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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第八章 恋人まであと…?
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119 動き出す予感?

お待たせいたしました。

第八章「恋人まであと…?」です。


告白した翌朝の火曜日、目覚めて二秒で前夜のことを思い出して血の気が引いた。俺はなんてことをしたのだろう、と。


けれど起き上がって三秒後には落ち着いていた。告白してしまったことは取り消せないし、本心なのだから仕方がないと腹をくくったから。さらに記憶がよみがえるにつれて、蒼井さんの気持ちがこちらに向いているということにあらためて確信を持った。


これほど自信を持てるのだから、きっと勘違いなんかじゃないのだ。時間はかかっても、いつかはちゃんとハッピーエンドを迎えるに違いない。


一方、電車で会った蒼井さんは少し緊張した笑顔を見せた。


落ち着かない様子で、視線が合いそうになるとさり気なく横を向いてしまう。彼女は「このままで」と言ったけれど、彼女自身がもう今までと同じではいられないのだ。


俺はそんな彼女をただ微笑ましく思った。とても彼女らしい気がして。


こんなふうに動揺せずにいられるのは、俺の中に芽生えた蒼井さんの気持ちについての確信のおかげだろう。それが自信となって、彼女と一歩距離を置いて接することが可能になった。心に余裕を持って、仲の良い同僚兼友人として振る舞うことができる。


そんな俺の態度が功を奏したらしく、蒼井さんも間もなくやわらかい笑顔を見せてくれるようになった。職場に着いたときにはすっかりいつもの調子を取り戻し、宗屋と三人で楽しく始業準備をした。


もしかしたら、彼女は俺があきらめたのだと思ったのかも知れない。俺はそれでも構わない。近くにいてくれれば、俺の気持ちが変わらないことは自然と分かるはずだから。


宗屋に成り行きを話しておくべきかどうか迷っていたら、昼食を食べているときに宗屋の方から尋ねられた。以前、ふたりで出かけると言っていたのはどうなったのか、と。


「行って来たよ、この前の土曜日。ちゃんと」


たった三日前のことなのに、いろいろあったせいか、懐かしいような気がする。


「お、そうか! それで? どこまで行った?」


冷やかし半分の質問に、あの日のことがよみがえる。かわいらしかった蒼井さん。楽しく過ごした一日。話すのは少し照れくさい反面、嬉しくもある。


「瀬ケ沢ダム。すごい霧でさあ、景色があんまり――」

「そうじゃなくて」


(え?)


デートの話を聞いてくれるんじゃないのか? 自慢できると思ったのに。


「俺が訊いてるのはおまえと姫の関係だよ。土曜日ってことは、お泊まりデートか?」


(お泊まりだなんて!)


思わず顔が熱くなり、無言で首を横に振ることしかできなかった。


「なんだよ。じゃあ、これは?」


そう言って目を閉じると、こちらに向けて唇を突き出す。


「い、いや、それも……」


宗屋の顔に蒼井さんがダブって見えるような気がして、急いで視線をそらした。蒼井さんがそんな顔……してほしいけど恥ずかしい。


「え〜?」


宗屋が思い切り不満な顔をする。俺と蒼井さんのことで宗屋が不満がらなくてもいいと思うけれど。


「でも……、手はつないだよ」


これだけは言っておきたい。俺だって何もしなかったわけではないのだ。


「お、そうなのか?」

「うん。ちゃんと」


そう。手はつないだ。きのうの夜もバッチリ。


「やったな! もちろん恋人つなぎだよな?」

「え?」


訊き返した途端に失敗を悟った。宗屋がたちまち疑いの目を向けてきたから。


「だ、だって、知らないよ、そんなの。何それ? 何か違うの?」

「ああ……、そうなのか……」


憐みと納得の表情でうなずく宗屋。


「宇喜多だもんなあ……、そうだよなあ……」


(だから何なんだよ、それは!)


せっかく頑張ったのにそんな顔をされるなんて! せっかくの努力が自慢にならないなんて!


「恋人つなぎっていうのは」


宗屋が箸を置く。


「こういうやつだよ」


そう言って胸の前で両手を組み合わせた。真剣な顔をしているから、まるで祈りをささげようとしているみたいだ。


「それ……歩きにくいよな?」

「違うよ。普通に手をつなぐのと同じ場所で、つまりここで、」


宗屋が身振りで手をつなぐ場所を示してくれた。


「こういう形で手をつなぐんだよ」

「え〜? そんなの聞いたこと無いよ。一部の人たちの間だけで流れてる特殊な情報じゃないの?」

「そんなことない。俺が知ってるんだぞ?」


そう言われれば確かに……。


「……宗屋もやったの?」

「ふっ、高校生のときに経験済みだ」


だからそんなに偉そうなのか。


「だけど、それじゃあ、すぐに手を離せないよ?」

「ばーか。だからこうするんだろうが」

「へえ」


つまり、愛情の現れってことか。


(でもなあ……)


そんなつなぎ方……親密過ぎる気がする。自分たちは他人の目なんか気にならないほどの仲です、みたいな。


(俺には無理だなあ……)


他人に見せびらかすような行為はハードルが高すぎる。


(でも……)


指先だけだったらいいかな? そもそも俺の場合、手をつなぐのは誰にも見られない場所限定だし。


あの小さな手を握るだけでも十分嬉しいけれど、指先をちょっと絡めてみたら……。


(うわ。想像するだけでドキドキする)


けっこう官能的かも。そうか、だから「恋人つなぎ」って言うんだ。お互いの気持ちが――。


(いや、やっぱり無理だ! 恥ずかしすぎる!)


