前世シュークリーム(失敗)の私が、悪役令嬢になったので、かつての仲間を救うためにお料理教室してみようと思います!
twitterで「シュークリームって難しいよね」「わかるー膨らまない!」「第一のシュークリームが失敗しても、第二第三のシュークリームが――」「そのうち、シュークリームも悪役令嬢に転生しそうですね」「 そ れ だ 」
という会話をした勢いで書きました。
シュークリーム悪役令嬢、流行ればいいな♪
「はい、みなさーん。注目、今日は予告通りにシュークリームを作りますよ。班に分かれてください」
そのとき、私は思い出してしまったのです。
私には、二つの前世があるということを。
最初の前世はごくごく普通の女子高生。酷い根暗オタクでした。乙女ゲームが大好きで、それを糧に生きていたのですが、イジメの対象になってしまいました。そして自殺という、あまりに悲惨な人生でした。
ここは、その前世でプレイしていた乙女ゲームの世界。私はまるで小説の出来事のように、ゲーム世界に転生してしまっていたことに気づいたのですわ!
なんということでしょう。しかも、よりにもよって、作中ではヒロインのライバルポジション。私、久利野詩羽は、いわゆる悪役令嬢キャラだったのです。
しかし、問題は二番目の前世、――身の毛もよだつ。更に悲惨な前世だったのですわ。
「よろしくお願いします。詩羽さん!」
元気な声でお辞儀するのは、麻戸玲奈さん。
セレブ御用達である須逸学園には、あまり似合わない普通の庶民。貧乏臭さの滲み出るヒロインポジションの女の子です。
「この機会に、詩羽さんと仲良く出来るといいな。よーし、頑張るぞ!」
ゲームで見たようなセリフを呟きながら、玲奈さんが意気込んでいます。
今は家庭科の授業中。シュークリームを作ることになっていますわ。セレブの学園で調理実習が必要かどうかは、さておき。そこはゲーム内のサービスイベントなので、深く突っ込まない方が良さそうですね。
問題は、今回作るのがシュークリームだということ。
そして、ヒロインの作るシュークリームが見るも無残に失敗してしまうということを、私は知っているのです。
ゲームをしているときは、大したことには感じませんでした。だって、シュークリームの失敗なんて、よくあることでしょう?
むしろ、そのあとにヒロインを慰める攻略対象とのイベントにときめいておりましたから。
しかし……。
今の私には、耐えられません。このイベントは耐え難い現実を突きつける拷問イベントです。
だって、私の二度目の前世は失敗したシュークリームだったのですから!
膨らまず、ベシャーッと天板に貼りついてカリカリになってしまった、シュー生地。それが、私の前世です。誰にも食べられることもなく、「あーあ、失敗しちゃった☆」と言って、捨てられてしまったシュー生地だったのです。
今思い出すと、身の毛がよだちます。
誰にも食べられず、生臭いゴミ箱へと消え、焼却炉で燃やされる食物の気持ちが、今の私にはわかるのです!
いいえ、失敗作は食物ですらない。そんな烙印を捺されたときの屈辱……!
嗚呼、なんということでしょう。
「よーし、がんばるぞ!」
玲奈さんが意気込みながら、卵を割っていきます。
「ストップですわ!」
卵を割る玲奈さんの手を、私は思わず叩いてしまいます。
玲奈さんは目を丸くして驚き、少し怯えていました。私はコホンと咳払いし、彼女が割ろうとした卵を指差します。
「この卵はLLサイズですわ。そんなに大きな卵を三つも使っては、生地が重くて膨らまなくてよ。そこは二つ半程度で充分でしょう」
「え、そうなんですか? なるほど! 詩羽さん、ありがとうございますっ」
玲奈さんが嬉しそうに笑い、私の指示通りに最後の卵を半分だけボウルに入れました。
「詩羽、お前料理が出来たのか?」
感心しながら指摘したのは、京棋将人様。私の婚約者であり、ゲームのメイン攻略対象ですわ。いわゆる学園の王子様。最終的にヒロインと結ばれて、私は婚約破棄される運命にあります。
ふと、私は前世の知識を使えば、この将人様と玲奈さんの恋路を邪魔し、未来を変えることが出来るのではないかという考えに至りました。
今の私は、前世の記憶を取り戻したのですから、出来ない話ではありません。今のところ、ゲーム通りのイベントが起こっているはずですから。
そうなると、このシュークリームイベントも失敗させてしまった方がいいのでは? だって、このイベントで玲奈さんを慰めるのは、他の攻略対象キャラですもの。将人様は庶民の玲奈さんに期待していたのに裏切られ、失敗作を無慈悲にゴミ箱へと放り込む役回り。
そこへ、私が颯爽と成功作を差し出せば……イケる。これは、イケますわ! 婚約破棄フラグを折って、将人様とのラブラブイベント突入間違いなしですわ!
