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旅する先生と、世界の教室  作者: 最後に残った形


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第29章 第5話:共同制作の授業――違う手で完成する地図


 青柳さんが作ってきた運営地図は、とてもきれいだった。


 地域学習センターの多目的室。朝の光が窓から差し込み、長机の上に白い紙を明るく照らしている。机は円に近い形に並べられ、中央には一枚の大きな地図が広げられていた。


『よりみち縁側 運営地図』


 タイトルは太く、読みやすい。


 左上には、受付の流れ。


 右上には、参加方法カード。


 中央には、にぎやかな活動、静かな作業、お茶、見るだけ席、名前のない席の配置。


 下には、スタッフの役割表、休憩時間、相談を職員へつなぐ流れ、心配カード箱の場所。


 色も統一されていた。


 文字の大きさもそろっている。


 矢印もまっすぐだった。


 青柳さんは、その地図を見ながら、少しだけほっとしていた。


 初回「よりみち縁側」は、予定通りにはいかなかった。


 にぎやかな活動の音が静かな作業へ流れ込んだ。


 心配カード箱は見えにくかった。


 見るだけ席は入口に近すぎた。


 休憩札は使われなかった。


 お茶の席には人が集まりすぎた。


 彩花は休めず、静子も座れなかった。


 でも、振り返り円卓で、その崩れた場所を知恵カードにした。


 何が起きたか。


 なぜ困ったか。


 次はどうするか。


 その修正を反映して、青柳さんは夜遅くまで運営地図を清書した。


 今度こそ、わかりやすく。


 今度こそ、使いやすく。


 今度こそ、完成した形に。


 そう思いながら、線を引き、文字をそろえ、配置を直した。


 だから今日、参加者たちに見せる時、青柳さんは少し緊張していた。


 これで、完成に近づくはずだった。


 最初に来たのは、彩花だった。


 彩花は、活動ノートと修正カードの束を持っている。


「青柳さん、地図、すごく見やすいです」


「ありがとうございます」


 青柳さんは、少し嬉しくなった。


 しかし、彩花は地図の右下を指した。


「ただ、休憩札の場所なんですけど、入口近くよりスタッフ机にもあった方がいいと思います」


「スタッフ机にも?」


「はい。参加者向けの休憩札と、スタッフ用の休憩札は分けた方が使いやすいです。初回は、スタッフ机に置いてあったのに見えなかったので、首から下げる札もここに描きたいです」


