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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
123/156

123 ◇ わたしはどうしたいの? ◇


(あんなに喜んでくれるんだ……)


電話が済んだスマホを胸に抱きしめた。頬がぽわんと熱い。


花澤さんに言われたから、思い切って言ってみた。そうしたら。


(賭けに……勝った……)


わたしからの頼み事。断られることも覚悟していた。


なのに、まさかあんなふうに言ってくれるなんて思わなかった。あんなに喜んでくれるなんて。


(嬉しい)


笑い出しそうなほど嬉しい。気持ちが舞い上がるって、こういうことを言うのかも知れない。


(お誕生日のことも……)


嫌われたわけじゃなかった。一緒に過ごしてもいいんだ。


話が遅くなったのは、きっと予定を練り直していたからだ。不安がる必要など無かったのだ。いい加減なひとじゃないって知っているのだから、わたしはただ信じて待てば良かったんだ。


でも……。


「ふぅ……」


ため息が出てしまった。


(わたし……ダメだなあ……)


喜んでる場合じゃないのに。


宇喜多さんはほかの誰かと幸せにならなくちゃいけなんだから。まだわたしを好きでいてくれるからって、簡単に喜んでいちゃいけない。


(だけど……)


やっぱり好きなんだもの。


電話をかけてもらったことも、声を聞けたことも、あの約束がまだ有効だったことも、全部が嬉しい。嬉しいから自分から引くことができない。引くどころか、じりじりと前に出てしまう。


(どうしたらいいんだろう?)


自分の気持ちをどうすることもできない。すごく、すごく、好き。


花澤さんは、幸せを求めてもいいと言った。宇喜多さんはわたしにちょうど良いとも。賭けに出ることも必要だとも。


さっきみたいに喜んでもらえると、本当に自分が宇喜多さんを幸せにしてあげられるような気もしてくる。


でも。


現実はそれほど甘くない。甘くないってことをわたしは知っている。


家でも学校でも、わたしは現実を突き付けられてきた。楽しいことを期待しても無駄だって知っている。楽しいことも無いわけじゃないけれど、その場その場で差し出されたもので満足していればいい。未来に期待を持たなければ、失望して傷付くことは無い。


(うん、そうだ)


宇喜多さんはまだ知らないことがある。わたしの家族や……家族に対するわたしの気持ち。貧しい価値観も。


知ったらきっとがっかりする。そんなわたしのことを嫌いになる。


それはいやだ。嫌われるよりは、ずっとお友だちでいられる方がいい。だから知られたくない。だから……これ以上は進めない。


(そう。進めないんだ)


嫌われないために。ずっと宇喜多さんと仲良しでいるために。


「うん、そうだよね」


わかっているのに難しい。でも、やらなくちゃいけない。


「よし。夕飯作ろう」


声に出して勢いをつける。今日はナポリタンにするつもり。あとコーンスープ。


(玉ねぎ、にんじん、ピーマン。それからベーコン)


今日、電子レンジでスパゲティをゆでられるという便利グッズを買って来た。宇喜多さんのお誕生日プレゼントの下見に行って。


(宇喜多さん……、わざわざ電話くれた……)


また考えてしまう。困るのに。でも……。


(わたしが午後は出張だったから?)


明日の朝でも良かったのに。土曜日のテニスのときでも。


(やっぱり嬉しいな。…ん?)


また電話だ。今度は誰?


(鈴穂!)


「もしもし? 鈴穂?」

『ルウ? 元気だった?』

「うん! 鈴穂も元気? 大学はまだ夏休み?」


話が弾んで長引くかも知れない。食材を冷蔵庫に戻しておこう。


『実は……さ、ルウに相談してみようと思って』


ベッドに腰掛けたところで鈴穂の遠慮がちな言葉が聞こえた。


「相談? あたしに?」

『うん。あの……さ、クラス会のとき……、砂川くんと会う約束したって言ったじゃん? で、会ったんだけど……』

「あっ、ああ、そうだったよね。どうだった?」


もしかしたら結果報告? 絶対に上手く行くと思って心配していなかったけれど……。


『それが……緊張しちゃって、もうなんだか訳分かんなくなっちゃって……』

「え? 鈴穂が?」


いつも堂々としていて、自分の意見をきちんと言える鈴穂でも、好きなひとと二人だと緊張する……?


『あたし……ほら、男子と二人でって初めてで、自分でも予想外だったんだけど、その日になったら急に不安になっちゃって』

「ああ……」

『行く前に服をさんざん脱いだり着たりしてね、最終的に着て行ったものを砂川くんと会った途端に後悔して落ち込んで、それを隠そうとして中途半端にはしゃいで、でもそれはあたし的にはかなり無理をしてて……』

「そうか……、大変だったね……」


なんだか無理をしている鈴穂が見える気がする……。


『ほんっとに馬鹿なこと言ったりしたりして、そのたびに自己嫌悪。だんだん悲しくなるし、でも、それを知られたくなくて強気なこと言ったりね。もう、めちゃくちゃ』

「そう……」


鈴穂の気持ちが分かる。


砂川くんと約束したと、楽しそうに教えてくれたときの様子を思い出す。きっと二人の時間をあれこれ想像していたに違いない。わたしだって同じだもの。でも、それが上手く行かなかったから……。


「それで砂川くんは? どうだったの?」

『そ…、それが、変なんだよ』

「変?」

『ぜんっっっぜん平気みたいなの』

「え?」

『あたしが何言ってもにこにこしてるだけで、ずっとご機嫌なの』

「そう……なんだ?」

『帰りは駅で別れたんだけど……『次はいつ会える?』って訊かれて……』

「鈴穂!」


それは。それじゃあ……。


「で、約束したの?」

『うん……。その場でスケジュール見て……』

「それは……砂川くんはまた会いたいと思ってくれてるってことだよね?」


何を悩むことがあるの?


