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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
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122 揺れる、揺れる、不安と希望が


(今日も言えなかった……)


帰りの電車の中でため息が出た。


九月になると、七時過ぎの外はもう暗い。窓にはつり革につかまった冴えない自分が映っている。


(あと十日ちょっとだ……)


また一つ、ため息。


俺の誕生日の約束。休暇を取ることになったから、蒼井さんと会う場所を決めなくちゃならない。だけど、なかなか言い出せないでいる。


理由は、蒼井さんがどう思っているのか分からないからだ。


休みが決まってから今日で三日目。仕事中も何かのはずみで思い出し、プレッシャーで落ち着かない気分になったりする。今日の午後は彼女が出張で少し落ち着けたけれど、話すチャンスが無くなったのは事実で。


遅くなると、どんどん言い出しにくくなってしまう気がする。


このままだと中止になったと思った蒼井さんが予定を入れてしまうかも知れない。そんなことになったら、それこそ二度と挽回できないのではないだろうか。


(だけど……)


仕事中はもちろん言えないし、朝の電車の中でも話しづらい。昼休みや終業後も。他人が大勢いる中でふたりで出かける話をするなんて、俺にはとても無理だ。本当は焦っているくせに、何も気にしていないようなふりをしている自分が情けない。


(蒼井さんも何も言わないし……)


誕生日と休暇が重なることは聞こえていたはずだ。俺が「用事がある」と言ったことも、それがふたりで出かける約束のことだというのもわかったはず。なのに、平気な顔をしていた。まるでどうでもいいみたいに。


そりゃあ、俺たちの関係を先輩たちに知られないように、という気持ちは俺だってある。でも、そのあとも、今朝も、何も言ってくれなかった。態度もちっとも変わらないし。もうすでに出かける気が無くなっているのかも……。


(ああ……)


蒼井さんの気持ちは俺に向いていると思い込んでいた俺はいったい……。


誕生日の約束は、そもそもの誘い自体が強引だったから。あのときは俺がどんどん話を進めて、蒼井さんに断る隙を与えなかった。いや、断るチャンスはあげたけれど、あの流れで彼女は断らないと俺には予想がついていた。


蒼井さんは本当は全然乗り気じゃなくて、この機会に有耶無耶にしてしまおうと思っているのかも知れない。だから俺の休暇の日程を決めるときも積極的で。


いや、それよりも、月曜日のあの返事で約束を断ったつもりだったのかも……。


(俺の誕生日なんかどうでもいいんだ……)


考えてみると、約束するときはいつも俺からだ。


テニスの送迎も、遅くなった時に送ることも、ほかの小さなことも。夏のスクーリングの打ち上げだって俺が言い出したことだ。蒼井さんから何かを頼まれたことなど一度も無い気がする。


蒼井さんから言ってくれるときは「お礼」。お世話になっているから、と。要するに、「お返し」だ。積極的な気持ちではないのだ……というよりも、俺に借りを作りたくないのかも知れない。


(そりゃそうだよな)


だって、こんな俺なのだから。


こんなふうに一人でうじうじ考えてばかりで。見た目も性格もつまらないし。


蒼井さんみたいにみんなに可愛がられる女の子が俺と関わろうなんて思うはずがない。


(……ん?)


蒼井さんは俺のことなどなんとも思っていない……。


(そう…………だな)


確かに。


そうだ。


そうだよな。


そうなんだ!


(なんだ!)


「蒼井さんが」、じゃないよ!


何も言ってくれないのは当然じゃないか。


何を考えてるんだ、俺は。なんで蒼井さんのせいにしてるんだ。


蒼井さんを好きなのは俺じゃないか。


「俺が」蒼井さんを好きなんじゃないか。


蒼井さんには何も義務は無いんだ!


(そうだよ)


蒼井さんは俺に返事をしていない。彼女の気持ちは分からないままだ。自分が好かれていると思ったのは俺の勝手な思い込みだ。


彼女はただ、今までの状態を続けたいと言っただけ。そして俺は、その話は一旦保留にしようと伝えた。


つまり。


以前と何も変わっていない。俺の片思い状態が継続中ということだ。


だったら、俺がちゃんと言わなくちゃ。誕生日を一緒に過ごしたいと思っているのは俺なのだから。蒼井さんが希望しているのではないのだから。


(なんて馬鹿だったんだ!)


拗ねている場合じゃなかった。うっかりしていたら、せっかくの約束が消えてしまうところだった。今までと同じように、俺から言わなきゃダメなんだ。気が付いて本当に良かった!


(電車を降りたら電話してみよう)


善は急げ。思い立ったが吉日。(あと)と化け物はあったためしが無い。


やるべきことは後回しにしちゃダメだ!





