表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
120/156

120 やっぱり不安が


「宇喜多くん、ちょっといい?」


終業時間が近いころ、係長との話から戻った原さんに声を掛けられた。その手には税務システムの九月の処理日程。


「宇喜多くん、夏休み取ってないんだって?」

「あ、はい……」


瞬時に後ろめたさに襲われる。夏季休暇のことは先週も係長に言われていたのに。


けれど仕事はあるし……というのも本当だけど、一番の理由は仕事に来れば蒼井さんと一緒にいられるからだ。だから、このままとぼけてしまおうかと思っていた。


「今月一杯が期限だよ? まるまる四日残ってるんでしょ?」

「はい……」

「じゃあ、今決めよう」


椅子ごと近付いてきた原さんが俺の机に九月の日程表を乗せた。チューターとしてここまで気を遣わせてしまうなんて。余分な時間を取らせてしまい、本当に申し訳ない。そうは言っても……。


「シルバーウィークもあるから計画的に取らないとね。」

「はい……」

「従業員の権利をきちんと行使するのも大事なんだよ。取得率が低いのは良い職場環境じゃないってことになる。役所がそれじゃあダメなんだよ」


(やっぱり取らなきゃダメか……)


ブラック企業の社員にはうらやましがられるだろうけれど。


「そもそも、休暇を取らないのが良い職員ってわけじゃないんだからね。残業が多いから仕事をちゃんとしてるっていう勘違いと同じことだよ」

「あ! そうそう、本当だよ! さすが原さん、いいこと言うよね!」


向かいから高品さんの勢いの良い声がした。


「いたんだよ、前の職場に! 昼間ダラダラ仕事して残業代稼いでるヤツ! 電話なんかちっとも出ないくせに偉そうでさあ、残業たくさんしてるから係長には仕事熱心だと思われてひいきされててさあ。そいつのせいで割り当ての残業代無くなっちゃって、職員みんな、すっごい怒ってたんだよね」

「そんな人、いるんですか……?」

「たまにね」


原さんがさらりと言い、「じゃあ、日程なんだけど」と九月の日程表に注意を促した。


「今日が1日の火曜日で……今週は忙しいんだよね? うーん、シルバーウィークの合間を休暇で埋めて……」

「う、あ、いえ、そこは来ます」

「え? 来たいの?」


俺、そんなに信じられないようなこと言った……?


「新人だからって遠慮すること無いんだよ? 宇喜多くんは四月から一度も休暇取ってないんだから。真面目なのはいいけど、この辺で一息つかないと潰れるよ?」

「そうだよ。それに、そういう人がいるとあたしたちも休みにくいんだから。ね、東堂さん?」

「ええ、そうです」


そう言われても、俺は毎日仕事に来ている方が楽なのだ。高校でも大学でも、さぼるよりも授業に出ている方が簡単で気楽だった。


それに、蒼井さんに会えない日が何日も続くのは嫌だ。後半にテニス部の合宿があるとは言え、その前にそんなに休んだら、蒼井さんに忘れられてしまうかも知れない。


「あの、そのころだと月末が近いし」

「何言ってんの。宇喜多くんが実際に忙しいのは月初めでしょ。それに、蒼ちゃんがいるんだから、仕事が滞って困ることはないよね?」

「あ、はい、大丈夫です。どうにかします!」


蒼井さんにも聞こえていたらしい。力強く請け合ってくれた。確かに仕事の心配はいらないけど、蒼井さんは俺と会えない日が続いても平気なの……?


「だいたいねえ、最初から計画的に取らなかったことが間違いなんだからね」


渋い顔で原さんが釘を刺す。そう言われると何も言えない。


「……よし。じゃあ、連休はやめて来週一日と再来週に二日、最後の週に一日。それならどう?」

「そのくらいなら……大丈夫です」

「ええと、宇喜多くん関係の処理日をよけて……、窓口は俺と交換してもいいから……」

「あ、わたしも交換してもいいですよ」


平気な顔で言われてしまった。蒼井さんは俺と会えなくても何でもないらしい。朝の電車に俺がいなくても……。


「ありがとう。でも大丈夫みたい。来週は木曜、再来週は水、木、最後の週は月曜ってところかな」


原さんが日程表に丸を付けていく。


「あ、その日は」

「ん? なに?」

「ええと、用事が……」

「用事?」

「はい。再来週の水曜日に……」


俺の誕生日。帰りに蒼井さんと一緒に出かけるから休みたくないのだけど……。


「そうなんだ? じゃあ、ちょうどいいね」


笑顔で返されてしまった。


「ゆっくり用事を済ませられるし、次の日も休めるもんね」

「あ、そう…ですね」


(ああ……)


終業後に蒼井さんと一緒に出かけるのに。「来ます」って言わなくちゃいけないのに。でも、これ以上、原さんに手間をかけさせるのは悪いし……。


「蒼ちゃんがいるから仕事の心配はいらないからね。ね、蒼ちゃん?」

「ええ。何かあってもなんとかします。ゆっくりお休みしてください」


(蒼井さん!)


