や ら み そ
目の前の男は「埜」という文字を書いた。
「この漢字を「の」と読めた人はさてさて何人いるでしょうか?例えばあなた!そう!あなた!あなたは最初にこの漢字を見て、なんて読みましたか?」
「そんなこと言われても、最初に答えを言われちゃったら、もう「の」としか思えないよ」
沈黙。沈黙。そして沈黙。
「・・・あーそうですね。確かにそうかもしれません。じゃあ、聞き方を変えます!他に読みかたがあるとするなればどのような読み方をしますか?」
「ヤとかショとかジョとか?」
気まずい空気。気まずい表情。気まずい間。
「・・・正解です」
「正解ですって、ここからオチをつけてくれるのさ」
「・・・」
目の前の男という名前の友達の名前は凸凹。苗字が目の前の男で、名前が凸凹。洒落てる名前だよね。そんなどうでもいいことは置いといて、そんな男は今目の前で頭を抱えて上半身を尻尾つかまれているネズミのようにクネクネさせていた。無表情でクネクネしてるのでどうも怖い。
残酷な時間が過ぎていくがそれはこの目の前の男と私、両方にとって。
と思ってたらいきなりクネクネは収まり、目の前の男はにやりと笑って見せた。ここから見える彼の歯は、シンナーの吸いすぎなのか、どうもガタついている。
「煙草一本どうですか?」
そう言って目の前の男はセブンスターを差し出してきたが、私はメンソール党なので、自分の乳ポケットからカプリを取り出して、適当に火をつけた。
「なんでオチから逃げようとするのさ」
「逃げじゃなくて、撤退」
「違いは?」
「次回に望みを持ちながら、この場から離れること。自分が可愛いだけの逃げとは違う」
目の前の男は手に持っていた煙草を口に咥え、やっぱり私と同じように、適当に火をつけた。適当に火をつけるということは、荒っぽくて、情熱的で刺激があるものだが、どうも目の前の男がそれをしても、恰好がつかない。やっぱりゴブリンみたいな恰好の男じゃどうしても駄目なんじゃねえかなって思う。なんてことはおいといて。
「撤退ってホントにそんな意味?」
「知らない。適当に言ってみただけ」
「そう」
「で?どうする?」
「何が?」
「分からん」
・・・不細工でめちゃくちゃちっこくてしかも羽の生えたお兄さんとお姉さんがタバコ吸いながら、
俺の目の前で適当な会話を繰り広げているが、なるほどこれが30まで貞操を守り抜いたという妖精さんなのか。
こうはなりたくないので、とりあえず童貞だけは卒業しようと心に決めた。
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