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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第七章 進め! 進め! 止まれ?
109/156

109 ◇ 約束 ◇


「付き合ってください」なんて自分が言われるとは思ってもみなかった。しかも、好きだったひとに。


(信じられない……。)


そして、とても嬉しい。


樫森くんはあのころと変わらず爽やかで自然体。特に、笑っているところは今も見ていて気持ちが良い。きっと、大学でも良いお友だちに出会って、楽しい時間を過ごしているのだろう。


そんなひとに告白されたなんて、とても光栄なことだ。


だけど。


(……違う。)


違う気がする。だって。


(ドキドキしてない。)


樫森くんを好きだったときのあの気持ち。宇喜多さんを想うときのあの気持ち。それが湧いてこない。今、感じているのは懐かしさと感謝と……申し訳ないと思う気持ち。


(そう。申し訳ない。)


これからも樫森くんと仲良くできたら、とは思う。でも、それはたぶん、恋とは別の気持ちだ。だから申し訳なく感じてる。樫森くんの気持ちに応えられないから。


「あの……、あたし……、今は好きなひとがいて。」


ハッとした視線をきちんと受け止める。


「気持ちはとても嬉しいの。光栄だと思う。でも……無理、かな。ごめんね。」


そうだ。わたしが好きなのは宇喜多さん。今も思い浮かべると胸が甘くうずく。


「ああ……そうか。」


樫森くんが肩を落として下を向いた。


「そうだよな。もう一年半経つんだもんな。」


申し訳なさでいっぱいになる。その一方で、意外と冷静な自分に驚いてもいる。


「上手くいきそう……なんだ?」

「あ、ううん、希望は無いの。」

「え? 希望が無いってまさか……」


声をひそめて尋ねられた。


「結婚してる男とか?」

「いやいやいや、違う。」


なんという飛躍!


わたしも身を乗り出して声をひそめる。こういう話はやっぱり小声の方が安心だ。


「あのね、そのひとも好きなひとがいるから。」

「彼女持ちってこと?」

「違う。片思いなの。」

「なんだよ、それ。」


呆れた顔をされた。


「その相手の女のひとには彼氏がいるんだよ。しかも、両方ともお友だちなの。」

「だから黙って想ってるだけ? 純情すぎないか?」

「純情……って言うか、真面目なの。簡単に気持ちが変えられないんだよ。」


樫森くんが一旦体を起こして考える。それからまた小声で。


「俺といるの、つまらない?」

「そんなことないよ。楽しい。」

「だよな? だから俺たち、上手くいくと思わない?」


(ん……。)


答えに詰まって今度はわたしが考える。


樫森くんは、ずっとわたしを忘れずにいてくれた。今日の決心をするのも時間がかかったと言っていた。それくらい悩んでくれたから、簡単にあきらめられないのかも知れない。


でも、今はわたしは樫森くんに恋愛の感情は無い。それをきちんと伝えなくては。


「仲良くはできると思う。」

「うん。」

「だけど、彼女としてっていうのとは違う。お互いに、良くないよ。」


口をつぐんだ樫森くんにそっと伝える。


「あたしは樫森くんに申し訳ないと思っちゃうし、樫森くんは次に進めないもの。」


樫森くんがしばらく無言でわたしを見つめた。それからフッと小さくため息をついた。


「……蒼井らしいな。」

「ごめんね。本当に嬉しいんだけど……。」

「いや。」


ほっとして、冷めた紅茶を一口飲む。樫森くんはお水をお代わりした。


「なあ、どんなヤツ? そいつ。」


お水が来ると、樫森くんが尋ねた。単刀直入の質問に少し呆れつつ、断られたショックが少なそうなことに安心した。


「そいつなんて言ったら失礼だよ。九重の先輩なんだから。」

「先輩? 何年上?」

「三つ。学校では重なってないよ。」

「ふうん。職場でも先輩ってわけか。」

「あ、違う。職場ではあたしが先輩。そのひと、大卒で今年入ったから。」

「ああ、そうなのか。蒼井が仕事教えるの?」

「そう。」


感心したように樫森くんが笑った。


「イケメンなのか?」

「そういう雰囲気のひとじゃないよ。とにかく真面目。」

「で、彼氏がいる女子をずっと好きなまま? 融通が利かなそうだな。」

「そんなことないよ。親切だし。」

「真面目だから親切に見えるだけじゃないのか?」


なかなかひどい言いようだ。


「そんなことない。困ってるときに気が付いて、何度も助けてくれた。」

「たまたまじゃないのか?」


ちっとも評価が上がらない。樫森くんに受けるポイントって何? ……スポーツ?


「テニスも上手だよ。」

「テニス?」


あ、意外そうな顔したね。


「うん。大学でテニス部だったんだよ。フォームがすごくきれいなの。教え方も上手だし。」

「大学でテニス部って……、もしかしてあれか? S大の?」


(あ!)


そこに行き着くとは思わなかった。自然と視線が逸れる。


「え、そうなのか? マジで? あのウワサの? 何だよ。だったらほら、なんて言うか……」


樫森くんの方があわててるなんて、ちょっと変な気がするけれど。


「仲良いんじゃん。」

「うん、まあ……。」


きのうも一日、一緒にいたし……。


「なんか……、すげえ可愛がられてるって聞いたけど……?」


それを言われると恥ずかしさがこみ上げてくる。手をつないだこととか、スキンシップもろもろの記憶がよみがえって……。


「いや、それは大袈裟だから。あたしが九重の後輩だし、未成年だから面倒見てくれてるだけなんだよ、ホントに。」


顔が熱くなってきた。どうしよう?