なんと言っても、私、悪役令嬢キャラですし?
「うう~ん。コレでいいのかなぁ?」
玲奈さんが不安そうに声を上げています。
見ると、なんともユルユルの生地が木ベラからこぼれ落ちておりました。見事なまでに、サラッサラの生地です。
明らかに、練りが足りません。沸騰したバターに、サッと手早く小麦粉を混ぜ込めなかったのですわ。それとも、沸騰させる前に入れてしまったのかしら。とにかく、これではシューが膨らむことはないでしょう。
良い気味ですわ。ふふふ、さあ、失敗するがいい!
「…………」
しかし、失敗した生地を天板に乗せようとする姿を見ていると、なんだか……。
形にもならず、ベショベショの液体状態のシュー生地。誰がどう見ても、もうこれは膨らまないだろうと思われるシュー生地。
そのシュー生地たちが、私に訴えるのです。
失敗作だなんて、呼ばれたくないよぅ。
誰にも食べられずに、捨てられるのなんて、哀しいよぉ。
怖いよぉ。助けて!
タスケテ!
「あとは、焼くだけ。詩羽さんも天板入れますか?」
玲奈さんが明らかに膨らまないとわかっているシュー生地を並べた天板をオーブンに入れます。一方、私の手元には、もう成功の未来しか見えない美しい艶のあるシュー生地が並んでいます。
「わあ、すごい。詩羽さん、お料理上手なんですね」
「ふん、出来上がりが楽しみだな」
玲奈さんと将人様が、口々にそんなことを言っています。
けれども、私の耳には入りませんでした。
これで、いいのでしょうか。
前世とは言え、私の同胞が無慈悲にゴミ箱へと捨てられる姿を、黙って見ていて……それでいいのかしら?
私は悪役令嬢。ヒロインに意地悪をして、試練を与える役回り。シュークリームの一つや二つ、ゴミ箱に捨てられたって、痛くも痒くもないのですわ。婚約者とのラブラブイベントに至れば、それでいいではありませんか。
なのに、胸が痛い!
だって、あの子たちは、前世の私。
私は、所詮は失敗作のシュークリーム(前世)。いわゆる、最弱のシュークリームでしょう。第二第三の美味しいシュークリームが、きっと現れる運命。
ああ、でも!
それでも、私はあなたたちを救わないといけない気がしますっ!
絶対に、あなたたちをゴミ箱から救ってあげる!
あの生ゴミの中で焼却炉への道を待つ長い絶望を、もう繰り返さない!
「わあ、詩羽さんのシュー生地すごいですよ。すっごく膨らんでます!」
「これはすごいな。楽しみだ……それに比べて」
将人様がクールなジト目で玲奈さんのシュー生地を見つめています。
案の定、シュー生地は膨らんでおりませんでした。ベシャっと天板に貼りついてカリカリになった生地もあれば、中途半端に形を形成して生焼けクッキーのようになっている生地もございます。
「庶民のくせに、料理も出来んのか」
ゲーム通りの冷たいセリフを吐いて、将人様は呆れたご様子。将人様はミトンをつけた手で、玲奈さんの天板をオーブンから取り出します。
そして、まっすぐゴミ箱へと――。
「おまちください!」
私は高らかに宣言し、ミトンを装着した手で天板を奪い取りました。
絶対に、捨てさせません。なにがあっても、この子たちは、私が救ってみせる!
