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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第11章 第2話:地域活動の授業――掃除当番だけが町をきれいにする日


 商店街の朝は、シャッターの音から始まる。


 がらがら、と鉄の扉が上がり、まだ眠そうな通りに光が差し込む。パン屋からは焼きたての匂いが流れ、花屋の前には水を含んだバケツが並ぶ。魚屋の店先では、氷を砕く音が小さく響いていた。


 その通りを、地域学習校の生徒たちが清掃用具を持って歩いている。


 月に一度の商店街清掃活動。


 颯は、長い火ばさみを肩に担ぐようにして歩いていた。


「颯、それ危ない」


 後ろから友人の陸が言った。


「大丈夫だって」


「人に当たる」


「当たってないし」


 颯は火ばさみを持ち直した。


 正直、面倒だった。


 朝から商店街に集合して、ゴミを拾い、落ち葉を集め、花壇の周りを掃く。


 地域のため。


 町をきれいに。


 先生たちはそう言う。


 でも、颯にはあまり実感がなかった。


 自分が捨てたゴミではない。


 自分の店でもない。


 汚れているなら、店の人が掃除すればいい。


 きれい好きな人がやればいい。


 月に一度、学校行事として連れてこられ、清掃用具を持たされると、どうしても「やらされている」と感じてしまう。


「また掃除かよ」


 颯は小さく呟いた。


 その声を聞いたのか、引率の広田先生が振り返った。


「颯、今日は地域活動の大切さを学ぶ日です」


「はい」


 返事だけはした。


 広田先生は、地域と学校の連携を大切にしている教師だった。商店街の人たちともよく話し、清掃活動や地域行事に生徒を参加させている。


「地域は、誰かが支えてくれているから成り立っています。今日は、そのことを感じながら活動しましょう」


 広田先生の言葉は、正しい。


 たぶん、正しい。


 でも、颯の胸にはすぐに落ちてこなかった。


 地域を支える。


 言葉が大きすぎる。


 目の前にあるのは、落ち葉と、空き缶と、吸い殻と、紙くずだった。


 商店街の中央広場に着くと、何人かの高齢者がすでに掃除を始めていた。


 その中に、腰を少し曲げた男性がいる。


 八百屋の松井さんだ。


 颯も何度か見たことがある。いつも店先に並ぶ野菜を整えながら、通る人に「おはよう」と声をかけている人だった。


 松井さんは、竹ぼうきで歩道の落ち葉を集めていた。


 途中で腰に手を当て、少し顔をしかめる。


 それでも、また掃き始める。


「おはようございます」


 広田先生が声をかけた。


「おう、おはよう。今日も助かるよ」


 松井さんは笑った。


「最近、風が強くてね。落ち葉がすぐ溜まるんだ」


「無理なさらないでくださいね」


「無理ってほどじゃないよ。誰かがやらないと汚れていくからな」


 誰かがやらないと。


 その言葉を、颯は聞き流した。


 清掃活動が始まった。


 生徒たちは班に分かれ、担当場所へ向かう。


 颯の班は、商店街の端にある小さな広場と、そこへ続く路地を担当することになった。


 広場にはベンチが二つある。


 近くには自動販売機があり、その横にゴミ箱が置かれている。


 しかし、ゴミ箱の周りには、空き缶や紙くずが落ちていた。


「ゴミ箱あるのに、なんで入れないんだよ」


 陸がぼやく。


「知らね」


 颯は火ばさみで空き缶を拾った。


 缶は少し潰れていて、指で触ると冷たかった。


 紙くず。


 吸い殻。


 コンビニの袋。


 菓子の包装。


 拾っても拾っても、ベンチの下から何か出てくる。


「これ、毎月やっても意味あるの?」


 颯は言った。


「どうせまた汚れるし」


「それをきれいにするのが活動でしょう」


 広田先生が近くで言った。


「地域のために頑張ろう」


 頑張ろう。


 颯は火ばさみを握り直した。


 でも、胸の中には別の言葉があった。


 掃除なんて、やる人がやればいい。


 そう思った時、商店街の入口から一人の先生が歩いてきた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 朝の商店街の匂いと音を確かめるように、その人はゆっくり歩き、落ち葉を集める生徒たちと、腰を押さえる松井さんを順番に見た。