「ああ、蒼井さん? もう家に帰ってた?」


改札口を出てすぐに電話をかけた。


『ちょうど部屋に入ったところです』


明るい声が聞こえてほっとした。彼女は今、絶対に笑顔だ。そう信じられる声だ。


「今? 遅かったんだね。会議が長引いたの?」

『いいえ。ちょっと横崎でブラブラしてきたので』

「そうなんだ? あのね、十六日のことで電話したんだけど……」


いよいよとなったらドキドキしてきた。祈るような気持ちで次を続ける。


「あのさ、約束あったでしょう? その……食事に行こうって」

『あ、はい! どうするのかなって、思っていました』


(やった!)


思わずスマホを握りしめていた。蒼井さんは忘れていたわけじゃなかった。この声の感じだと、嫌がってもいない。


(良かった!!!!!!!)


一気に気分が高揚する。なんて単純なんだろう。


「俺、車を出そうと思うんだ。ちょうど休みだから迎えに行けるし、少し遠出することもできるから。もちろん、ちゃんと送るよ」


だから、多少……いや、かなり遅くなっても大丈夫だ。


『え、でも、車で行ったらアルコール飲めませんよ? 宇喜多さんのお誕生日なのに』

「べつに飲まなくても平気だよ。蒼井さんも飲まないんだから、全然構わないよ」


酒なんかよりも、蒼井さんとふたりきりになれる空間を確保できる点の方が圧倒的に魅力的だ。


「どこで待ち合わせしようか。区役所の裏はあんまり停まれなさそうだよね」

『く、区役所の裏はちょっと……目立ちますよ?』

「あ、そうか」


一刻も早く…と思ったけれど、さすがに職場に近すぎる。見られるのは気まずいし。


「じゃあ、かもめ駅のロータリーかな」

『ロータリーなら……そうですね、大丈夫だと思います。仕事終わったら急いで行きますね』

「ああ……、ごめんね、俺の仕事もさせちゃうんだよね」

『いいえ、気にしないでください。わたしもスクーリングのとき、みなさんに手伝っていただいてますから。お互いさまです』


(そうか、「お互いさま」か……)


言われてみると、確かにそうだ。


子育て中の高品さんは、お子さんの病気で急に休む日もある。古森さんはこの前、お父さんの入院で帰らなくちゃならなくなった。俺にもいつかはそういう日が来るのだろうし、自分の病気やけがの可能性もある。


そういうときにフォローし合うのが組織なのだ。休みのこと以外にも、忙しいときに手伝ったり、困っているときに相談したりすることも、「お互いさま」の一環だ。


(だから高品さんが、俺も休まないと休みにくいって言ったんだ)


頼む側にも引き受ける側にもなる。一人だけが無理をしたり我慢したりするのではなく。そして、嫌々ではなく。人間関係が上手く行っている職場じゃないと、「お互いさま」は上手く行かないのかも知れない。


「どうもありがとう。急ぎじゃないものはそのまま置いておいていいからね」

『はい。残業にならないようにします。お客様がらみじゃなければ』


まあ、お客様の対応なら仕方がない。


『それで、あのう……、尾長区って、宗屋さんの家から近いですか?』


蒼井さんから思いがけない質問が。


「尾長区? そうだなあ、隣り合ってはいるけど。尾長区のどの辺?」


何か用事があるのだろうか。


『北の方なんですけど……』

「それなら遠くないと思うよ。何かあるの?」

『あのう……、今度の土曜日なんですけど、テニスのあと、実家に行くことになって……』

「ああ。そう言えば、尾長区だって言ってたね」

『はい。それで、ご面倒じゃなければ、宗屋さんを送るついでに実家の近くで降ろしていただけたら――』

「もちろん、いいよ!」


最後まで聞かずに声が出た。だって、嬉しくて。


「大丈夫、遠くないから。ナビもあるしね」

『ありがとうございます。助かります』


蒼井さんのほっとした声を聞きながら、そうなじゃいよ、と思った。


「蒼井さんが頼みごとをしてくれるのって初めてだよね? すごく嬉しい」


ニヤニヤ笑いが止まらなくて、壁の方を向かなくちゃならないくらい。


『え、あの、そうですか? でも、余計な時間をかけさせてしまいますけど……』

「いいんだよ、そんなこと。市内なら何でもないよ。もっと遠くたっていいよ」


世界の果てまでだって。


「蒼井さんの役に立てると思うと本当に嬉しいよ。あ、べつにお母さんに挨拶したいとか言わないから心配しなくていいよ。ただ、頼み事をされたのが嬉しくて」

『そ、そうなんですか? あの、なんだか申し訳ないです。ありがとうございます。では、お願いします』


意味不明で困っているらしい。そんな蒼井さんを思い浮かべると愛しさがあふれてくる。


「うん、了解」


蒼井さんは俺のことを嫌ってなどいない。それどころか、頼りにしてくれている。


やっぱり俺たちの関係は……有望に違いない!







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