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俺が真面目だとみんなは言うけれど  作者: 虹色
第一章 社会人になりました。
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01 新社会人、スタート!




宇喜多(うきた)雷斗(らいと)、税務課納税係勤務を命ずる。」


4月15日、午後1時過ぎ。かもめ区長から差し出された辞令を両手で受け取り、一礼。事前に指示された順路をたどって新人職員の列に戻る。


(税務課納税係か……。)


俺に税金の取り立てなんかできるのだろうか?


そのあいだも次々と名前が呼ばれて配属先を告げられる。その滞りのない進行に、ふと、もう子どもじゃないのだと実感した。


(当たり前だけど。)


真面目な顔を保ったまま、胸の中で苦笑する。この春に大学を卒業した俺は二十二歳、法律上はとっくに立派な「おとな」だったはず。それを今ごろになって自覚するなんて。


(みんなはどうなんだろう?)


周囲の新人職員の様子をうかがってみる。


同期でこのかもめ区役所に配属になったのは15人。みんな黒っぽいスーツを着て、緊張した面持ちでじっと立っている。


(やっぱりきのうまでとは違うよな。)


4月1日に採用されてからきのうまでの2週間は新人全員での研修だった。


今朝、配属される区や局への辞令交付がおこなわれ、かもめ区役所に辞令が出た俺たち十五人はまとまって到着した。そのまま昼まではかもめ区の概要についての研修があり、午後一番に、異動で来た職員と一緒に配属課の辞令が交付されている。


全体研修だって、もちろん真剣に受けていた。それどころか、それまで勉強した内容では済まないことばかりで、不安にかられながら復習した夜もあった。


とは言え、周囲には自分と同じ立場の新人たちがいた。年齢に多少のばらつきはあるけれど、この葉空(はそら)市役所に新しく採用された仲間たち。


(今日からバラバラだもんな……。)


あらたまった表情をしているのは当然だ。今日からは全員が、それぞれの職場で一番下になる。同期のノリで話ができる相手はいない。アルバイトの経験くらいはあるとはいえ、責任のある社会人としては一年生であり、もちろん受け持つ仕事も初心者だ。半人前にもならないだろう。


(「お荷物」とは思われたくないよなあ……。)


それはたぶん、全員同じだ。俺たちを迎える職場の人たちだって、優秀な人材に来てほしいと思っているに決まっている。


(頑張らないと。)


一日も早く、先輩たちに迷惑をかけなくて済むようになりたい。


「それでは、これから配属課へ移動してもらいます。それぞれの課長を紹介しますので、該当する課に配属された職員は、各課長について移動してください。この部屋には戻りませんから、荷物を忘れずに持って行ってください。まず、福祉課長、永田実。」


そっと、手元の辞令を確認する。俺は税務課。間違いない。新人では俺ともう一人、そして、後ろに並ぶ異動者にも何人か。


「税務課長、塩盛(しおもり)保江(やすえ)。」


前に出てきたのは四十代くらいの女性。ショートカットにグレーのノーカラーのスーツ姿。少しふっくらした体型ながら、穏やかに微笑んで会釈をする様子はなかなかエレガントだ。


(へえ……。)


荷物を持って課長のところへ向かいながら感心した。


俺の中では税金の職場と言うのは少し荒々しいイメージだった。悪徳滞納者から厳しく取り立てをするような。けれど、塩盛課長からはそんな雰囲気は伝わって来ない。


(そう言えば研修で、「区役所はサービス業」って言ってたな……。)


その言葉では具体的なイメージが湧かなかったけれど。


受験前に話を聞いた先輩は区役所勤務ではなかった。そのときは試験のことや採用後の研修や異動の制度について教えてもらった。大きな組織だから同期がたくさんいて心強いということも、そのときに聞いた。


先輩から話を聞くほかに、いくつかの区役所も見に行った。


建物は古くても中は明るくて、ロビーには案内係の人がいた。窓口には順番待ちの発券機があり、カウンターの奥では職員が忙しげに動き回っていた。窓口で話している人も待っている人も、穏やかな雰囲気だった。あれは来客の用事が簡単なものだからなのかと思っていた。でも。


(違うのかも知れない。)


