒な彼氏みたいだ。そんなのずるい。人前でキスなんてあり得ない行為に出た宇喜多さんが悪いのに!


(そうだよ!)


きっぱり言ったのは間違ってなかったと思う。言わなくちゃいけないことはちゃんと言わなくちゃ。確かにわたしは年下だけど、何でも言うことをきくと思われたら困る。


前から宇喜多さんは突然、行動に出ることがあった。でも、あのころは宇喜多さんの真面目さを疑っちゃいけないと思っていたし、最近ほどあからさまでもなかった。だから、はっきりと止めることができないでいた。


けれど、今は事情が違う。わたしを好きだと……いいえ、お互いに好きだと知っている。だからこそ、あいまいな態度でされるがままになっていちゃいけない。オーケーなのだと勘違いされてしまう。でなければ、強引に出ればどうにでもなると思われるか。


(わたしはそんな女の子じゃないもん!)


好きだからって、なんでも言いなりになんかならない。こんな場所でキスなんか、絶対にしないんだから!





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





(蒼井さん、無茶苦茶怒ってる……)


体全体から怒りのオーラが出ているのを感じる。


どんなに高飛車な態度の市民にも笑顔で対応できる蒼井さんが。


どれほどバレバレな言い訳の市民にも「そうですか。大変でしたねえ」と微笑む蒼井さんが。


怒っている――。


声をかける隙が無いほど。


(ああ……)


俺はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。蒼井さんが嫌がっていることに気付かないどころか、独りよがりに逆の解釈をするなんて!


――「そういう関係じゃありません!」


はっきり言われてしまった……。


(当然だよな……)


俺が一方的に恋人への境界線を越える行為に出たのだから。自分で「待つ」と言っておきながら。


だいたい、蒼井さんがキスをねだったりするわけがないじゃないか! しかも外で!


ちょっと前には他人のいちゃいちゃぶりに非難の目を向けていたくせに。自分にチャンスが来たと思ったら、普通に考えれば分かることも頭から吹っ飛ぶほど興奮して……、ああ、情けない! なんてふしだらな男なんだ!


(はぁ……)


さっきまでは順調だったのになあ……。


でも、調子に乗った俺が悪いんだ。蒼井さんはまだ決心がついていないって分かっていたのに。


今までだって、何度も困った顔をしていた。


抱き締めることまでは認められている、なんて、強引な理屈で反論できないようにしていたから。俺のことを好きなのだから許してくれるって、心の中で甘えていたんだ。


でも、蒼井さんは本当に嫌だったのだ。そしてさっき、とうとう、俺がふたりの関係を自分に都合良く解釈していると指摘されてしまった。何も反論できない。


(嫌われちゃったかなあ……)


節操のない男だと軽蔑されたかも知れない。俺の真面目さを評価してくれていたのに……。


(だけど……)


帰らないでいてくれるってことは、許してもらえるのかも。それも考えが甘いだろうか? でも、早くあやまって、反省していることを態度で示すに越したことはない。


(うん。態度で示そう)


当分のあいだ、蒼井さんに触れるのは自粛だ!





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





(そろそろ終わりにしたい……)


こんなふうに無言で歩くのはもう嫌。つまらない。宇喜多さんのお誕生日なのに。それに、疲れた。


(あ……)


柵の向こうに港の夜景が。


(きれい……)


引き寄せられるようにして柵にたどり着く。隣に宇喜多さんが立ったのを無視するふりで意識してる。柵越しに海を見下ろして。


(海が黒い。波が光ってる)


穏やかな夜の海が、大きな橋や岸壁の明かりを受けてちらちらと光っている。ここは丘の上だから、波の音は聞こえない。でも、海がじっとしていないのは分かる。


(そうだ。これ)


ずっと握ったままだったプレゼント。宇喜多さんにあげなくちゃ。


でも、なんて言えばいい? 声をかけにくい。


(あーあ……)


わたし、何をやってるんだろう。


せっかくのお誕生日なのに。そして、わたしは宇喜多さんのことが好きなのに。


(そうなんだよね……)


宇喜多さんも、もう十分に反省しているみたいだし……。


あんなふうにしょんぼりしているのも真面目だからだよね。それも宇喜多さんらしい気がして、ほっとする。まあ、あんまり落ち込まれると少しイライラするけれど。


でも、わたしの方が優勢になれることもあると分かったのは一つの収穫かも知れない。わたしの言葉をきちんと受け止めてくれた証拠だから。これって、これからのふたりの関係には、とても重要な要素ではないかな。


(これからのこと……か)


どうしても、進む方に考えが行きがちだ。


やっぱり断りたくない。本当にそれでもいいのかな……?


「本当に、すみませんでした」


ハッとして隣を見たら、宇喜多さんが頭を下げていた。


「僕が調子に乗ったのが悪かったんです。驚かせてすみませんでした」


(宇喜多さん……)


丁寧な言葉遣いが誠意を伝えてくれる。


宇喜多さんはちゃんと分かってくれたんだ。わたしを大事にしたいと言ってくれていたのは本当だったんだ。


まっすぐに見つめてくる真面目で決意を秘めた瞳。胸の中に何かがこみ上げてくる。熱く、強く。


(こんなに好き……)


こみ上げてきた何かが体中に広がる。頭の中で「ほら、やっちゃえ!」とささやく。宇喜多さんに抱き付くチャンスだと――。


「……いいえ。もういいです」


あきらめの気持ちで視線をそらす。


抱き付くなんてできるわけがない。こんなに人がいる場所で。さっき、そう思ったばかりだ。でも、抱き付けば、気持ちが素直に伝わりそう……。


「これ……、プレゼントです」

「……うん。ありがとう。開けていい?」


微笑んでくれた。これで一件落着、かな。


「もちろんです」


ラッピングを開けるのに手間取る宇喜多さんが面白くて、わたしも笑うことができた。でも、手伝おうとした指先が触れたとき、また頭の中で「チャンスだよ」と声が……。


(ぎゅーってハグして「これもプレゼント」って言ったら、喜んでくれるかなあ……?)


やっぱり勇気は出ないけれど……。


「あ、ボールペン? へえ、この流線形がきれいだなあ」

「迷ったんですけど、こういうのをジャケットの内ポケットからサッと出したらカッコいいなあって」

「あははは、じゃあ、字も練習しないといけないね。どうもありがとう」


(ああ……、笑顔だけか……)


頭をなでてくれるとか……ないのね……。


(んー……)


手をつなぐくらいは……してみたい気もするんだけどなあ……。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