ep.89 調査員
バスを降りるスーツ姿の男女。
シワの目立つ灰色のスーツに身を包んだ猫背の男性。髪は寝癖まみれで、朝のひげ剃りも怠ったであろう、清潔感に欠ける風貌だ。目の下の隈も酷い。
それとは対照的に隣のベージュ色のスーツの女性は、天に伸びるように背筋を真っ直ぐ保ち続け、艶のある長い髪を後ろで1本に束ねている。メイクはナチュラルだ。
女性はバスを降りた後、スマートフォンで資料を確認し、男性はというとぶつぶつと終始何かを呟いている。
「珍しく帰還命令が出たと思ったら…なんだって俺等が高校生の調査なんかしなくちゃならないんだよ」
「仕方ないでしょう、上からの命令なんだから。それよりもタクシーを停めてもらえる?」
女性は男性の方には見向きもせず、
画面を見ながら返事をする。
「へいへい」
「工藤くん、そのシワくちゃの服はどうにかならなかったの?社会人としてありえないんだけど」
「仕方ねぇだろ。スーツなんか滅多に着ないからな。押し入れから探しだすのに苦労したんだぜ?」
スーツさえ着ていれば、傍から見れば普通の会社員に見えるだろうが、シワまみれだとかなり目立つ。そのせいか女性は不満げだ。
「今回の任務内容…わかってるの?それなら私服の方がマシよ。とりあえずクリーニングに出しなさい」
「八重野は気にしすぎなんだよ。くたびれたおっさんなんて皆こんなもんだろ」
「いいえ。そんな清潔感の無い格好は社会人として許されないわ。もういい歳なんだから―」
「わかったわかった!言う通りにするから説教は辞めてくれ。ほらっ!タクシー捕まえたからよ」
二人はタクシーに乗り込み目的地へと向かった。
〜
(誰だ?)
楓が廊下を歩いていると、スーツを着た二人組に気がつく。少なくとも普通科の教師達の中には記憶に無いが、堂々と校内を歩いているところを見ると、不審者では無さそうだ。すると、すれ違うタイミングで、男性の方から声をかけられた。
「そこの君すまない。神器科の職員室はどこかな?」
「ああ、神器科はあっちの校舎ですよ。向こうの職員室まではわからないですね…」
「そうか、ありがとう。君は普通科の生徒かい?」
「そうですけど?」
「なるほどな。失礼した」
(なんだ?あのおっさん達…新しい先生かな?)
そうは思ったものの、神器科の教師なら自分達には関係がない。楓は考えるのを止め、教室に向かい歩き続けた。
「あれが例の…真城家の嬢ちゃんに勝った子か。映像で見たより少し大きくなったか?」
「ちょっと!怪しまれるから、あまりジロジロ見ないでよ。一応あの子も調査対象なんだから」
「ちょっとくらい問題無いだろ。本命はカリサ・ツィングラーの方なんだし。まったく…俺みたいなおっさんが女子高生を尾行するとか、通報案件だろ」
「ただの女子高生じゃないわ。ロイヤルの調査員なんだから。いくら子供といっても油断できない」
「カモフラージュの為とはいえ、神器科の特別講師やってる方が余っ程気が楽だぜ」
八重野は資料を確認する。そこには一人の女性の姿が映し出されていた。
「グレア・モルペンデルか…偉い別嬪さんだな〜!おっと…他意はねぇって」
「まぁ、この人物の優先度は低いわ。正直、今日の訪問だけで充分じゃないかしら。まぁ、アポは取ってないから追い返されたらそれまでね」
スマートフォンの画面を閉じると、鞄の中から手帳を取り出し、八重野は重く息を吐いた。
「はぁ、どうして調査対象が全員普通科なのかしら…寮生活の神器科生徒なら楽だったのに。工藤くんと私の仕事量の差がありすぎよ」
「まーまー。終わったら飯でも奢ってやるよ」
不満そうに溜息をつく八重野と、機嫌が良さそうに振る舞う工藤。対照的な二人はそれぞれ別れ、目的の職員室へ歩を進めた。
彼等は日本対魔協会に所属する聖隊員であり、
普段は前線に立ち邪種討伐にあたっている。
そんな彼等の今回の任務は、オーフィス騎士団調査員であるカリサ・ツィングラーの調査。そして未知の神器を扱う井上 楓のスカウトだ。
〜
夕暮れ時、グレアが庭の手入れをしていると、突然見知らぬ女性から声をかけられた。
「すみません!こちら、ミア・リヴェデーレさんのご自宅でよろしいでしょうか?」
「そうですが、あなたはどちらさまで?」
「私、ミアさんが通う学校に新しく赴任する事となりました、教師の八重野と申します」
「それは、ご丁寧にありがとうございます。それで何か御用でしょうか?」
「担当する生徒達について理解を深めようと、各々のご自宅に訪問させて頂いておりました。事前連絡等も無かった為、ご迷惑であれば大丈夫です!」
「まぁ!とてもやる気に満ちた教員さんなのですね。ただ、今自宅には…あ、少々お待ち下さい…」
「はい」
グレアは何やらこめかみに指を当て始める。そして数秒程目を瞑った後、八重野へと声がかけられた。
「せっかく来ていただいたのですから、茶菓子でもお出ししましょう。どうぞお入りください」
「…? では、お邪魔させて頂きます!」
八重野はグレアの案内で玄関に入ると、フローラルの香りが鼻腔へと流れ込んできた。スリッパに履き替えて廊下を進み、リビングに入室すると、視界に飛び込んできたのは、窓際に座りコーヒーを嗜む絶世の美少女の姿。
少女はゆっくりとカップを置き、
こちらへと視線を向けた。
「君が新しい教員か。ゆっくりしていくといい」