 彩花は、赤い付箋を一枚貼った。


『スタッフ用休憩札』

『首から下げる』

『青柳さんが時間で声かけ』


 青柳さんのきれいな地図の右下に、赤い付箋が貼られた。


 少しだけ、地図の整った余白が崩れた。


 次に、紗良が来た。


 会議ノートと沈黙カードを持っている。


「地図、すごいですね」


「ありがとうございます」


「でも、会議前の三分書く時間が、振り返りのところだけに入っています」


 紗良は、地図の下の欄を指した。


「運営会議の時も、最初に三分書く時間を固定したいです。声の大きい人から始まると、また偏るので」


 紗良は、青い付箋を貼った。


『運営会議前 三分書く』

『沈黙カードを中央へ』

『すぐ決めない欄』


 青い付箋が、地図の左側に増えた。


 次に、美咲と真央、葵がやって来た。


 美咲は、にぎやかな活動の修正案を持っている。


「にぎやか活動、始める前に『静かな場所もあります』って言う説明を入れたいです。あと、声の大きさカードもここに置きます」


 美咲は、黄色い付箋を貼った。


『声の大きさカード』

『始める前に静かな場所を案内』

『盛り上がりすぎたら合図』


 真央は、静かな作業スペースの位置をじっと見ていた。


「静かな作業の表示、もっと小さい文字の方が落ち着くかもしれません。でも、入口からは見えるように、色だけそろえるといいと思います」


 真央は、薄い緑の付箋を貼った。


『静かな作業 大きすぎない表示』

『入口からは色でわかる』

『机の上に作業中カード』


 葵は、案内カードの束を取り出した。


「音量の情報が、地図の中にありません」


「音量?」


「はい。『音は大きくしません』とか、『にぎやかな活動の時間があります』とか。最初にわかると安心する人がいるので」


 葵は、水色の付箋を貼った。


『音量情報』

『にぎやかな時間あり』

『静かな席あり』

『入口案内カードに追記』


 地図の中央は、付箋で少しにぎやかになってきた。


 色が増える。


 文字の大きさもばらばらになる。


 青柳さんは、笑顔で頷きながら、胸の奥で少しだけ焦り始めていた。


 せっかく清書した地図が、また未完成に戻っていく。


 次に、紬が佐伯先生と一緒に入ってきた。


 紬は、部屋に入る前に一度立ち止まり、今日の席を確認した。


 円卓の外側、壁に近い場所に『見るだけ席』が用意されている。


 紬は、そこに座り、『今日はカードで参加します』のカードを机に置いた。


 青柳さんは、紬の方を見た。


「紬さん、地図を見て、何か気づいたことがあればカードで教えてください」


 紬は、地図を見た。


 少し時間をかける。


 そして、カードに書いた。


『見るだけ席は、入口から少し離れていてよいです』

『でも、出口が見える向きが安心です』


 佐伯先生が、紬に確認してから読んだ。


 青柳さんは、はっとした。


 初回では、見るだけ席を入口から離すことに意識が向いていた。


 でも、出口が見えるかどうかまでは考えていなかった。


 紬は、さらに小さな付箋を一枚出した。


『逃げ道が見える席』


 その言葉は、地図のどの線よりも具体的だった。


 青柳さんは、その付箋をそっと地図に貼った。


 静子と前田さんも来た。


 静子は、お茶時間の担当表を見て言った。


「お茶係のところに、休む人の名前を書く欄がないわ」


「休む人の名前?」


「担当する人だけ書くと、また担当する人がずっと立ってしまうの。『今座る人』も書いておいた方がいいわね」


 前田さんが頷く。


「あと、お茶の濃さの知恵カードを置く場所も必要よ。初めての人が入れるように」


 静子は、紫の付箋を貼った。


『お茶係』

『入れる人』

『座る人』

『交代時間』


 前田さんは、知恵カードの欄を指した。


「失敗カードを貼る場所が小さいわね」


「小さいですか」


「失敗は増えるのよ」


 前田さんは、当然のように言った。


 青柳さんは、思わず瞬きをした。


 前田さんは笑った。