「白瀬先生」


 広田先生が迎える。


「お待ちしていました」


「こちらこそ、呼んでいただきありがとうございます」


 その人――白瀬灯理は、軽く頭を下げた。


「今日は地域活動に参加させていただきます」


 颯は灯理をちらりと見た。


 旅する先生。


 世界の学校を訪ね、いろいろな授業をしている先生。


 昨日、広田先生から紹介されていた。


 灯理は、颯が肩に担ぎかけていた火ばさみを見た。


「少し持ちにくそうですね」


「別に」


「重いですか」


「軽いです」


「でも、長いですね」


 颯は火ばさみを見た。


 確かに長い。


 何度か持ち替えているうちに、手首が少しだるくなっていた。


「掃除なんて、やる人がやればいいんじゃないですか」


 颯は思わず言った。


 広田先生が少し慌てた顔をした。


 けれど灯理は、叱らなかった。


「うん。では、その『やる人』は、いつも同じ人になっていないでしょうか」


 颯は答えられなかった。


 いつも同じ人。


 朝、腰を押さえていた松井さんの姿が一瞬だけ浮かんだ。


 清掃活動は、そこで少し形を変えた。


 灯理は、生徒たちを広場に集めた。


「今日は、ただ掃除をするだけではなく、町を支える見えない仕事を記録してみます」


 広田先生が生徒たちに紙を配る。


 そこには商店街の簡単な地図が印刷されていた。


 灯理は黒板の代わりに、広場の掲示板に大きな紙を貼り、項目を書いた。


『誰が掃除しているか』

『どの時間に行われているか』

『どこにゴミが溜まりやすいか』

『誰が花壇の水やりをしているか』

『ベンチや掲示板を誰が管理しているか』

『負担が一部に偏っていないか』

『続けるために必要な工夫は何か』


「掃除をしながら、見つけたことを地図に書き込みます」


 灯理は言った。


「町をきれいにすることは、掃除をする人だけの仕事でしょうか。それとも、汚れが生まれる場所や、負担の偏りを見ることも含まれるでしょうか」


 颯は地図を受け取った。


 いつもの清掃活動なら、ゴミ袋がいっぱいになるまで拾えば終わりだ。


 でも今日は、拾った場所に印をつける。


 誰が普段掃除しているかを聞く。


 誰が水やりをしているかを見る。


 少し面倒が増えた気もした。


 けれど、ただ拾うよりは、何をしているのかが少しはっきりしていた。


 颯の班は、広場から路地へ進んだ。


 ゴミが多い場所に赤い丸をつける。


 自動販売機の横。


 ベンチの下。


 細い路地の曲がり角。


 閉店した店のシャッター前。


 排水溝の近く。


「ここ、毎回多くない?」


 陸が言った。


「多い」


 颯は赤い丸を重ねた。


「ゴミ箱あるのに、自販機の横が一番多い」


「ゴミ箱、満杯なんじゃない?」


 覗いてみると、確かに中はいっぱいだった。


 入口付近に空き缶が詰まり、奥に入れにくくなっている。


「これ、入らないから横に置いてるのか」


「置くなよって話だけど」


「でも、入らないのもある」


 颯は地図に書いた。


『自販機横。ゴミ箱がいっぱいになると周りに置かれる』


 次に、花壇の前を通った。


 小さな花がきれいに咲いている。


 土は湿っていた。


 近くにいた花屋の女性に聞くと、毎朝、隣の薬局の人と交代で水をやっているという。


「商店街の花壇なのに、二軒だけでやってるんですか」


 颯が尋ねる。


 女性は笑った。


「最初は当番表があったんだけどね。だんだん人手が減って、今はできる人がやってる感じかな」


「大変じゃないですか」


「まあ、夏はね。水も重いし」


 女性は軽く肩を回した。


 颯は地図に書いた。


『花壇の水やり。花屋と薬局がほぼ担当。夏は負担大』


 ベンチの管理は、松井さんがしていた。


 壊れた板を直す手配も、落書きを消すことも、掲示板の古いポスターを剥がすことも、何となく松井さんがやっているらしい。


「何となくって、誰が決めたんですか」


 颯は聞いた。


 松井さんは竹ぼうきを杖のように持って笑った。


「誰も決めてないよ。気づいた人がやる。気づくのが、だいたい俺ってだけだ」


「腰、痛いんですよね」


「まあ、年だからな」


「やめたらいいのに」


