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そうだ、お花見行こう・前

「姉さん、知ってる? 公え――」


「知ってる」


「――んの桜が…………知ってるって、何を?」


「知らない」

 

 じゃあ知ってるって言わなきゃいいのに……。

 

「公園の桜がそろそろ満開になるんだって。お花見にいかない?」


「いく!」

 

 わあ、凄い食いつきだ。

 

「お弁当作るけど、おかずは何がいい?」

 

「卵焼き。甘いのたくさん。出汁巻きもちょっと」

 

「他には?」


「あとは唐揚げとハンバーグとウインナーとエビフライと……」

 

 運動会の子供みたいなラインナップだなぁ……。

 

「あ、ごはんはチキンライスがいい」


「何から何まで子供みたいなラインナップだね……ごはんはおにぎりにするからチキンライスはダメね」

 

「む。じゃあ、卵焼きにニラが入ってても我慢して食べる」

 

 我慢して食べる時点で子供っぽいよ……。

 

「まぁ、姉さんのリクエストだから別にいいけどね」


「やった。あ、そうだ。ふっしーも呼んであげよう」

 

「伏見さんも? 確かにいいかも。でも時間取れるのかな?」


 伏見さんというのは姉さんの担当編集者さんのこと。

 姉さんは小説作家なので、当然担当の編集者さんが居るのだ。

 結構自由人な姉さんに振り回されてる人なので、こういう機会があったら是非ねぎらってあげたい人だ。

 

「だいじょうぶ。みずきちゃんのお弁当とお酒が飲めるって分かったら必ず来るから」

 

「姉さんお酒飲むの?」


 今まで姉さんがお酒を飲んでいるところを見たことが無い。

 半年近く前に二十歳になったから、お酒を飲む機会は幾らでもあっただろうけど。

 

「私は飲まないよ。ふっしーはお酒好きだから、お花見なら必ず飲むよ」

 

「ああ、なるほど」

 

 お酒を飲むのに理由が欲しいってことだね。伏見さんってお酒好きなんだ。

 

「ところでいついくの?」

 

 携帯で伏見さんに電話をかけようとしてきた姉さんが聞いて来た。

 おっと、それを言うのを忘れてた。

 

「明日か明後日かな。急な話だけど、それを過ぎると桜が散っちゃうから」

 

 ボクもこっちに引っ越してきたばっかりだから、お花見のことなんてすっかり忘れてたんだよね。

 テレビのニュースでようやく思い出したくらいだし。

 

「入稿はもう終わってると思うから、たぶんふっしーも暇なはず。だから今日でも大丈夫だとおもう」

 

「そう? それだと夜桜になっちゃうよ?」

 

 今の時刻は昼の二時を回った頃だから、今からお弁当を用意して行くとなるとやっぱり夜になっちゃう。

 まぁ、夜桜も情緒があっていいかもしれないけど。

 

「夜桜でもだいじょうぶ。おべんとう楽しみ」

 

 そういって姉さんはニコニコと笑いながら伏見さんに電話をかけ始めた。

 ああ、姉さんの目的はボクのお弁当かぁ……。

 桜を見るのが主目的なのはボクだけなのかな……?

 

 そう思いつつも、ボクはお弁当の準備をするために財布を手に買い物に出かけるのだった。

 

 

 

 四月も半ばに入り始め、日も伸びて来たけど日没はまだまだ早く、ボクがお弁当の準備を終えた頃には日はすっかり沈んでいた。

 ボクと姉さんの住んでいる家は、ベッドタウンの外れの外れで、日が沈むとかなり暗い。

 

「やっぱり暗いね。懐中電灯とか持っていったほうがいいかな?」


「提灯なら、あるよ?」

 

「なんで提灯なんてあるのさ」

 

「提灯を使った放火トリックを考えた時に幾つか買ったの」

 

「そうなんだ。でも、お祭りでもなんでもないのに提灯なんて持ち歩いたら変な人に見えるよ」

 

「そうかもしれない」

 

 そうかもしれないというか、まず間違いなく変人にみられるよ。

 そんな会話をしていると、家の庭にライトを灯した車が入ってくる。

 

「ふっしーの車だ。ふっしーが来た。これでお花見いけるね」

 

「そーだね」

 

 おべんとおべんと、なんて言って小躍りしてる姉さんを放っておいて、ボクは玄関に向かう。

 向かっている途中でチャイムが鳴らされ、ボクは聞こえてるかも怪しい声量で、今でますー、なんて言いながら少し歩調を速めた。

 

「こんばんはー。あ、久しぶり、瑞樹ちゃん」


 けど、玄関はボクが開ける前に来客が開けてしまった。

 開けたのは、少しクセのある髪を無造作に伸ばしスーツを軽く着崩した二十歳半ばの青年。

 この人こそが姉さんの担当編集者の伏見さんだ。

 

