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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
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128 蒼井さんの気持ち その2


俺を見つめる蒼井さんはとても真剣だ。そんなふうに決意をたたえた表情もやっぱり素敵だ。


「……ごめんなさい」


(え?)


真摯な声の響きで現実に引き戻された。楽天的な気分がすうっと消える。


胸のあたりがしんとして、背筋に冷たいものが走る。


(あるわけなかった……)


蒼井さんに好かれるなんてあるわけなかった。いったい何を考えていたのだろう? 何を根拠に浮かれてたんだ? あんな自惚れたことまで言ったりして。


「わたし、宇喜多さんのこと……」


彼女は断るつもりだ。何て言われる? 「好きじゃありません」? 「好きになれません」? ああ、あのときに告白しなければ――。


「好きなんです」

「……はぁ?」


一瞬の空白のあとに意味を理解した。けれど。


(喜んでいい……のか?)


良さそうだけど、どうも勢いが足りない。蒼井さんの態度も一般的な愛の告白とは違うような気がする。


「あ〜! 好きじゃないって言わなくちゃいけないのに〜!」

「それは……傷付くけど……」

「本当にごめんなさい!」


頭を抱えてあやまられてしまった。ますますどう対応すべきか分からない。


「ええと……、どうしてあやまるのかな……?」

「だって……、きっぱり断れない……」


(それ、そんなに困ること?!)


当事者である俺は嬉しいのに! 俺の気持ちは知ってるはずなのに!


「宇喜多さん、何か困った性癖とかありませんかね?」

「いや……、いたって普通だと思うけど……」


もしも「ある」って答えたら、今後の人間関係にも影響が出ると思う!


(まったく、蒼井さんは……)


胸の底でため息が出た。どうしてそんなに後ろ向きなんだろう? 仕事中はあんなに堂々としているのに、個人的な話になるとまったく自信を持てなくて。


(ふふ)


まあ、そこが彼女のかわいらしさでもある。


なんだか可笑しくなって、少しばかりふざけてみたくなった。


「俺を好きになるのは悪いことなのなのかな?」

「宇喜多さんのためになりません」


なるほど、これは彼女なりの正義なのだ。


「んー…それは、蒼井さんに好かれると、俺が堕落するとか?」


彼女は心底驚いた顔をした。ふざけていることに気付いたらしい。


「そうじゃなくて、宇喜多さんが幸せになれないってことです」


少し口をとがらせた顔もかわいらしくて、やっぱり俺は深刻にはなれない。


「俺の幸せは蒼井さんと一緒にいることだから、それだと矛盾しちゃうな」

「それは、宇喜多さんの予測が甘いんです」


まるで年長者の指摘だ。確かに俺よりも蒼井さんの方が世の中の厳しさを知っているのかも知れないけれど。


「宇喜多さんには幸せになる資格があります」

「はい」

「だから、わたしなんかを選んではいけません」

「それ、飛躍し過ぎ。理由を述べよ」

「う……、省略します」

「じゃあ、あきらめない。ずっと待ってる」

「そんなあ」


情けない声も顔も本当にかわいくて、思わず声を出して笑ったらにらまれた。


「……嘘だよ」


俺の言葉に蒼井さんが首をかしげる。


「うそ?」

「そう。嘘。理由なんて聞かなくていい。意味が無いから」

「ダメな……理由?」

「そう。何を聞いても俺の気持ちは変わらない。なぜなら、どんな背景があっても、蒼井さんは蒼井さんだから。よって、言う必要は無い。以上」


蒼井さんがまた困った顔をした。


「俺の幸せは蒼井さんと一緒に……いや、違うな。幸せな蒼井さんをそばで見ていること、だな」

「わたしの?」

「そう。その幸せを、俺があげたいな」


そうなのだ。蒼井さんの幸せこそが俺の幸せだ。そこを分かってほしい。


「……いいんです、わたしは」


短く言って、頑なな表情で前を向く。


「わたしは……無理だから。だからいいんです。自分のせいで宇喜多さんに嫌な思いをさせたくありません」

「嫌な思いって、どうして?」

「それは……いろいろ……」


例の話せないことらしい。


「うーん、だとしても、蒼井さんにも幸せになる権利はあるよね? じゃあ訊くけど、蒼井さんの幸せって何?」

「わたしの幸せ……?」


蒼井さんが真剣に考え込む。


「お金に困らないこと……かな」


現実的な答えが返って来たので少し驚いた。でも、すぐに納得した。彼女は貧しいことが本当につらかったのだ。


「それはもう大丈夫じゃない? 今の仕事なら、贅沢しなければやっていけるよね?」

「あ、そうか。じゃあ……、わあ、夢がかなった! すごい!」


真面目に驚いているところがまた微笑ましい。


「次は? これからどうしたい? どんな人生を送りたいの?」

「人生……?」


ぼんやりと、まるで忘れていた言葉を久しぶりに思い出したように遠い目をする。……と、ふわりと笑った。


「普通でいいです」

「普通?」

「はい。家族がお互いに大好きで、たくさん笑って……」

「ああ……、いいね」


蒼井さんも幸せな家庭を望んでいるのだ。一人でいたいわけじゃない。


「お金持ちじゃなくてもいいんです。ただ、子どもにお金のために進学をあきらめることだけはさせたくない」

「……そうだね」


彼女にとって、大学に行けなかったことはそれほど大きな悲しみだったのだ。人生の目標にするほどの。


その願いは共有できる。俺も自分の子どもに蒼井さんと同じ失望を味わわせたくはない。


「好きなひとと、ずうっとずうっと……」


ふと、声が途切れた。


ハッとして様子を窺うと、前を向いたままつらそうに唇を噛んでいた。


(蒼井さん……)


自分の幸せを思うことにさえ傷付いてしまうなんて。その願いが悲しい思い出とつながっているから。そして、実現できないと思っているから。


彼女が一人で抱え込んでいるものの重さと大きさを思うと、胸が締めつけられるような気がした。


(どうしたらいいんだろう……)


時間が解決してくれるのだろうか? それとも強引に進めるべき? ああ、分からない!