 言ってから、少し失礼だったかもしれないと思った。


 でも、松井さんは怒らなかった。


「やめたら、誰かが困るだろう」


「誰かって」


「買い物帰りに座る人もいる。バスを待つばあさんもいる。ここが汚れてたら、座りにくい」


 松井さんはベンチの背を軽く叩いた。


「俺の店の前だけじゃないけど、商店街はつながってるからな」


 颯はベンチを見た。


 さっきまでは、ただ掃除する場所だった。


 でも、松井さんには、ここに座る人の顔が見えているのかもしれない。


 バスを待つ人。


 買い物帰りに休む人。


 子どもを待つ親。


 ベンチをきれいにすることは、その人たちのためでもある。


 地図の余白に書いた。


『松井さんがベンチと掲示板をよく見ている。腰が痛い。負担が集中』


 昼前、地図は赤や青の印でいっぱいになっていた。


 赤はゴミが溜まりやすい場所。


 青は誰かが管理している場所。


 黄色は負担が偏っている場所。


 颯の地図には、黄色の印が思ったより多かった。


 松井さん。


 花屋と薬局。


 閉店した店の前を掃く隣の店。


 掲示板のポスターを剥がす自治会の人。


 全部、誰かがやっている。


 でも、その誰かは、いつも同じような人たちだった。


 中央広場に戻ると、灯理は各班の地図を並べた。


 生徒たちが覗き込む。


「自販機の周り、どの班も赤い」


「花壇、ここも同じ人がやってる」


「閉店した店の前、誰も担当いないからゴミ溜まるんだ」


「掲示板、古いポスター多いと思ってたけど、剥がす人決まってないんだ」


 灯理は問いかけた。


「町をきれいにすることは、掃除の日にゴミを拾うことだけでしょうか」


 颯は地図を見た。


 月に一度、自分たちが拾う。


 それは大切なのかもしれない。


 でも、それだけではまた汚れる。


 ゴミが生まれる場所。


 ゴミ箱がいっぱいになる時間。


 誰も担当しない場所。


 同じ人ばかりが気づく仕組み。


 そこを見ないと、掃除は終わらない。


「先生」


 颯は言った。


「ここ、掃除する場所じゃなくて、ゴミが生まれる場所だ」


 彼は自販機横に赤い丸をつけた地図を指した。


「ゴミ箱がいっぱいになるから周りに置かれる。だったら、拾うだけじゃなくて、いっぱいになる前にどうするか考えないと、また同じです」


 灯理は頷いた。


「颯くんは、掃除の場所から仕組みの場所を見つけたんですね」


 仕組み。


 その言葉は、朝の「地域のために頑張ろう」より少し具体的だった。


 午後は、商店街の人たちも交えた話し合いになった。


 広場の会議スペースに、折りたたみ椅子が並べられた。


 松井さん、花屋の女性、薬局の店主、自治会の人、学校の生徒たち。


 机の上には、午前中に作った地図が広げられている。


 広田先生は最初、少し緊張した顔をしていた。


 地域活動を生徒に経験させることには慣れている。


 けれど、生徒が地域の仕組みに提案する場は、あまり多くなかった。


 灯理は言った。


「今日は、誰かにもっと頑張ってもらう話ではなく、無理なく続ける仕組みを考えます」


 その言葉に、松井さんが笑った。


「それは助かるな。頑張れと言われると、腰がもう一つ必要になる」


 生徒たちが少し笑った。


 颯は地図を見ながら、手を挙げた。


「自販機横のゴミ箱なんですけど」


 声が少し硬い。


 でも、朝よりは出しやすかった。


「満杯になってから周りに置かれるみたいなので、回収時間を増やせないなら、缶とペットボトルの入口を分けるとか、いっぱいになったら店に知らせる札をつけるとか」


 自販機を管理している店の人が頷いた。


「確かに、入口で詰まってることがあるね。業者にも相談してみるよ」


 陸が続けた。


「あと、ゴミ箱の場所が少しわかりにくいです。自販機の陰になってるから、案内表示があるといいかもしれません」


 花屋の女性が言った。


「花壇の水やりも、夏だけでも交代を増やせると助かるわ」


 別の生徒が提案する。


「学校で水やり当番をするんじゃなくて、通学で通る人が観察カードに『乾いていた』って書くのはどうですか。重い水を運ぶのはお店の人かもしれないけど、気づく人を増やす」