俺の用事って、蒼井さんと一緒の用事だよ? 忘れちゃったの? 俺の仕事のせいで残業になったりしたら嫌だよ!


「よし、じゃあ決定。宇喜多くん、休暇の取得方法わかってる? 見てあげるからさっそく入力しちゃおう。後回しにして忘れると困るからね」

「あ、はい……」


(蒼井さん……)


ちらりとも見てくれない。そりゃあ、仕事中だけど。


本当に忘れちゃったのかな? それとも、俺とのことはストップじゃなくて、リセットになっちゃったってこと?


「じゃあ、まずは自分の勤務管理にログインして……」

「あ、はい」


誕生日の約束をしたのっていつだったっけ? 確か白瀬さんとトラブったときだ。元藤さんたちと飲んだ帰りに電話で話したんだから……二週間くらい前か?


「ええと、ここの休暇申請をクリック。で、夏季休暇を選んで」

「はい」


あれから誕生日の話はしていなかった。あのときはまだ先だと思っていたし、その前に出かける約束があったから。自分の誕生日のことを話題にするのは、何かを要求しているみたいに思われそうな気がしたのも確かで……。


「あとは日にちと時間帯を入力して……うん、そう。で、同じようにほかの日もやってね」

「はい」

「最後に間違いないか、出勤簿を確認してね。あとは管理職が決裁してくれるから」

「はい。ありがとうございました」


(九月十六日……)


入力の途中で手が止まる。


間違ったふりをして、この日は入力からはずしてしまおうか。いや、でもそれは原さんに申し訳ない。わざわざ時間を割いて決めてくれたのに。


(蒼井さんは……?)


どう思っているのだろう、と思ったら、ちょうどこちらを向いた彼女と目が合った。


「どうですか? 入力できました?」

「え、あ、まあ、はい」


明るくて親切な笑顔。職場の先輩としての。


(やっぱり何とも思ってないのかな……)


誕生日のこともだけれど、会えない日がたくさんになることも。朝の電車が一人でも。淋しいとは思ってもらえないのか?


(俺の気持ち、知ってるのに……)


告白してからまだ一晩しか経っていない。俺がどれほど蒼井さんのことを想っているか分かっているはずなのに。


蒼井さんにとってはどうでも良いことなのだろうか。もしかしたら、心の中ではほっとしてる? 昨夜、蒼井さんが俺を想ってくれていると感じたのは、単なる俺の勘違い?


(自信が無くなってる……)


さっきまでは安心していたのに……。


やっぱりあんなふうに告白したのは間違っていたのか? あれは、突然の告白に驚いた蒼井さんが、その場を丸く収めようとしてあんな言い方をしただけなのか?


(ああ!)


勢いで告白しちゃダメだってわかっていたのに! しっかり計画を練るつもりだったのに!


(いや、その前に……)


いつだったか相河に、まだ告白は待てって言われたような気がする。俺たちみたいな新人は……って。


確かに仕事も半人前の俺なんかが簡単に蒼井さんに好きになってもらえるはずないじゃないか! そのうえ、恋人つなぎを知らないどころか、人前で手をつなぐことさえ恥ずかしくてできない男なんか。なのに彼女の言葉を都合良く解釈したりして、なんて間抜けなんだろう!。


(きのうはお酒で少し気が大きくなっていたから……)


もしかしたら、やっぱり蒼井さんは困っていたのかも知れない。いや、でも、今朝もいつもどおりの電車に乗ってくれていたし、俺を避けてはないよな……? いや、彼女のことだから、露骨に嫌な顔をしたりはしないだろうし……。……いや、やっぱり前と変わっている様子は無いと思う。だけど……。


(ああ!)


もう、いったいどうすればいいんだろう! 友情と愛情はどうやったら区別がつくんだ? 誰か教えてくれ!







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