「増えて困るものじゃないわ。次に使えるんだから」


 前田さんは、橙色の付箋を貼った。


『失敗カード欄を広げる』

『何が起きたか』

『なぜ困ったか』

『次はどうするか』

『次回更新日』


 湊は、名前のない席に座っていた。


 会議の中心から少し外れた場所。


 何も言わずに、地図が付箋で埋まっていく様子を見ていた。


 やがて、紗良が尋ねた。


「湊、何かありますか」


 湊は、少しだけ考えた。


「名前のない席が、地図だとただの椅子になってる」


 青柳さんは、地図を見た。


 たしかに、椅子の記号に『名前のない席』と書いてあるだけだった。


 湊は続けた。


「この席が何のためにあるかも書いた方がいいと思います。中心ではないけれど場にいられる席。聞かれたら答えるけれど、先に奪わない席」


 紗良が頷いた。


「それは必要」


 湊は、白い付箋に書いた。


『中心ではないけれど場にいられる』

『聞かれたら答える』

『先に奪わない』

『休んでいても戻れる』


 その付箋は、名前のない席の横に貼られた。


 白い付箋。


 赤、青、黄色、緑、水色、紫、橙。


 地図は、もう清書された一枚ではなくなっていた。


 たくさんの手が入った、修正だらけの紙になっている。


 青柳さんは、地図を見下ろした。


 朝、広げた時は、きれいだった。


 線はまっすぐで、色はそろっていて、情報も整理されていた。


 今は、付箋が重なり、矢印が増え、文字の大きさも違う。


 誰かの手書き。


 誰かの言い直し。


 誰かの不安。


 誰かの経験。


 誰かの失敗。


 誰かの次への提案。


 それがどんどん貼られている。


 青柳さんは、胸の奥に小さな焦りを感じた。


 完成させたい。


 これを完成版として掲示したい。


 でも、みんなで直すほど、また直す場所が増える。


 完成が遠ざかっている気がする。


 白瀬灯理は、円卓の少し外側で、その様子を見ていた。


 黒い上着に、使い込まれた革の鞄。


 青柳さんは、思わず灯理の方を向いた。


「先生」


「はい」


「みんなで直すほど、完成から遠ざかっている気がするんです」


 声にすると、その感覚がはっきりした。


「清書して、見やすくして、これで運営地図が完成すると思っていました。でも、みんなが見ると、また修正が出て、付箋が増えて、線が増えて。必要なことなのはわかります。でも、いつまで経っても完成しない気がします」


 多目的室が静かになった。


 灯理は、青柳さんの言葉を静かに受け止めた。


 そして、問いを返した。


「うん。では、共同で作ったものの完成とは、誰の手跡も残らないきれいな一枚になることなのでしょうか」


 青柳さんは、すぐには答えられなかった。


 誰の手跡も残らないきれいな一枚。


 それは、今朝の地図だった。


 青柳さんの手で整えられた、見やすい地図。


 でも、それは本当に共同で作った地図だったのだろうか。


 もちろん、みんなの意見を反映したつもりだった。


 でも、今日出た付箋を見れば、清書版にはまだ入っていない声があった。


 彩花の休憩札。


 紗良の三分書く時間。


 美咲の声の大きさカード。


 真央の静かな表示。


 葵の音量情報。


 紬の逃げ道が見える席。


 静子の座る人の欄。


 前田さんの広い失敗カード欄。


 湊の名前のない席の意味。


 どれも、現場を知る手から出てきたものだった。


 灯理は、中央に新しい紙を置いた。


『完成の意味を見直す』


 その下に、いくつかの欄を書いた。


『清書版』

『使える版』

『修正できる版』

『誰が見てもわかる版』

『余白がある版』

『手書きが残る版』

『次回変える欄』

『失敗カード欄』

『参加者の声欄』

『守りたいもの欄』

『休憩と交代欄』

『名前のない席』

『更新日』


 灯理は言った。


「完成を、一度で変わらないものとして考えると、修正は完成を壊すものに見えるかもしれません。でも、使い続ける場の地図なら、更新できることも完成の一部かもしれません」


