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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第七章 進め! 進め! 止まれ?
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107 ◇ 懐かしくて新鮮な… ◇


(あ、いた。)


改札口の向こうで片手を上げる男の子。その屈託の無い笑顔にほっとして、わたしも笑顔になれた。


近付きながら、ぺこりと頭を下げる。近付いたわたしの目に映る樫森くんの顔は、あのころよりも少し大人びている。紺のシャツに包まれた肩も記憶よりも広い気がする。


「悪いな、休みの日に。」

「ううん、大丈夫だよ。」


目を合わせて話すのはやっぱり恥ずかしい。元気な雰囲気に見えるようにと選んだシャツワンピースとポニーテールが気後れを隠してくれると良いけど。


「落ち着いて話せるところでって思ったんだけど……、」


樫森くんが周囲を見回す。


「日曜のこの時間じゃ難しそうだなあ。」


たしかに行き交う人数は多い。待ち合わせの人たちも。休日の午後一時なら当然かも。


「蒼井、どっか知らない?」


明るく振られてちょっと驚いた。


「あんまりうるさくない店。甘いものが食べられるところで。」

「甘いもの?」


男の子から「甘いもの」なんて、さらにびっくり。


「こっちから呼んだのにゴメン! ネットで調べてみたけどちっともわからなくて……。」


そう言って、困ったように頭のうしろを掻いている。


「う〜ん……。」


急に言われても、思い付くのは女の子で賑やかなお店ばかり。


(どこかあるかな……。)


デザートが美味しくて、騒がしくないお店……。


(あ。そうだ。)


「駅の反対側でもいい? 前に教えてもらったところなんだけど。」


葵先輩が教えてくれたお店。目に入りにくい場所だから混まないし、余裕のあるテーブル配置で落ち着けると言っていた。相河先輩と一緒でも入りやすいって。


「いいよいいよ、ほんっとゴメン。俺、おごるから。」

「あはは、おごらなくてもいいよ。あたしも一度行ってみたいと思ってたから。」


あっという間に気後れが消えていた。樫森くんの態度が自然だからかも。まるで前からお友だちだったみたい。


高校のときだって、ちょっと勇気を出せば、こんなふうに話せたのかも知れないな。





「うおー……、やったー……。」


運ばれてきたマンゴーソースたっぷりのかき氷に樫森くんがつぶやいた。


「そっちもうまそう。」


そう言って、わたしのバニラアイスとシナモンアップルが添えてあるワッフルも凝視する。


「切っておくから一口食べていいよ。」

「おお、やりぃ♪」


樫森くんがあまりにも楽しそうで、本当におもしろい。


ここに着くまでだって樫森くんが途中のお店で何度も引っかかって、雑貨や小物をいろいろ見てきた。ああでもないこうでもないと言い合いながら見てまわるのは思いのほか楽しくて、ここに来るまでに一時間近くかかってしまった。


ここのショーケースを見たときの感激ぶりがまた可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だった。


「うわ、うまい。冷て。でもうまい。」

「うん。良かったね。」


なんだかもう保護者みたいな気分だ。


(このひとのことが好きだったんだなあ……。)


しみじみと懐かしさがこみ上げる。快い懐かしさは、もう胸に痛みを起こさせない。代わりにあるのは……友人としての安心感だ。自然に、気持ち良く、楽しいと感じている。


「……なに?」


見ていたことに気付いたらしい。


「頭キーンってならない?」

「平気。それに、早く食べないととけるじゃん。」

「そうだね。急いで食べて。」


新しい友だちを手に入れた……のかな?





「蒼井、あの頃より元気だな。」


先に食べ終わった樫森くんが言った。


「そう?」

「うん。よく笑うし……なんか普通っていうか。」


普通なことに感心されたことが可笑しくて、ちょっとふざけてみる。


「がっかりした?」

「あはは、そんなことない。安心した。」


その言葉が嬉しい。今の自分を見て喜んでくれるひとがいるということが。


「今ね、けっこう楽しいから。」


仕事と勉強、テニスに片思い。思えばなんて忙しい毎日!