「それだけか〜?」

「そうだよ。宴会のあとに送ってくれるくらい普通でしょ?」


きのうのことはちょっと言えない。恥ずかしすぎる。


「送るって、家まで?」

「うん。家が近いの。」

「近いだけでそこまでやるか? いくら未成年でも。」

「あるでしょ、そのくらい。」

「俺は興味の無い女子にはやらない。勘違いされると困るし。」


(え、そうなの?)


「で、なに? 困ってるときに助けてくれる?」

「うん……。」

「蒼井が言わなくても気が付いて?」

「うん……。」


樫森くんがため息とも悩んでるとも言えるような息を吐いた。


「それ……。」


いつの間にか、樫森くんは真剣な顔をしていた。


「……なに?」

「ホントに望みが無いのか?」

「え?」


樫森くんは真剣な顔のまま。


「それ、確認した方がいいと思うぞ?」


(確認……。)


つまりそれは、わたしの勘違いじゃないかってこと? そして、宇喜多さんとわたしの関係が進む可能性があるということ?


「好きなひとがいるって本当なのか? 本人から聞いた?」

「訊いたって言うわけないよ。彼氏がいる人が相手なんだから。」

「でもさあ。」

「それに……見たらわかるもん。」


葵先輩と一緒のときはとても楽しそうだった。海の朝、寝ぼけて葵先輩の名前を呼んだ。


「それでも……好きなのか?」

「うん。」


違うと思おうとした。でも、できなかった。だから今はその気持ちと向き合っている。


「今、あたしが元気なのはそのひとのお陰なんだ。」


たった半年なのに、たくさんの思い出がある。


「宇喜多さん……っていうんだけどね、あたしに前を向く勇気と……未来を見る目……うん、そう、それをくれたの。今までの嫌だったことよりも、今の良いことに気付かせてくれたんだ。」

「恩人……ってこと?」

「ああ……、そうだね。うん、確かに。」


恩人と言うと花澤さんを思い出すけれど、宇喜多さんもやっぱりそうだ。


「なあ、蒼井。やっぱり確認してみたら?」

「え?」

「そのひとの気持ち。希望があるんじゃないか?」


(そんな……。)


宇喜多さんの行為には意味が無いと思っていた。期待しそうになっても、意味が無いと自分に言い聞かせて。


でも、もしもそうじゃないとしたら?


(……そんなのダメ。)


ダメだ。絶対ダメ。絶対に。


「いいよ、このままで。」

「なんで?」

「だって……、あたしじゃダメだもん。上手くいかないと思う。」

「何言ってんだよ? そのひとだって――」

「いいの、このままで。十分に楽しいから。」


そう。


今の関係なら楽しく過ごせる。でも、これ以上になったらダメになる。絶対に宇喜多さんに嫌われてしまう。


「蒼井……?」

「いいの。だって違いすぎるもん。無理だよ。」


育った環境が違いすぎる。お金が無い家で育ったわたしは、きっとほかのひとたちと価値観が違ってる。普通の家庭での常識も、わたしは知らなかったり、贅沢だと感じたりすることがたくさんあると思う。


宇喜多さんとの仲が進んだら、結婚したいと思うようになるかも知れない。でも、一緒に生活するなら、価値観の違いは致命的だ。しばらくはうまく行ったとしても、いつかはきっとダメになる。わたしの貧しい価値観が宇喜多さんに嫌われる日がきっと来る。


(そんなの悲しすぎる。)


そんなことになるくらいなら、今のままでいる方がいい。仲良しの同僚で後輩のままでいる方が。


「蒼井。」


いつの間にかぼんやりしていた。そっと声を掛けてくれた樫森くんは申し訳なさそうな顔をしていた。


「ごめんな、驚かせるようなこと言って。」

「そんなことないよ。そういう見方もあるのかって思っただけ。」

「うん……。」


そんなことないって言ったのに、樫森くんはしょんぼりしているみたい。深刻な雰囲気を払わなくちゃ。


「ねえ、樫森くん。今の話、内緒にしてね?」


声をひそめて、気軽な調子でお願いした。


「今の……?」

「好きなひとがいる話。鈴穂にも言ってないの。」

「伊勢にも?」

「うん。だってほら、応援されても困るから。望みが無いのに。でしょ?」


樫森くんがわたしを同情の目で見た。数秒後、ふっと真面目な顔になり、しっかりとうなずいた。


「うん、わかった。」

「ありがとう。」

「一つ、条件があるけど。」

「条件?」


意外な言葉に思わず首をかしげた。すると樫森くんが「ふ」と小さく笑った。


「これからも、ときどき連絡取り合おう。」

「……ん? 条件って、それ?」

「そう。連絡取り合ったり……たまには会ったり。相談したり愚痴ったり、馬鹿なことやったりできたらいいなあって。」

「んー……、お友だちとして?」

「それはもちろん。フラれたし。」


力強く請け合ってくれた。


(お友だちとしてなら……。)


「うん、いいよ。」


大丈夫に決まってる。宗屋さんと位置付け的には同じだ。話していると本当に楽しいし。


「良かった。サンキュ。これでまたデザート食いに行ける。」

「ああ、それが目的なんだ?」

「そうだよ。俺、一人でこういう店に入る勇気ないもん。」

「そりゃそうだね、あはは。」


友だちだと思ってもらえることって、そして、そのひとの役に立てるって、なんて嬉しいんだろう。


樫森くんとこんなふうに仲良くなれる日が来るなんて思ってもみなかった。未来って、ほんとうに想像がつかないことが起こるものなんだ。







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