 青柳さんは、地図を見た。


 更新できることも、完成の一部。


 その言葉は、少し不思議だった。


 完成なのに、変わってよい。


 完成なのに、余白がある。


 完成なのに、次回更新日がある。


 彩花が、活動ノートを開いた。


「初回で崩れた場所も、地図に残したいです。次に来るスタッフが、どうしてこの配置になっているのかわかるように」


 紗良が続けた。


「会議の進め方も、地図の外ではなく中に入れた方がいいと思います。運営は会議から始まるので」


 葵が案内カードを見ながら言った。


「参加者が見る情報と、スタッフが見る情報は分けた方がいいです。でも、つながっていることはわかるように」


 美咲が言った。


「にぎやかな活動も、ただ『ここ』って書くだけじゃなくて、『静かな場所を案内してから始める』って書いてほしいです」


 真央が付け加える。


「静かな作業も、『絶対にしゃべってはいけない』じゃなくて、『小さい声で質問できます』を残したいです」


 紬は、カードを一枚出した。


『変えた理由があると安心します』


 佐伯先生が読んだ。


 青柳さんは、その言葉をゆっくり受け止めた。


 変えた理由。


 なぜこの席がここなのか。


 なぜ休憩札が二種類あるのか。


 なぜ心配カード箱が出口にもあるのか。


 なぜお茶係に座る人の欄があるのか。


 それを残すことは、きれいさを減らすことではない。


 次の人が理解して使えるようにすることだった。


 前田さんが、知恵カードを指で揃えながら言った。


「地図も、鍵束と同じね」


「鍵束?」


 青柳さんが聞く。


「一人の頭の中にあると、その人が持ち続けないといけないでしょう。でも、地図にすれば渡せる。さらに、次の人が直せる余白があれば、その人の地図にもなる」


 静子が頷いた。


「縁側は、畳が少しずつ擦れていくものよ。使った跡がない方が不自然かもしれないわね」


 美咲が、地図を見て言った。


「じゃあ、これ、完成版じゃなくて第1版にしたら?」


 青柳さんは、顔を上げた。


「第1版」


「うん。ゲームでも、バージョンアップするし」


 湊が少し笑った。


「美咲らしい説明」


 紗良は、すぐに会議ノートへ書いた。


『完成版ではなく、第1版』

『次回更新日を入れる』

『直してよい地図』


 青柳さんは、地図のタイトルを見た。


『よりみち縁側 運営地図』


 その右側に、空白がある。


 青柳さんは、黒いペンを持った。


 そして、タイトルの横に書き足した。


『第1版』


 その下に、


『次回更新日:初回終了後の振り返り円卓』


 さらに、灯理が差し出した小さな紙にこう書かれていた。


『更新してよい地図』


 青柳さんは、それをタイトルの下に貼った。


 不思議と、胸の中の焦りが少し緩んだ。


 完成版にしなければならないと思うと、付箋は乱れに見えた。


 でも、第1版だと思うと、付箋は手がかりに見える。


 更新してよい地図だと思うと、赤ペンの跡も失敗ではなくなる。


 そこから、みんなで運営地図を作り直した。


 清書版を捨てるのではなく、土台にする。


 その上に、必要な手跡を残す。


 地図の左上には、受付とようこそカード。


『今日はどう過ごしますか』

『話す/書く/見るだけ/にぎやか/静か/お茶/相談/休憩』


 その横に、


『緊急連絡カードは封筒で職員管理』

『困った時につなぐため』


 中央には、場の配置。


 にぎやかな活動。


 静かな作業。


 お茶。


 相談席。


 見るだけ席。


 名前のない席。


 見るだけ席の横には、紬の付箋が残された。


『逃げ道が見える席』


 名前のない席の横には、湊の付箋。


『中心ではないけれど場にいられる』

『先に奪わない』


 にぎやかな活動の横には、美咲の付箋。


『始める前に静かな場所も案内』

『声の大きさカード』


 静かな作業の横には、真央の付箋。


『小さい声で質問できます』

『作業中カード』


 案内カードの欄には、葵の付箋。


『音量情報』

『静かな席あり』

『見るだけ可』


 下の欄には、スタッフの仕組み。


『休憩札』

『スタッフ用休憩札』

『首から下げる』

『声かけ係』

『お茶係:入れる人/座る人』

『相談は職員へ』

『一人で抱えない』


 右下には、前田さんの知恵カード欄。


『何が起きたか』

『なぜ困ったか』

『次はどうするか』


 その隣に、紗良の会議欄。


『三分書く』

『沈黙カード』

『すぐ決めない』

『守りたいものを書く』


 さらに、一番下に大きな余白を作った。


『次回変えること』

『今は決めないこと』

『新しく見えたこと』


 青柳さんは、その余白を見た。


 何も書かれていない場所。


 けれど、今度は怖くなかった。


 そこは、未完成の穴ではなく、次の人のための場所だった。


 最後に、地図の隅へ全員が小さく印を入れた。


 彩花は、休憩札の小さな絵。


 紗良は、砂時計。


 美咲は、黄色い矢印。


 真央は、小さなしおり。


 葵は、案内カード。


 紬は、小さな椅子。


 静子は、湯呑み。


 前田さんは、鍵。


 湊は、名前のない席の空白。


 青柳さんは、円卓。


 灯理は、何も描かず、地図の端に小さく余白を残した。


 青柳さんは尋ねた。


「白瀬先生は、何も描かないんですか」


 灯理は静かに微笑んだ。


「私の分は、次に誰かが直す場所でよいと思います」


 青柳さんは、その余白を見て、少し笑った。


 運営地図は、最初より整っていない。


 でも、最初より使えそうだった。


 誰かの声が入っている。


 誰かの困りごとが残っている。


 誰かの修正が見える。


 誰かが次に直せる。


 それは、一人で作った清書版よりも、ずっとこの場らしかった。


 ワークショップの終わりに、青柳さんは円卓ノートを開いた。


 これまでのページには、入口を増やした日、支え合いの輪を描いた日、鍵束を渡した日、声を持ち寄った日、時間割を分けた日、衝突を見える化した日、看板を二層にした日、初回で崩れた場所を書いた日が記録されている。


