ep.94 一緒に
グレアはいつものように、上機嫌で朝食の準備を進める。窓際の椅子には無表情でコーヒーを嗜む主の姿。
今日は休日。やる事は山積みだが、自分の他に使用人ができ、彼女の渾身的な働きにより、家事の三分の一程度は負担してもらっている。お世辞にも充分とは言えないが、主の傍に居られる時間が少しでも増えるのはありがたい。
そして出来上がったパンケーキを主の前に差し出した。小皿にバターと蜂蜜が入った容器を添えて。
「ありがとう、グレア」
「とんでもございません!」
それから部屋の中にはクラシックの音色と、フォークとナイフが皿を微かに鳴らす音、静かな時間が流れた。不自然なほどにいつも通りだ。
すると、何かを察した主がパンケーキに視線を向けたまま、グレアへと言葉を投げかけた。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
やはり鋭い―グレアは苦笑いの表情を浮かべた。流石は自分が尊敬して止まない人物。隠し事はできない。
「はいミア様。実は―」
それから説明を始める。ここ数日、自分が尾行されていること、相手の目的が不明な事。ミアは耳を傾けながら食事を進めていた。
「―ですので、私はその者達のこれから調査に当たります。それまで外出の際も私と距離を置かれた方が良いかと」
「理解した。私は自転車で学校に通うので構わない」
「それは……」
しまった。グレアは表情を変えずに脳を高速で回転させる。ミアはまだ補助輪無しでは自転車を乗りこなすことが出来ない。こうなればいっそ魔法で―
「ミア様。楓さんと一緒に向かわれるのはいかがでしょうか?彼はこの頃、運動も兼ねて歩いて登校してるとの事ですよ」
「なに?それは初耳だな」
これは嘘だった。不本意ではあるが、これ以外に主を自転車に乗せない理由が思い浮かばない。ハーリィには荷が重いし、自分が動けない以上、自分の次に親しい人物へ任せるしかない。
「ではカエデを誘ってみようか」
ミアはスマホを取り出し、トークを打ち始めた。
グレアも負けじとミアの死角で楓に連絡を飛ばす。
※※※※
【一緒に学校へ行こう】
「ミア?急にどうしたんだ?…と、今度はグレアさんか」
【歩きで通え】
「…」
※※※※
後片付けを終わらせると、グレアは主の正面に座りコーヒーを楽しむ。その間も僅かな変化すら見逃すまいと主の顔をチラチラと伺っていた。
そして視線が合った瞬間、グレアは表情を引き締めて口を開いた。
「ミア様。お渡ししたいものがあります」
テーブルの上、ミアの正面に赤い宝石を差し出す。どれ程の価値になるのか検討も付かない程、眩い輝きを放っている。ミアは表情を変えずに親指と人差し指で軽く摘んで覗き込んだ。
「これは?」
グレアは少し躊躇し、数秒間沈黙したが、
一度喉を鳴らした後、白状するかのように答えた。
「ホーマインから渡された、生命の石です」
※※※※
『これは…』
『安心せい。これに込められた命はわしのものだけじゃ』
『ホーマイン……まさかあなたのその姿は!』
『じゃが、これでどれだけミア様の命が満たせるかは不明じゃ。あまり期待は持ちすぎるなよ』
※※※※
「申し訳ありません。ヴィクトリアにいる彼から手渡された物…信頼できるか決めかねていました…」
ミアは生命の石をゆっくりとテーブルに戻し、
グレアの前へと差し出す。
「これはホーマインに返してくれ」
「ミア様!ミア様のお命はもう…それに、ホーマイン本人が望んだことです!どうか、どうかお使いください!」
「私には、他者の生命力を譲り受けてまで長らえるような資格は無い。だから…」
グレアはミアの言葉を遮るように、生命の石を取り上げると椅子から立ち上がり、ズカズカとミアの元へと近寄る。そして―
「失礼します!」
生命の石をミアの胸元へと突き刺した。
「グレア、痛い」
「え…ど、どうして!?」
「使い方が違う」
「……」