突然、緊張が倍増。階段を下りる足元が不安になって、思わず手すりに手を触れた。


四階の廊下に出たところで課長が立ち止まった。そこは廊下の突き当りだった。階段の壁の向こうから左側にカウンターがまっすぐ続いていて、その左側が執務スペースになっている。カウンターには番号がついた窓口が何か所か設けられ、腰掛けて相談しているお客様もいる。


全員が階段を下りきると、課長がカウンターの方を示しながら説明してくれた。


「四階は全体が税務課です。手前が納税係、その次が課税係、一番向こうのエレベーターの前が税関係の証明窓口です。廊下の反対側は書庫です。」


俺たちがうなずくと、課長はカウンターの切れ目から執務スペースに入った。そのまま壁に沿って進み、窓の前を通って真ん中へ。ちらりと観察したところでは、女性職員の方が若干少なめか。男性はほぼ全員がワイシャツにネクタイ、女性はブラウスにカーディガン姿が多い。窓口や電話に出ている人以外がちらりと興味深そうな視線を向けてくる。後ろから来る異動者に手を上げて合図をした職員もいた。


(大丈夫かな……。)


またしても不安が湧き上がる。その中でも一番大きな不安は自分の「見た目」からくるものだ。


見た目と言っても容姿のことじゃない。顔の造作や体つきなどの「変えられないもの」は仕方ないと思っている。


気にしているのは服装や髪形、表情など、醸し出す雰囲気。そこに、俺はかなりのコンプレックスを持っている。公務員になろうと思ったことも、この自分の雰囲気が民間企業には馴染まない気がして尻込みしてしまったことが理由の一つだ。


俺の雰囲気。それは、一言でいえば「真面目」だ。


いや、一言でもなんでも、とにかく「真面目」としか表現できないらしい。みんながみんな、俺を見ると「真面目そう」と言うのだから。


そしてその印象は、知り合いになってからも続く。普通の会話の中で、突然、「宇喜多って真面目だよなあ」などとあきれ顔で言われる。考える道すじが普通とは少し違うようなのだ。高校時代からの友人たちは、だいぶやわらかくなったと言ってくれるけれど。


とにかく真面目な印象が強すぎて、初対面の相手はたいてい身構える。冗談が通じないと思うらしい。


でも、どうしようもないのだ。


服のセンスが無いから、いつも無難なものを選んでしまう。着方をアレンジする勇気も無い。髪は友人が試しにセットしてくれたことがあったけれど、自分の顔とつり合わない気がしてどうにも落ち着かなかった。それ以来はただの横分け。


それに加えて、俺には何かを考え込んでしまう癖がある。軽い話題なのに無言で考え込んでいたりするので、ますます真面目印象がアップする。騒ぐことができない性格上、大声を出したり、羽目をはずしたりすることがないことも、真面目評価の一因だ。感情を隠してしまいがちで表情が乏しいことも。


でも、面白いことは面白いと感じるし、親しくなれば冗談も言う。中身はいたって普通なのだ。


もちろん、「真面目」が悪いとは思わない。努力することや手を抜かないことは重要だと思っている。ごまかしたり、ずるをすることは好きじゃない。でも、それは中身の話で、外見とは別じゃないだろうか。


だから、俺は自分の真面目そうな外見が嫌だ。公務員なら馴染むかと思っていたのに、同期はみんなかっこよかった。見るからに真面目だったのは俺くらいだ。


仕事がちゃんとできれば外見なんかどうでもいいのだろうとは思う。でも今日は第一印象が問題で……。


(受け入れてもらえなかったらどうしよう?)


湧き上がる不安。でも、ここまで来たら、腹をくくってやるしかない。


もしもこの外見で警戒されたとしても、しっかり仕事をすれば受け入れてもらえるはずだ。そうなるように努力すればいい。


「本日付けで税務課に配属された職員を紹介します。」


ライトグリーンのブラインドがかかった窓を背に、課長が宣言した。


さあ、いよいよ本物の社会人だ。








このおはなしは、かなり長くなりそうな気がしています。

でも、必ず完結を目指してがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。


※主人公は『彼女の瞳に映るのは』の登場人物の一人ですが、そちらを読まなくても特に支障はないと思います。

※地名や組織名、業務などは、あくまでもフィクションです。

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