 今日のページには、付箋だらけの運営地図の写真を貼った。


 そして、その下に一文を書く。


『完成とは、違う手の跡を消すことではなく、次の人が直せる余白まで残して使える形にすることだった』


 書き終えると、青柳さんはペンを置いた。


 完成。


 その言葉が、少し変わった。


 完璧に閉じることではない。


 誰も触らない状態にすることでもない。


 使えること。


 直せること。


 理由が残っていること。


 違う手の跡が、次の人の手がかりになること。


 それも、完成なのだと思えた。


 夕方、多目的室の壁に『よりみち縁側 運営地図 第1版』が掲示された。


 まっすぐな線の上に、手書きの付箋がいくつも貼られている。


 見た目は少しにぎやかだった。


 でも、近づくと、なぜその形になったのかがわかる。


 休憩札の横には、彩花の字。


 沈黙時間の横には、紗良の字。


 にぎやかな活動の横には、美咲の字。


 静かな作業の横には、真央の字。


 案内カードの横には、葵の字。


 見るだけ席の横には、紬の字。


 お茶時間の横には、静子の字。


 知恵カード欄には、前田さんの字。


 名前のない席の横には、湊の字。


 中央には、青柳さんの整えた線。


 そして、端には、まだ何も書かれていない余白。


 それは、次にここへ来る人のための場所だった。


 夜、白瀬灯理は地域学習センターを出た。


 ガラス扉の向こうには、多目的室の明かりがまだ残っている。壁に掲示された運営地図は、遠目には色とりどりの紙が集まった一枚に見えた。近づけば、そこにたくさんの手跡があることがわかる。


 青柳さんが、玄関まで見送りに来た。


「白瀬先生、ありがとうございました」


「こちらこそ、違う手で地図が使える形になっていく時間を一緒に見せていただきました」


 青柳さんは、多目的室を振り返った。


「最初は、清書したものが完成だと思っていました」


「はい」


「でも、清書だけだと、どうしてそうなったのかが見えませんでした。今日の付箋や手書きの方が、少し雑でも、使う人には親切なのかもしれません」


 灯理は頷いた。


「はい」


「それに、次の人が直していいと思える地図になりました」


 外には、夜の風が静かに吹いていた。


 センター前のベンチには、誰も座っていない。


 でも、看板の下には次回の案内カードが置かれている。


『よりみち縁側 第1版で始めます』

『参加方法を選べます』

『この地図は更新していきます』


 青柳さんは、その文字を見て少し笑った。


「未完成のまま始めるのではなく、更新できる形で始める。そう思うと、不安が少し違いますね」


 灯理も、静かに笑った。


 共同制作を学ぶことは、全員の違いを消して一枚に整えることではない。


 もちろん、見やすさは大切だ。


 線がぐちゃぐちゃでは使いにくい。


 誰が何をするか、どこに何があるか、どう動けばよいか。


 それは整理されている必要がある。


 けれど、整理することと、手跡を消すことは同じではない。


 違う人の気づき。


 違う人の不安。


 違う人の経験。


 違う人の失敗。


 違う人の直し方。


 それらを消してしまうと、共同で作った理由まで薄くなる。


 使える地図には、余白がいる。


 次回変える欄。


 今は決めないこと。


 新しく見えたこと。


 失敗カード。


 守りたいもの。


 休憩と交代。


 名前のない席。


 更新日。


 完成とは、閉じることではなく、使える形で開いておくことでもある。


 違う手の跡を残したまま、次の人が直せるようにしておくことでもある。


 灯理は、夜の地域学習センターを振り返った。


 円卓ノートのページには、青柳さんの字で一文が残っている。


 完成とは、違う手の跡を消すことではなく、次の人が直せる余白まで残して使える形にすることだった。


 その言葉を胸に、灯理は静かな道をゆっくり歩いていった。

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