「お久しぶりです、伏見さん。でも瑞樹ちゃんって呼ぶのはやめてください」

 

 ボクの名前は霧島瑞樹だから瑞樹と呼ばれるのはおかしくないのだけど、ちゃん付けというのはちょっと……。

 ボクは既に運転免許も持ってる青年なのだ。ちゃん付けというのは承服しかねる。

 

「いやいや、瑞樹ちゃんはまさに瑞樹ちゃんって感じだから。どう? 西野先生だけじゃなく俺にも毎日味噌汁を作ってくれない?」


 西野先生とは姉さんのことで、姉さんのペンネームだ。

 うっかり姉さんの本名を言わないように、普段からペンネームで呼ぶようにしてるんだって。

 

「うーん。伏見さんの家はちょっと遠いですから、毎日って言うのは難しいですね……」

 

「えっ。家が近かったら毎日作ってくれるの?」

 

「伏見さん一人暮らしですし、お仕事も忙しくて苦労してるでしょうから。ご飯を作るくらいならなんてことないですよ」

 

 うん。伏見さんは、とても、すごく、たいへん、苦労してる。

 なにしろ、姉さんの担当編集者だ。

 姉さんの話では、小説の作家なんて変人ばっかりとのことらしいけど、姉さんはそれに輪をかけて変人だ。しかもダメ人間。

 そんな姉さんの担当なんて、若ハゲになってしまったり、胃に穴が開いてもおかしくないだろう。

 だから、ごはんを作るとか、それくらいはしてあげようと思うのが人情ではないだろうか?

 

「そりゃ嬉しいなあ。それで、お花見だっけ」

 

「あ、はい。お弁当はもう用意してありますから」

 

 なんて言ってると、唐突に背中に重みがのしかかってくる。

 

「姉さん、いきなりのしかかって来ないでよ。潰れるかと思ったよ」


「私そんなにおもくないよ? 52キロだもん」


「僕より重いじゃん」


「うそ。みずきちゃん何キロ?」


「僕48キロだよ」

 

 でも、姉さんよりも身長低いんだよね、僕。だから体重が軽いのは当たり前なのかも。

 

「みずきちゃん、私より痩せてるなんてなまいき。そうだ、瑞樹ちゃんにおいしいものをたくさん食べさせて太らせる作戦」


「いや、家事は僕がやってるし。あと、栄養バランスもちゃんとしてるから太らないと思うよ」


 実際、運動不足な姉さんが太りも痩せもしないから、栄養バランスはちょうどよく出来てるってことなんだろうね。

 まぁ、姉さんに合わせてるから僕は痩せちゃったけど。

 

「むうー。あ、わかった。みずきちゃんおっぱいないから軽いんだ」


 いや、あったら困るけどね。


「あと身長もね。僕161センチだから」


「私167センチ、勝った」

 

 別に勝負なんかしてないけどね。

 

「ふっしーは何センチ?」


「え? ああ、174センチですよ。体重は測ってないんでわかんないですけど」

 

 へー、伏見さん僕より13センチも大きいんだ。13センチの半分でも分けてくれないかな……。

 

「174センチもあれば高いところのものとか取り易そう」


「そうだねぇ。僕もせめてあと5センチは欲しいよ」


「だめ。身長伸びちゃったらみずきちゃんが冷蔵庫の上のラップ取ろうとしてがんばってるのみれなくなる」


「いいんだよ、そんなの見れなくなって」

 

 というかそんなの見てたんだ。何が楽しいのさ?

 

「さて、そんな話してないで、はやくお花見いこう。みずきちゃんのお弁当たべないと」


「いや、お花を見に行くんだからね?」


「え?」


「なんでそこで心底不思議そうな顔するかな」


「でもお花見って外でごはん食べるってことだよね」


「いや、お花を見るからお花見って言うんだよ?」

 

「なるほど」

 

 なっとく、と言わんばかりの姉さん。

 今までお花見=おいしいものが食べれる行事ってしか思ってなかったのかな……。

 

「まぁ、とにかくいこっか?」


「うんうん。で、どこいくの?」


「すぐ近くの公園だよ。歩いて五分くらい」


「みずきちゃん、おんぶ」


「いや、歩いてよ」

 

 なんでこの距離でおんぶなのさ。

 第一に姉さんおんぶして歩くのなんてかなり辛いんだけど。

 

「じゃあ、だっこ」


「同じだよ」

 

「みずきちゃん、もしかしてドS?」


「姉さんお弁当抜きにされたいの?」


「ごめんなさい、ゆるして」

 

 僕が軽く脅しをかけると、姉さんは即座に土下座した。

 

「いや、そこまでしなくても……とにかくいこうよ」


「うん。おべんとう食べていいよね?」


「姉さんのリクエストのお弁当なんだから当たり前だよ。ほら、いこう?」


「うん」

 

 そういうわけで、靴を履いて出発だ。

 お花見、楽しみだな。

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