「どうした、詩羽。そんな出来損ないを食べるのか」
「出来損ないとは早計ですよ、将人様。まだ調理実習は終わっていません」
そう言うなり、私は強かに笑みを描くのです。そして、踵を返しました。
「え、詩羽さん。なにするんですか?」
「見ていなさい。失敗作の意地を見せて差し上げます」
私は包丁をとり、中途半端に膨らんだ失敗生地を四等分にしていきます。そして、溶かしたバターの中に投入しました。
「えっ、ちょっと!」
「黙って見ていらっしゃい。暇なら、私の生地にクリームでも入れていてくださいな」
「え、あ、はい……」
バターを絡めたシュー生地をバットに並べていきます。そこへ、大量のグラニュー糖をまぶしていきます。
「これをオーブンへ。150℃で30分ほど」
「は、はい!」
玲奈さんを顎で使いつつ、私は次の作業に取り掛かりました。
あらかじめ作って冷やしておいたカスタードクリームを冷蔵庫から取り出します。こんなこともあろうかと、二種類用意していたのですわ。卵の風味を活かした黄色のカスタードと、バニラの風味が強い白いカスタードです。
今度は、薄焼きになってしまって全く膨らまなかったシュー生地を使います。
生地の上にクリームを塗ります。その上に、シュー生地を重ね、更に別のクリームを塗って層を作ります。
生クリームと彩り用のフルーツを添え、上から粉砂糖をかければ……ミルフィーユ風ですわ。カフェ級の盛りつけに、周りで見ていた生徒たちが拍手喝采。
「詩羽さん、焼けました! すごーい!」
玲奈さんが、焼けたシュー生地をオーブンから取り出して感激しています。
中途半端に膨らんだ失敗作は、シューラスクへと変じておりました。
「すごい。詩羽さん、シュークリームにミルフィーユ、シューラスクまで作っちゃった!」
玲奈さんがピョンピョン跳ねて、私の手を取って笑います。私も、なんだか嬉しくなってしまいました。これから蹴落とす相手だと言うのに、この少女が同志のように見えてきたのです。
「これは――すごいな」
将人様が驚き、声をあげています。
私は鼻を鳴らし、将人様の前にミルフィーユとシューラスクを差し出しました。
「誰にも食べられずに、ゴミ箱へ捨てられた食べ物は孤独な末路を迎えてしまいます。どうか、それを御心にお留めください」
「ああ、すまなかったな……詩羽。これからは、絶対に食べ物を粗末にしない」
あと……私のことも、棄てないでくださいね。
その言葉だけは、どうも気恥ずかしくて、この場で言うことは叶いませんでした。
あれから、いろいろあって、ヒロインの玲奈さんは別の攻略対象と恋愛イベントを満喫しております。
私? 勿論、玲奈さんとは仲良くしておりますよ。悪役令嬢キャラですが、必ず意地悪をしなければならないというものでも、ありませんからね。
え、将人様ですか?
ああ……あの方。婚約破棄はされておりませんよ。
「詩羽、おかわり」
「もう、またそんなにお食べになって!」
求められ、私は呆れて溜息をつきました。それでも、仕方がないので、食べ終わったお皿に新しいお料理を注いで差し上げるのですわ。
今日は残り物のハンバーグを利用したドリアと、これまた残り物の肉じゃがを使ったコロッケですわ。肉じゃがのコロッケは味が染みて、とても美味しいの。将人様もたいそう気に入ったようで、何個もおかわりしてくれます。
「お前の料理は、いくらでも食べられる。残り物がこんなに美味しくなるなんて、魔法だな」
「わかりましたから……そろそろ、ダイエットしませんか?」
ほっそりとしたクールビューティの面持ちは、どこへ行ってしまったのやら。以前よりも数サイズほどアップしたお腹が、ベルトにテプッと乗っております。
私の料理で、すっかりとおデブさんに変身してしまった将人様。以前は学園の王子様だったのに。これでは、ヒロインの玲奈さんどころか、誰も見向きしてくれません。私が婚約破棄しないことを、みなさん、不思議がっております。
でも、いいのですわ。
だって、こんなに美味しくお料理を食べてくださる方、他にはいないのですから。
前書きの会話は『グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~』のわっつんさんと行いました。
アイデアの半分以上は、わっつんさんのものです♪
また、乗ってくれる方が複数人いらっしゃったので、シュークリームバトン企画にしました!
参加してくれる人、大歓迎です☆
アレコレ読み比べて、みんなのシュークリームを堪能するのも、勿論よろしゅうございますよ!