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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第七章 進め! 進め! 止まれ?
110/156

110 その情報は…。


日曜の午後二時半。


今日は部屋の掃除をし、昼過ぎに出かける母親を車で駅まで送り、本屋とスポーツ用品店を覗いて帰ってきたところ。まだ残暑が厳しくて、外は日差しが痛いくらいだ。部屋のクーラーが心底ありがたい。


本屋では「結婚」とか「プロポーズ」という文字についつい目が吸い寄せられてしまった。まだそれらを手に取る度胸は無かったけれど。


(必要なのは、計画と覚悟。)


きのうの夜の結論だ。


覚悟は……気持ちだけはある。蒼井さんを幸せにするのだという覚悟は。そして計画もどうにかなるだろう。ただ心許ないのが……。


(最終的に口に出せるかどうか……だよな。)


覚悟の中でも特にその部分が不安だ。それに、よく考えたら、断られた場合の覚悟も要る。


(いやいや違う!)


「断られた場合」なんて、縁起の悪いことを考えてちゃダメだ。オーケーだった場合の覚悟だ。「ありがとう!」で「じゃあ、おやすみ!」では味気なさ過ぎるから。いや、この場合は覚悟じゃなく計画か……?


(ちょっと待て。まずはその前の計画だ。)


返事をもらったあとのことは後で良い。返事を聞くための計画を練らなくては。


(やっぱり、ある程度の雰囲気作りは必要だよなあ……。)


時と場所は選ばなくちゃ。なにしろ蒼井さんはすぐに普段の雰囲気に戻ってしまうから。まあ、無邪気に楽しそうにしているときが一番かわいらしくて好きなんだけど。


(どんなのがいいだろう?)


俺の誕生日。仕事の帰りに食事に行くのだから夜だ。それは確定している。


伝えるのは、食事が終わってからがいいだろうか。コーヒーやデザートのときに? それとも店を出てから散歩に誘うとか。


夜景の綺麗な場所がいいかも知れない。


港の公園もあるし、丘の上とかホテルの展望レストランというのもある。葉空市は観光地としても整備されているから、景色の良い場所はいろいろある。電車を使えば隣接する古都や東京方面にも出ることもできる。


(蒼井さんが喜ぶのはどれだろう?)


あんまり気取ったシチュエーションはやめた方がいいかも知れない。彼女が緊張してしまうかも知れないし……、まあ、俺もだな。


静かなところが話しやすい気がするけれど、楽しい雰囲気のところでさり気なく申し込むっていうのもいいような気がする。


だとすると、歩きながらがいいかも知れない。食事中よりも散歩の方が物理的に距離も近いし。


(少しくらい遅くなっても……いいよな?)


俺が送って行くのだから問題ないはずだ。つまり、食後にゆっくりと散歩は可能だ。問題はどう切り出すか、だけど。


(あんまり気障じゃない方がいいな……。)


とは思っても、経験が無いから、どんな言葉が好まれるのか全然わからない。


バリエーションを考えながら本棚の隅に置いてある小石を撫でてみたら、すべすべした感触に蒼井さんの頬を思い出した。明日の朝、電車の中でさり気なくつついてみようか。


(蒼井さんは何をしてるのかなあ……。)


この小石を見ると、いつも同じことを思う。この片割れを通して彼女のことを感じられないかと考えてしまうから。


(俺のことを考えてくれていると嬉しいけれど……。)


それは望み過ぎだろうか。まあたぶん、大学のレポートか試験の勉強をしているというところかな。


(でも、電話くらいしてみようかな……。)


「ちょっと声が聞きたくて」って言ったら、どんな返事が返ってくるだろう?


もしかしたら「嬉しい」って言ってくれるかも知れない。言ってくれなくても、はしゃいだ雰囲気が伝わってきたら嬉しいな。上手く話を持って行けば、ちょっと会うことだってできるかも知れないし……。


(この画面をタッチすれば……。)


スマホの黒い画面見ていたら、蒼井さんが着信に驚いている姿が頭に浮かんだ。頬を染め、少しあわてて、でも迷いながら画面に触れる。スマホを耳に当て、うかがうように「はい」と言い、俺の声を聞いて嬉しそうな笑顔になる。


(ああ……。)


想像だけで俺も嬉しくなってしまった。


指先のほんのわずかな動きで蒼井さんとつながる。とても簡単なのに、とてつもなく困難な……。


(ん? あれ? ……相河?)


明るくなった画面に一瞬心が躍り、直後に多少がっかりした。応答すると、蒼井さんとは似ても似つかない興奮気味の男の声が聞こえてきた。


『あ、宇喜多? 俺さ、今、横崎にいるんだけど。』


あいさつも抜きだ。何か急ぎの用事だろうか。


『ちょっと、ねえ、余計な…………知れないよ?』


相河の声の後ろから女性の声がする。葵と一緒にいるのだろう。


『いや、これは確認した方がいいだろ。葵は黙ってろよ。』

『…だよ。ねえ、じゃあ、……に話……てよ。』

『いいから。こういうことは男同士の方が話しやすいんだよ。』


なんだろう? この様子だと、あまりオープンに話せない内容みたいだ。いったい何?


『宇喜多、お前、姫ちゃんとどうなってる?』

「え?」


突然の質問に思わずうろたえてしまった。確かに大声で話すような話ではない。それにしては単刀直入だけど。


『上手くいってんのか? あれからどうした?』


畳みかけるように言われて焦ってしまう。


「あ、ええと、」


相河と話したのは海に行く前だったっけ。あれから連絡していなかったから、心配してくれているのかも知れない。それならきちんと報告した方がいいだろう。照れくさいけれど。


「うん、なんとかね。きのうも二人で出かけたし。」

『きのう?! え、マジで?!』


(え?)


覚悟していた反応と違う。


「うん、本当だよ。きのう、二人で出かけた。車で。」

『そうなのか? だけど……、だけどさ、今、あの子、男と一緒にいるぜ?』

「え……。」


電話の向こうで『相河くん!』と葵の叫び声が聞こえた。


(蒼井さんが男と一緒に……?)


胸のあたりが変に静かに冷たくなっていく。心なしか、鼓動もゆっくりに。


(男と一緒に? 蒼井さんが? 男と?)


頭の中に、すらりと長身の男と並んで歩いている蒼井さんの姿が浮かぶ。人通りの多い明るい道を、手をつないで弾むような足取りで、楽し気に顔を見合わせながら……。


(勉強してるんじゃなかったんだ……。)


『もしもし? 宇喜多さん?』


気付いたら葵に呼びかけられていた。いつの間にか相河から電話を奪ったらしい。


『もしもし? 聞こえてる? ねえ、落ち着いてよ、まだ何もわかってないんだから。わたしたちもちらっと見ただけなの。相河くんは宇喜多さんを驚かそうとして、わざとあんな言い方したんだからね? ねえ、宇喜多さん、聞いてる?』


慌ててるのは葵の方だ。俺は落ち着いている。風の無い日の池の水面みたいに。


「聞いてるよ。何を見たのか教えてくれる?」


まずはきちんと話を聞かなくちゃ。想像だけで勝手な判断をくだしちゃいけない。そんな男じゃ、蒼井さんの恋人になる資格なんか無い。


でも、どうしてこんなに胸の中がひんやりするのだろう……。







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