 薬局の店主が頷いた。


「気づいてくれるだけでも助かるよ。こちらも毎日見られるわけじゃないから」


 颯は、朝に自分が火ばさみを乱暴に持っていたことを思い出した。


 清掃用具置き場には、古い重いゴミ袋と、持ち手の短いほうきしかなかった。


「清掃用具も」


 颯は言った。


「袋が大きすぎると思います。いっぱいにすると重いから、高齢の人が持つのきついです。小さい袋に分けるとか、台車を置くとか」


 松井さんが目を細めた。


「よく見てるな」


「今日、持ってみたら火ばさみも長かったです」


「長い方が腰を曲げなくていいんだけどな」


「でも、子どもには持ちにくいです。長さ違いがあった方がいいと思います」


 広田先生がメモを取っていた。


「学校からも、軽い道具をいくつか持ってこられるか確認します」


 話し合いは、少しずつ具体的になっていった。


 店ごとに一週間交代で、自分の店の前だけでなく、隣の閉店した店の前も少し見る。


 学校は月一回の大掃除だけではなく、通学時に気づいた場所を記録する観察カードを作る。


 ゴミが溜まりやすい場所には、注意ではなく「ここで分けると回収しやすくなります」という案内を出す。


 高齢者が重い袋を運ばなくていいよう、回収場所を二か所に増やす。


 清掃後には、どこを掃除したかだけでなく、どこでゴミが生まれたかを地図に残す。


 颯は、地図の赤い印を見つめていた。


 朝は、ただ面倒な掃除の日だった。


 今は、その赤い印が少し違って見える。


 誰かが頑張る場所ではなく、仕組みを変える入口。


 掃除は、ゴミを拾うことだけではなかった。


 汚れにくくすること。


 同じ人だけに負担が行かないようにすること。


 続けられる形を考えること。


 それも、町をきれいにすることだった。


 夕方、最後にもう一度だけ広場の掃除をした。


 颯は今度は火ばさみを肩に担がなかった。


 手元で持ち、周りに当たらないように歩く。


 松井さんがベンチの横で落ち葉を集めようとした時、颯は声をかけた。


「そこ、俺やります」


「お、助かる」


「でも、ずっと俺がやるって意味じゃないです」


 颯が言うと、松井さんは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「わかってるよ」


「交代にします」


「頼もしいな」


 颯は少し照れくさくなって、落ち葉を袋に入れた。


 袋は、半分くらいで口を縛る。


 重くなりすぎないように。


 松井さんがそれを見ていた。


「前は、いっぱいになるまで詰めてたな」


「重いので」


「そうだな。重かった」


 松井さんは腰を軽く叩いた。


 颯はその仕草を見逃さなかった。


 清掃後、颯は商店街の地図に赤い印をもう一つつけた。


 自販機の横。


 そして、その横に青で書く。


『回収方法を考える場所』


 さらに、黄色の印を松井さんのベンチに付ける。


『同じ人に頼りすぎている場所』


 地図は、ただの掃除記録ではなくなっていた。


 町の困りごとと、次に試すことが書かれた紙になっていた。


 灯理が隣に立った。


「地図、かなり変わりましたね」


「はい」


「今日の清掃は、朝と同じ活動に見えますか」


 颯は首を横に振った。


「違います」


「どう違いますか」


「朝は、ゴミを拾えば終わりだと思ってました」


「はい」


「でも、誰がいつも拾ってるのかとか、なんでそこにゴミが出るのかとか、見ないと終わらないです」


 颯は火ばさみを見た。


「掃除当番だけが町をきれいにするんじゃないんですね」


「うん」


「町が汚れにくくなる仕組みを考えるのも、地域活動なんだと思います」


 灯理は頷いた。


「颯くんが、今日の町から見つけたことですね」


 学校へ戻る途中、広田先生は生徒たちに言った。


「今日の活動記録は、いつもの感想文ではなく、提案書にします」