「就職したって聞いたよ。市役所ってどんな仕事?」

「あー……、あたしはかもめ区役所にいるんだけど……。」


友だちに仕事の説明をするのは初めて。どう言ったらわかりやすいだろう。


「今の職場は入ってきた税金を整理するって感じかな。課全体は、簡単に言うと、税金の額を決める担当と払われた税金を整理する担当と滞納分の担当に分かれてるの。」

「ふうん。難しい?」

「事務作業的にはシステムも手順も決まっているから……。法律とか例規とか決まりごとがいろいろあってそれに沿ってやってるんだけど、最初はね、とにかく教えてもらったとおりにやって、あとから『これって、ここに書いてあるんだ!』みたいなことばっかりだったよ。」


新人のころを思い出すと懐かしい。


「それにね、聞いたことがない言葉ばっかりで何を言われてるのかわからなかったり。あと、すごい桁数の金額を入力するときは緊張しちゃったりね。」


端末機の画面を何度も花澤さんに見てもらっていたっけ……。


「はは、おろおろしてる蒼井が目に浮かぶなあ。」

「でしょう? でも、うちは先輩たちが良いひとばっかりだから恵まれてるよ。お客様に怒鳴られることもあるけど。」

「あるんだ?」

「うん。税金なんて、みんな積極的に払いたいわけじゃないから。」

「ふうん。」


樫森くんの穏やかな微笑みに、新人のころの新鮮な驚きが次々と呼び覚まされる。


「あとね、市役所って選挙とか災害対策の仕事もあるんだよ。」

「選挙?」

「うん。たぶん、選挙事務は民間企業には無いよね? 専門の部署はあるんだけど、投票と開票は一般の職員も大勢従事しなくちゃならないの。」


あれはなかなかハードな仕事だった。


「投票所がいっぱいあってね、そこに二、三人ずつ職員が付くの。アルバイトさんも頼むんだけどね。前の日に設営して、当日は朝七時に開けるからその前に現地に行って、夜の八時までやるでしょ? そのあと大急ぎで片付けて開票の会場に行って、九時から開票作業。」

「忙しいなあ。」

「うん。体力勝負だし、気も遣うんだよね。選挙って投票者数の確定が大事だから、残ってる投票用紙の数も合ってなくちゃいけないの。あと、投票所とか開票作業中の注意事項もいろいろあってね。」

「へえ。」

「この前はね、開票会場に着いたらもう『当選確実』ってテレビで言ってたって聞いて、わけがわからなかったよ。」

「あはは、それは虚しいなあ。」


(あ。)


ふと我に返った。


「ごめんね、仕事の話ばっかり。面白くないよね。」


楽しいことがいろいろある大学生に仕事の話なんて。


「こんなふうに、お友だちに仕事の話をするのって初めてだから、つい。しゃべり過ぎだね。」

「そんなこと無いよ。俺、市役所に勤めるのもいいかもって思い始めたところ。」

「ホントに?」

「うん。大変だとは思うけど、蒼井、楽しそうだもん。」


(あら。)


大学生にそんなことを言われるとは思わなかった。でも、考えてみたら、楽しく働けているのは確かだ。


「それはあたしの周りに良いひとが多いからだと思う。」


それが一番大きな理由。


「本当にみんな良いひとなの。特に去年、あたしを指導してくれたひとは大恩人だよ。とっても尊敬してる。」

「ふうん、そうか。俺もそういう先輩に出会えるといいなあ。」

「うん、そうだね。」

「まあ、その前に大学できちんと単位取らないとな。はは。」

「そうだよね。あはは。」


確かに樫森くんにはそれが優先だ。


「でも、市役所はいいかもね。葉空市は大きいからいろんな職場があるよ。採用人数も多いし、募集職種もいろいろあって。」

「そうか。じゃあ、もしかしたら四年後は同僚かも。」

「ああ、そういう可能性もあるね。」


樫森くんじゃなくてもその可能性はある。そのとき、わたしはどんな気持ちになるのだろう。


「蒼井はやっぱりしっかりしてるよな。」

「そうかな? 普通だよ? この前のクラス会では逆に子どもっぽいって言われたくらいだし。」

「ああ、篭目たちが言ってたよ、気持ちが良い食いっぷりだったって。」

「うわー、そこばっかり印象に残ってるんだね……。」

「あははは、意外だったんじゃないか?」

「うん……、そうかもね。」


そもそも優等生の印象しか無かったのだろうから。


「でも、やっぱり蒼井はほかの女子とは違ってたよ。」

「ああ……、それはまあ……。」


あのころのわたし。違っていることは自分でもわかっていた。


そっとワッフルを切り分けながら思い出す。弱味を見せることができなかったあのころのわたし。それは外と内の両側から創りあげられた姿だ。


人見知りなことも、家が貧しいことも、容姿に自信が無いことも、他人の言葉が怖いことも、すべてを隠すために創りあげた姿。


「合唱大会覚えてる? 蒼井がピアノで俺が指揮をやった。」

「うっわ〜、それは忘れたかったのに〜。」


思わず情けない声が出た。わたしの伴奏が下手だったせいで、うちのクラスは散々だったのだ。


けれど、それはもう一つの記憶にもつながっている。高校時代、ずっと大切にしていた思い出に。


「そう? 俺は忘れられないよ、今でも。」


ふと、静かな口調に気付いた。樫森くんの視線はまっすぐにわたしに向けられていて……。







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