(せめて今、できることは?)


何かあるはずだ。何か……。


「ねえ、蒼井さん」


こちらに向いた瞳には、ただ淋しいあきらめが浮かんでいるだけ。


「俺は蒼井さんの気が済むまで待つよ。だから、今はまだ断るなんて言わないで。もう少しこのままでいようよ、俺は待てるから」


そして、ふたりで幸せになろう。


しばらく俺の横顔を見ていた蒼井さんが視線を前に戻した。そして、静かに口を開いた。


「宇喜多さんの……賭けは、大きすぎます」

「賭け?」

「そうです。失敗したら、宇喜多さんの時間がたくさん無駄になってしまいます。わたしも……」


少し迷ってから彼女が続けた。


「なくなるものの大きさを考えると怖い。今が楽しいから」


付け加えられた「今が楽しい」という言葉が胸に沁みた。今の時間を彼女がどれほど大切に思っているのかが伝わってきて。


「確かに賭けのようなものだけど……」


どう伝えれば、彼女は勇気を出せるのだろう。


「賭けって言うなら全部がそうだよね?」

「全部?」

「うん。実行に移すことは全部。就職も進学も、何かを言うことも。いつだって、相手が理解してくれるとは限らないんだからね」

「それはまあ……、確かに……」

「でも、やってみなくちゃならない」

「はい」

「親友だと思っていても、たった一言で怒らせちゃうこともあるしね。そう思うと、人生ってなかなかスリリングだね、あははは」


蒼井さんが少し力を抜いた。


「そうは言っても……失敗したら……」

「成功するかも知れないよ?」

「わたしの場合、リスクが大きいから……」

「俺にあきらめてほしい?」

「その方が宇喜多さんのためには……」


それ以上は言葉が出ないようだ。困り切った様子で小さくため息をついている。はっきりと「あきらめてください」と言えない彼女がますます愛おしくなる。


「ねえ、蒼井さん。たぶん、理屈では俺には勝てないよ。俺、昔から『理屈っぽい』って言われてるんだ」


それがこういう場面で役に立つとは思わなかったけれど。


「それに頑固だとも言われてる。……くくっ、蒼井さんも同じかな?」


こんなにあきらめないのだから、そうに違いない。


「仕方ないよね。やっぱりこの話はしばらく保留にしようよ。……さあ、着いたよ」

「あ……」


いつもと違う道から入ったので気付かなかったらしい。自分のアパートを見付けてあわてて荷物を確認している。その間に車を止めて。


「シートベルト、はずすよ?」


急いで両方のシートベルトの解除ボタンを押す。


「あ、ありが――うわ、あれれ?」


外れたシートベルトからあたふたと蒼井さんが抜け出す。そのタイミングを見計らい、肩を引き寄せた。


「え? え? え?」


戸惑いの声は無視だ!


(やっぱりこれ、最高……)


彼女を包む腕に力をこめる。態勢がちょっときついけれど、温もりもやわらかさも気持ち良い。きっと蒼井さんは俺のために創られたんだ!


「好きだよ」


思ったままに囁くと、彼女が震えたのが分かった。


(ああ、キスしてみたい!)


どんな感じだろう? いや、それだけじゃ足りない。このままどこか二人きりになれる場所に連れて行きたい! ――でも、今はまだ我慢だ。


「あの、あの、え?」


蒼井さんの混乱した声。残念ながら、抱き締め返してはくれないようだ。


「待ってくれるって……」

「これはオーケーなはずだよ? 蒼井さん、あのとき『今のままで』って言ったよね?」

「そ、それは……」


反論はできないはずだ。だって、自分で言ったのだから。


(ああ……かわいい!)


先に進めない分、しっかり味わわないと。


「う、宇喜多さん、……あ」


残念。前から車が来た。今日はおしまいかな。


手を離すと蒼井さんが大急ぎで荷物を抱えて頭を下げた。


「お、おやすみなさい。ありがとうございました」


お礼の言葉ももどかしく、あっという間にドアを開けて外へ。


「おやすみ。明日、試験頑張ってね」

「あ、はい」


今までにないスピードで彼女がアパートの階段を上って行く。そのまま待っていると、彼女の部屋のカーテンが開き、細い灯りを背に彼女が顔を出して手を振った。


(おやすみ。またね)


車を出しても、微笑みが止まらない。


(いい終わりだったー……)


抱き締めた感触が体に残って気持ちがふわふわする。しかも、彼女は俺を好きだとはっきり言ってくれたのだ!


やっぱり簡単には進みそうにないけれど、それは二人とも頑固だから仕方ない。


(それにしてもなあ……)


俺たちって、お互いに手の内を全部晒して主張をぶつけ合っているだけな気がする。はったりも駆け引きも無し。恋愛経験が足りないせいだろうか。


だとしても、彼女は俺を好きだと言ってしまってから、俺があきらめると本気で思っているのか?


(そういうところもかわいいよなあ……)


嘘をつけないところが本当に蒼井さんらしい。そんな彼女をあきらめるなんてとんでもない。


愛しさ倍増だ!







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