 生徒たちが少し驚いた。


「提案書?」


「はい。どこを掃除したかだけでなく、負担が偏っていた場所、ゴミが生まれていた場所、続けるための工夫を書いてください」


 広田先生は少し照れくさそうに続けた。


「先生も、地域のために頑張ろう、と言うだけでは足りなかったと感じました。これからは、地域が続く仕組みを一緒に考えましょう」


 颯は、鞄の中の地図を軽く押さえた。


 提案書。


 いつもの感想文より、少し面倒だ。


 でも、書くことはあった。


 火ばさみの長さ。


 ゴミ袋の重さ。


 自販機横の詰まり。


 松井さんの腰。


 花壇の水やり。


 ベンチに座る人。


 今日見たものは、ただの「地域活動は大変だった」では終わらない。


 放課後、颯は教室に残って提案書を書いた。


『掃除当番だけが頑張ると、町は一日きれいになります。でも、ゴミが出る場所や、同じ人がいつも掃除している場所を見ないと、また同じことになります。自販機横は、ゴミ箱がいっぱいになると周りに置かれるので、回収方法と表示を変える必要があります。ベンチと掲示板は松井さんがよく見ているけれど、腰が痛そうでした。重い袋を持たなくていいように、小さい袋と台車が必要です。』


 鉛筆の音が、夕方の教室に響く。


『地域清掃は、掃除をする日ではなく、汚れにくい町を考える活動にした方が続くと思います。』


 書き終えて、颯は紙を見た。


 自分がこんなことを書くとは、朝には思っていなかった。


 教室の窓からは、商店街の通りが少し見える。


 松井さんが店の前の野菜箱を片付けている。


 その横を、花屋の女性が通り、何か声をかけていた。


 町は、誰か一人のものではない。


 でも、誰か一人に任せすぎると、その人の腰に重さが集まる。


 そんな当たり前のことを、颯は今日初めて地図の上で見た気がした。


 夜、灯理は地域学習校を出た。


 商店街の灯りがぽつぽつとともり、昼間の賑やかさとは違う静けさが通りに降りている。パン屋のシャッターは半分閉まり、花屋の前のバケツは片付けられ、中央広場のベンチには一人の高齢者が腰かけていた。


 広田先生が校門まで見送りに来た。


「白瀬先生、今日はありがとうございました」


「こちらこそ、町の地図を一緒に見せていただきました」


 広田先生は手元の提案書の束を見た。


「私は、地域貢献を気持ちで伝えようとしていました。地域のために頑張ろう、と」


「大切な思いですね」


「はい。でも、頑張るだけでは続かないことがありますね。特に、誰か一部の人に負担が偏っている時は」


 彼は商店街の方を見た。


「生徒たちは、今日、よく見ていました。ゴミだけでなく、ゴミが生まれる場所や、掃除を引き受けている人の体まで」


「颯くんも、たくさん見つけていました」


「ええ。あの子が清掃用具の重さまで提案書に書くとは思いませんでした」


 広田先生は少し笑った。


「次から、清掃活動は『掃除』ではなく『町を支える仕組み調査』にします。もちろん、拾うことも大切にしながら」


「きっと、生徒たちの見方が変わります」


 夜風が、商店街の旗を小さく揺らした。


 灯理は鞄を肩にかけ直した。


 中には、新しく改装された地域図書館から届いた依頼状が入っている。


 けれど、まだ開かなかった。


 商店街の地図には、今日、いくつもの印がついた。


 ゴミが溜まる場所。


 花に水をやる人。


 ベンチを見守る人。


 負担が偏っている場所。


 そして、変えられるかもしれない仕組み。


 町を支えることは、誰かの善意に静かに寄りかかることではない。


 見えない仕事を見えるようにし、重さを分け、続けられる形を考えること。


 灯理は商店街の明かりを振り返り、夜の道をゆっくり歩いていった。

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