よく考えたら俺たちは「恋人未満」だ。「恋人つなぎ」はまだ許されていない。


(うん、そうだ。まだやらなくていいんだ)


それに、世の中の女性全員がそれが良いと思っているかどうか分からない。蒼井さんだって……。


「……ん?」

「いや、手をつなぐ話でそこまで真剣に考え込むなんて、やっぱり宇喜多だなあと思ってさ」

「え、そうかな?」


ほかの人たちはこんなことで悩まないのか……。


「そんな状態じゃ心配だなあ」


またため息をつかれてしまった。


「心配いらないよ」

「そうか? きのうのあいつだっているんだぞ?」

「樫森くんのこと?」


宗屋が麦茶を飲みながらうなずいた。


「大丈夫だよ、樫森くんは」


さすがに「もうフラれている」と説明はできないけれど。


「でも、あいつ、姫のこと好きだろう? 見てるとわかるよ。さわやか系だし、姫好みだと思うけどな。見た目だって俺たちよりは上だぜ?」

「そ、そうかも知れないけど」


確かに見た目では負けている。


「姫だって楽しそうだったじゃないか。やっぱり同い年っていうのは強いんだよなあ」


それも本当だ。俺だってヤキモチを妬いたくらいだし。


「う……でも、蒼井さんは俺の方が気に入ってると思うよ」

「何でわかるんだよ?」


言葉が詰まった。けれど、ここで話しておくべきだと決心した。


「きのう、俺の気持ちを伝えたんだ。そしたら断らなかった」


箸をご飯に突き刺した状態で宗屋が目を見開いた。それから思い切り笑顔になった。


「何だよ、早く言えよ! やったな!」

「いや、でも、オーケーってわけじゃないんだ。そこで止まってる」


この部分はきちんと言っておかないと、ほかの人に決まったと広まってしまったら困る。


「止まってる? コクっただけで?」

「うん。蒼井さんがそうしたいって言うから」

「姫が?」


口をもぐもぐさせながら宗屋が眉を寄せる。


「迷ってるってことか?」

「うーん……、迷ってるって言うよりは、何かの理由で先に進めないってことかな」

「何かの理由?」

「うん。それは言えないって」

「はあ……」


大きなため息。


「姫のことだから、自分のマイナス要素並べて思いつめてるんだろうなあ……」

「そう思う?」


尋ねると、宗屋はちらりと俺を見た。


「お前が姫が引くようなことをやってなければな」

「んー、それは……」


もしかしたら、手をつないだり抱き寄せたりするのはそれに該当するのだろうか……?


「冗談だよ」


考え込んでいたら宗屋の声がした。また呆れた顔をされてしまった。


「お前が普通からはみ出した行動なんかするかよ? それに、そんなことがあったら姫は態度に出るからな。俺たちが気付かないわけが無い。だろ?」

「確かに……」


前下さんのときのことがある。彼女が俺に隠そうとしても宗屋が気付くだろう。考えてみると、何かあったとき、蒼井さんも宗屋になら相談しやすいに違いない。


「宗屋」

「ん?」

「もしも蒼井さんが悩んでたら相談に乗ってあげてよね?」

「はあ? なんで俺が? お前の役目だろ」

「いや、だから、その悩みの原因が俺だったときは、だよ」

「え?」


宗屋の表情がこわばった。


「だって、蒼井さんのことだから、本当は嫌でも、俺に遠慮して言えないと思うんだよね、前下さんのときみたいに。だから宗屋、頼むよ」

「うわ、ホントごめん。変なこと言って悪かったよ」

「ううん、可能性としてはあるわけだから、いいんだよ」


持つべきものは、やっぱり頼りになる友だちだ。


「宗屋、頼んだよ? 蒼井さんが嫌がってるってわかったときは遠慮なく俺に言ってくれよな?」

「わ、わかった。わかったよ。でも、今はその気配は無いから心配するな。大丈夫だぞ」

「うん。ありがとう」


俺が蒼井さんを不幸にするなんて絶対にあってはいけないことだ。蒼井さんは幸せになるべきひとなのだから。


「……で、これからどうするんだ?」

「まあ、しばらくは様子を見ようと思ってる」

「しばらくって、いつまで?」

「特に決めてない。そのうち自然に動き出すんじゃないかと思ってるんだよね」


ふと気付くと、宗屋がまじまじとこちらを見ていた。


「お前……、今回は余裕だな」

「……そう?」

「なんか、自信を感じる」


(ああ)


蒼井さんの気持ちについての自信。他人から見ても分かるのか。


「ははっ、なんかもう、あとはただ結果を待つしかないからね。まな板の上の鯉みたいな?」


さすがに「自信がある」なんて言えない。


「そうか。姫は頑固そうだからちょっとかかるかも知れないけど……、お前なら待てるんだろうな」

「うん。まあ、近くにいるわけだしね」

「確かに忘れられる心配だけはないよな。あははは」


そう。俺と蒼井さんにはたくさん時間がある。そして、事は動き出している。彼女は止まっていると思っているかも知れないけれど。


あとは……。


蒼井さんの覚悟が決まるのを待つだけだ。








第七章終了から2か月以上経ってしまい、申し訳ありませんでした。

待っていてくださった方、心から感謝しています。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

投稿は今回も月水金の夜8時の予定です。


※去年の大晦日からお正月にかけて、突然、たくさんの方が読みに来てくださいました。

どこかできっかけを作ってくださった方がいらっしゃったのだと思います。

この場を借りてお礼申し上げます。

本当に、ありがとうございました。

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