『そうみたい。だけど、そんなの変だよ! 絶対変!』

「どうして?」

『だって、思い出してみてよ。高校のとき、砂川くんの周りにいたのは沙織たちだよ? ファッションだって言葉遣いだって遊びだって、あたしとは全然違うよ? 上手く行くはずないじゃん!』

「鈴穂……」

『あたしはさ、あんなふうにできない。男の子に気軽に甘えたりとか、いかにも女の子っていう服とか、大勢で盛り上がったりとか、絶対無理』


もしかしてそれは劣等感なの? あの頃もそう思っていたの? 鈴穂も?


(わたしと同じ……?)


「そうだよね。わかるよ、鈴穂。でもね」


そう。「でもね」だよ。


「砂川くんは、そんなこと分かってるよ」

『え……?』

「だって、同じクラスだったんだよ? 鈴穂が沙織たちと違うってことはちゃんと分かってるよ。それでも誘ったんだよ?」


わたしは二人の外側にいるからよく分かる。


「砂川くんは、鈴穂に沙織たちと同じことなんか期待してないよ。鈴穂がどんな子か、ちゃんと分かってる。鈴穂はそのままでいいんだよ」

『そうなの……かな。期待されてない?』

「期待されてるとすれば、鈴穂らしいことじゃないかな。誰かの真似じゃなくて」

『あたしらしいって……よく分からないけど』

「あたしと一緒にいるときってことじゃない? 砂川くんが見ていたのはその鈴穂でしょう? あれは無理をしていたの?」

『違う。ルウといるときは自分そのままだったよ』

「良かった! ありがとう。あたしも鈴穂といるときが一番気楽だったよ。砂川くんが見ていたのはそういう鈴穂だよ」

『じゃあ、いいのかな……』


鈴穂でもこんなに迷うんだ。わたしから見れば何も問題は無いなのに。


「ねえ。鈴穂はどうなの?」

『え?』

「砂川くんと会ってみて、どう思ってるの? もう会いたくない?」


そこが重要なポイントだ。


『会えるなら……会いたい』


静かな声。


『出かけるときに不安だったのは、話が合わないんじゃないかってことだったの。ずっと接点が無かったから、お互いに違い過ぎるんじゃないかって。だけど……』


落ち着いた声が続いた。


『あたしが変なことを言っても面白がって笑うだけでね、意見が違ってもちゃんと聞いてくれてね、なんて言うか……違っていたら、お互いのちょうど良いところを探して、みたいな……』


(違っていたら、ちょうど良いところを探して……)


『お互いに譲り合いながらああだこうだ言って……、そういうのも楽しくてね』

「うん。きっとそうだね」

『だから……また会いたいな。次はもう少し落ち着いて話したいし』

「うん、そうだね。そうしなよ。砂川くんも会いたいって思ってくれてるんでしょう? だったら続けたらいいよ」

『……そうかな。大丈夫かな?』

「大丈夫かどうか、やってみないと分からないでしょ? それにね、今日、職場の先輩が言ってたよ、『その道が無理だと思ったら、次の交差点で降りればいい』って」


そうだ。鈴穂は大きな道に合流した。幸せに向かって進み始めた。


『……そうか。いつでも降りられるんだ』

「うん。降りたらまた別の道につながってるって」

『別の道か……。そうだね』


深呼吸をした気配が伝わって来た。


『ルウ、ありがとう。覚悟が決まった気がする』

「覚悟?」

『うん。あたしらしく、砂川くんにぶつかってみる。で、ダメだと分かったら終わりにする』

「やだ、鈴穂。終わりにする前提で考えないで」

『あははは、大丈夫だよ。逆に上手くやって行けそうな気がしてきたから』


わたしもそう思う。覚悟を決めた鈴穂ならきっと大丈夫って。


そして今ならわかる。クラス会の日の砂川くんも賭けに出ていたんだって。その賭けに、砂川くんは勝ったのだ。


(みんな勇気が必要なんだ……)


ほっとした様子の鈴穂の声を聞きながら思う。


好きなひとと上手くやって行けるかどうか、みんな不安なんだ。相手と自分との違いを埋めたり乗り越えたりできるのか、相手が自分に失望するんじゃないか……って。


そういう不安を抱えながら、そのひとと一緒にいるために覚悟をして、勇気を出して。


(宇喜多さんは……そうしてくれたんだ)


気持ちを告げてくれたことも。お誕生日の約束も。


わたしからの頼み事をあんなに喜んでくれて。


(それで、わたしは……?)


……逃げるだけ?







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